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告白めいたことを言われました

 彼の傍にあるのは、パンとペットボトルのお茶だけだ。


「それが昼食?」


 彼は首を縦に振った。


「それだけだとお腹空かない?」

「意外に平気。このあたりの店は混むし、一人で食べるのも嫌いじゃないし」


 彼はそういうと、大げさに肩をすくめた。

 それ以上いうのはお節介な気がして、何も言えなかった。


「先輩はお弁当?」


 「そう」と返事をしてから我に返った。

 わたしには彼と世間話をするよりも、大事な用事があったのだ。


「傘を返そうと思って持ってきたの」


 わたしは鞄から傘を取りだすと、彼に渡した。

 彼はそんなわたしを見て、くすりと笑った。


「わざわざ持ち歩いていたんだ。別に返さなくてもよかったのに」

「そんなわけにはいかない。借りたものは返さないと」

「先輩は本当にまじめだね。風邪、ひかなかった?」

「大丈夫。傘、ありがとうございました」


 わたしは彼に体調を崩さなかったかと聞こうとして、言葉に詰まる。そうわたしは彼の名前をまだ知らないのだ。


「あなたの名前は?」


 彼は一瞬、眉をひそめた。


「変な意味じゃなくて、わたしだけあなたの名前を知らないのも妙でしょう。あなたはわたしの名前を知っているのよね」

「まあね。先輩のことなら比較的知っていると思う」

「比較的って引っかかる言い方だけど、高校と名前以外に何か知っているの?」

「先輩の好きな食べ物とか、趣味とか、性格とか、職場とか、休みの日は何をしているかとか……」


 彼はそこで言葉を切り、神妙な顔を浮かべた。

 彼の表情も気になるが、聞き捨てならないのはわたしのほうだ。


「わたしをストーカーでもしているの?」


 わたしの問いかけに彼は眉根を寄せた。そして、肩を震わせ笑い出したのだ。


「まさか。先輩は分かりやすいから。それだけだよ」


 彼はもうこの話題を終わらせたいのが、強引にそう切り出してきた。

 

 分かりやすいといっても、限度があるだろう。休みの日の行動を知るなんて、どう考えてもあり得ない。気になりつつも、深く追求できずに口を噤んだ。


「岡本聖」


 不意に届いた名前に思わず彼を見た。


「先輩が聞いたんだよ。俺の名前」

「そうだったね。岡本さんか」


 彼の名前にさえも聞き覚えがなかった。よく噂に上る美形がいると学校中の噂になると聞くが、高校時代に彼の名前を聞いた記憶は皆無だ。これほど綺麗な人でもそんなものなのだろうか。


 わたしの心を見透かしたかのように、彼は微笑んだ。


「浦川先輩は俺のこと知らないと思うよ。俺、先輩より三歳年下だから、かぶってないしね」

「三歳? だったらなぜわたしのことを知っているの?」


 ちょうど入れ違いで高校に入学したことになる。特別な事情がない限り、ほぼ面識のない関係のはずだ。


「俺、あの高校の近くに住んでいたんだ。そのとき、たまに制服姿の先輩を見かけて、すごく綺麗な人だって思っていたんだ」

「わたしが高校三年のとき、中三だよね。それから十年近く経っているのに」

「でも、実際に覚えていた。中学生のときに見てからずっとね」


 彼は得意げに微笑んだ。


 年下のものすごい美形の男性にそんなことを言われて、わたしが悪質な詐欺商法にひっかけられようとしていると言われたほうが納得できた。何が起こっているんだろうというのが正直な気持ちだ。

 舞い上がりそうになった心を必死で戒めた。


「年上をからかわないでよ」

「からかっているわけじゃないよ。本気だよ」


 にっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 だいたいわたしに彼氏がいる。そう言おうとして言葉を飲み込んだ。


 わたしはまだ雄太の彼女なのだろうか。彼はあれ以来、わたしに連絡をしてこない。最後に彼と話をしたのは婚約破棄の話をされたあの日だけだ。

 終わったこと。そう考えて、心の奥で何かが震えた。

 そのとき、わたしの肩が叩かれる。振り返ると仁美が立っていた。


「この子、彼氏いるんだから、口説いたらダメよ」

「知ってます。浦川先輩を困らせようというつもりはないし、気持ちを伝えたかっただけなので」


 彼は仁美の忠告もさらっと流してしまった。

 仁美は彼の応対を聞き、眉根を寄せた。

 仁美はわたしの腕を掴んだ。


「お弁当、置きっぱなしだから戻ろうか」


 仁美は彼を見向きもせずに、さっきの場所にわたしを連れて行った。

 そして、短くため息を吐いた。


「綺麗な子だけど、仲良くなるなら彼氏と別れてからにしないとだめだよ。あんなにいい人なんだから」

「分かっているよ。そんなつもりはないから」


 ただ、急にあんなことを言われて戸惑っただけだから……。


「ほのかがそういう人だとは思わないけどね。わたしもきつく言ってごめんね。でも、あの子、ほのかのことを先輩と呼んでいたけど、知り合いなの?」

「わたしの高校の後輩らしいの」


「だったら邪魔したのまずかったかな?」

「大丈夫。先輩といっても最近まで知らないくらいの関係だったもの。それに、傘も返せたし。さっきの傘、彼に借りていたの。帰りがけにたまたま雨が降っていて、そのときに貸してくれたの」


 最後にちょっと嘘とも本当とも言い難い内容を付け加えたのは、彼女に余計な心配をかけさせたくなかったからだ。


 それよりもわたしには考えないといけないことがある。

 雄太との関係をどうするか、だ。

 わたしから連絡をしないといけないのだろうか。連絡して何を言えばいいのだろう。別れ話をすべきなのだろうか。それとも今までのように彼を遊びに誘えばいいのか。そもそも、彼はわたしからの連絡を喜んでくれるのだろうか。せめて、彼と彼女の関係を知る、第三者がいれば、わたしもこれからどうすべきかわかるのに。わたしはそう考えると短く息を吐いた。


 そのとき、ふっと冷たいものが頬に触れた。

 頬に水滴のようなものがついていた。

 わたしは急に現実に引き戻された。


「通り雨みたいだね」


 仁美は青空を仰いだ。


「早めに食べて戻ろうか。もうあまり時間がないよ」

「そうだね」


 お弁当を食べようとしたわたしの脳裏に彼のことが蘇る。彼のいた場所に視線を送るが、もう彼の姿はどこにもなかった。


 このあたりにいたということは、このあたりで働いているのだろうか。三歳下であれば、もう働いていてもおかしくはないし、彼もスーツを着用していたということは、そうなのだろう。


 意外に近くにいることがわかった。それに、根拠はなかったが、近いうちに会えるような気がした。



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