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親友とは何か分からなくなりました

 わたしにとっては親友でも、彼女たちにとってはそうではなかったのだ、と。


 雄太はわたしにとって初めての彼氏だった。男の人と付き合ったことがなかったのは、恋愛に積極的になれなかったし、告白されたこともなかったからだ。


 それがぶりっ子と称されるものなのか、他にわたしの言動に何らかの原因があったのかはよくわからなかった。


「そろそろ戻ってくるよ」


 舞香はそう冷たく言い放つ。


「そうだね。あの子、トイレ早いもの」


 わたしはその亜津子の言葉にどきっとして化粧室へと戻るために踵を返した。


 さっきまでの晴れやかな気持ちは消失し、ただ暗い気持ちがわたしを覆い尽くした。


 わたしを悪く言ってるのを聞いたと言い喚き散らせるような性格ならどれほどよかっただろう。だが、わたしにはそんなこと言い出せなかった。きっと今から彼女たちのところに戻り、何事もなかったかのように笑うだろう。彼女たちと別れるもう少しの間まで。今の時刻は八時半、九時過ぎれば彼女たちと別れることができる。あと少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせた。


 だが、わたしの視界がぼんやりと霞む。ここで泣いては彼女たちに知られてしまう。それが分かっていても、わたしは目からあふれる涙を止めるすべを知らなかった。


 そのとき、わたしの腕が掴まれる。とっさに顔をあげると思わず声をあげそうになった。そこにいたのはあの公園にいた変な男の人だったのだ。


「何かあった?」


 彼はそうぶっきらぼうに言い放った。


「あなたには関係ありません」


 わたしはそう言い、彼の腕を振り払おうとした。だが、彼はわたしを離そうとしなかった。


「あれ、どうしたの?」


 聞き覚えのある声が届いた。顔を強張らせながら顔をあげると、亜津子がいつの間にかわたしの傍までやってきていた。彼女も化粧室を利用しようとしたのだろうか。


 わたしの中でさっきの話が繰り返された。同時に視界がぼやけてきた。

 なにもないと言い、席に戻ればいいはずなのに、準備時間があまりに短すぎた。


 亜津子の目があの変な男の人へと移った。彼女は目を見張ると、頬をわずかに赤らめた。


「何、この人。ほのかの知り合い?」


 彼は興奮している亜津子を冷たい目で一瞥した。


 彼はわたしの手を離すと、黒いジャケットから革の財布を取りだした。そして、一万円札を取りだすと、亜津子に渡した。


「何、これ」

「こいつの支払い分」

「こんなに高くないよ。ちょっと待って。計算してお釣りを」


 雑貨屋で店員をしている性分からか、さすがに金額が高すぎると思ったのか、亜津子は慌ててそう口にする。


「いらない」


 彼は亜津子から目をそらすと、再びわたしの腕をつかんだ。


「行くぞ」

「ちょっと」

「え? ほのか?」


 ほぼ同時に言葉が導き出され、わたしは強引に彼に店の外に連れ出されたのだ。


 そこでやっと彼の手が離れた。


「何するのよ」

「涙を堪えてまでも『友達』と一緒にいたい?」


 まるでさっきのシーンを一部始終見られていたような言葉に、わたしの胸が抉られるように痛んだ。


「そんなのあなたには関係ないでしょう。だいたいあなたは誰なのよ」


 わたしは友人への憎しみをぶつけるかのようにして、彼を睨んだ。


「先輩の高校の後輩だよ」


 意外な答えに、わたしは拍子抜けして彼を見た。

 彼は自分の出身校を伝える。当然それはわたしの卒業した高校でもあった。


「先輩って、あなたわたしの後輩なの?」

「もちろん」


 高校時代に部活に入っていたものの、部活外の人とのやり取りしかなかったわたしには、部活の違う、他の学年の知り合いもほとんどいない。当然、彼のことも知らなかった。


 そのとき、冷たいものがわたしの頬に触れた。

 わたしが天を仰ぐと、私の体に影がかかった。彼はいつの間にか黒の折り畳み傘を取り出し、差していたのだ。


「濡れるよ」


 優しい言葉にわたしはただ頷いた。


「行こうか」


 彼はわたしに歩くように促した。


「どこ行くの?」

「バス停まで送るよ」


 彼はそういうと、優しく微笑んだ。


 優しさに飢えていたのだろうか。彼が同じ高校だと告げたからだろうか。それとも優しい笑みを崩したくなかったのだろうか。わたしは明確な理由がわからない。ただ彼についていくことになった。


 わたしたちがバス停に着くのを待っていたかのように、すぐにバスが到着した。


「乗れよ。あと、これを貸してやる」


 彼は閉じただけの折り畳み傘を差し出した。


「でも、あなたも困るでしょう。わたしの家はバス停から近いから平気」


 それは彼に気を遣ったわけでもなく、本当のことだった。


「気にしないで。先輩が風邪でも引いたほうが辛いから」


 彼はそう優しい笑みを浮かべた。


 わたしたちがそんなやり取りをしている間に、他の乗客がすでにバスに乗り込んでいて、バスの乗客や、別のバスを待っている人たちの視線がわたしと彼に集中していた。


「早くしないと、他の人たちが困っているよ」


 彼は強引にわたしに傘を握らせ、背中を押した。わたしは足をふらつかせながら、バスの扉のほうに歩いていった。バスに乗り込むと、近くの席に腰を下ろした。


 バス停に視線を送ると、まだ彼の姿があった。彼はわたしが見ていたのに気付いたのか、目を細め、手を振った。そんな彼は周りからの視線を集めていたが、彼自身、気にした様子は全くない。


 わたしがどう反応していいか迷っている間にバスの扉が閉まった。そして、バスは車体を揺らすと走り出していた。


 いつの間にか雨脚が強まり、街が霞んでいた。


 あのままお店にいたら、この雨に巻き込まれ、もっと長時間お店にいる羽目になっただろう。

 偶然とはいえ、まるで奇跡のような物事の流れに、思わず笑ってしまっていた。


「変な人」


 わたしはそう言うと、唇を噛んだ。同時に彼に掴まれた手首が熱を持つのが分かった。その熱を紛らわせるために、もう一方の手で手首をつかんだ。


 その熱がおさまってきたのを見計らい、傘を丁寧に畳んだ。彼に次に会ったときにはこれを返さないとけないから。連絡先どころか、名前も年齢も知らない。ただ、同じ高校に通っていた後輩に。



 バスがわたしの家の近くの停留所に着くころ、亜津子たちからメールが届いた。


 彼女のわたしの身を案じるメールに、勝手に帰って申し訳ないことと、知り合いに会ったことを伝えておいた。


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