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全てを打ち明けました

 わたしは手の甲に息を吹きかけた。白い煙の塊が一瞬だけ冷えた肌を癒してくれるが、すぐに冷たい空気に包まれた。


 あれからわたしは聖にメールを送った。会って話をしたいことがある、と。そのまま流されればそれが現実だと受け入れようと自分に言い聞かせていた。だが、彼からすぐに返事が届き、翌日の日曜日にこうして待ち合わせることになったのだ。どうやら昼過ぎには出張から帰ってこられるらしい。


 わたしが待ち合わせ場所に指定したのは彼と初めて会った高校の近くにある公園だ。

 何年ぶりだろう。それほどわたしはこの場所に来ていなかった。


 彼がこの場所を指定されてどう思ったのかは分からない。


 こんな寒い中待ち合わせをするのかはどうかと思ったが、逆に人に聞かれずに話をできるチャンスでもあった。


 約束の十五分前だ。まだ聖は来ていないだろう。


 そう思い、公園の中に入った時、黒いコートを来た長身の男性の姿があった。

 彼はわたしと目が合うと優しく微笑んだ。彼氏でいてくれたころと同じ瞳で。

 わたしの中で何かが溢れてくるのがわかった。


「久しぶりだね」


 その気持ちを押さえつけるように、ゆっくりと言葉を発した。


「元気そうでよかった」


 聖はそう言葉を綴った。

 そのとき、冷たい風がかけぬけ、わたしは肩を抱いた。


「どこかに入ろうか」

「ここでいいよ。すぐに終わるから」


 わたしは歩きかけた聖を制した。


 聖はくすりと笑った。


「どうかした?」

「懐かしいなと思った。ほのかさんは知らないと思うけど」

「わたしとあなたが初めて出会った場所だよね」


 その言葉に彼は目を見張った。


「思い出して」

「舞香に言われて、思い出した。忘れていてごめんね」

「そんなの仕方ないよ。ほのかさんにとっては、普通の日常で。でも、俺にとっては特別な出来事で」


 聖の目が潤んでいるのが分かった。

 彼の気持ちが痛いほど伝わってきた。


「本当にいろいろごめんなさい。わたし、あなたに言っておかないといけないことがあるの。わたし、あなたと付き合う前に婚約破棄されたと言ったよね」


 わたしは彼から視線をそらした。ああという暗い声が聞こえてきた。


「その相手は館川雄太。あなたのお兄さんだったの。彼と一年ばかり付き合っていた。でも、両親に会う日に、春奈という人に会って、雄太に帰るように言われて、その帰り道であなたに会った。最初は知らなかった。でも、あなたが雄太と一緒に写っている写真を見かけて、もしかしてと思っていた。それでも自分をだまして、付き合い続けようとしたの。でも、雄太にあなたと一緒にいるのを見られて、弟だと聞いてもう終わりにしなきゃいけないって思ったの」


 泣かないと決めたはずなのに大粒の涙が零れ落ちてきた。

 泣いたらいけないと分かっているはずなのに。


「ほのかさん」


 慌てた様子で聖がそばにくる。彼はわたしの頬に触れた。そのまま彼の手がわたしの体に回された。


「俺も知っていたんだ。兄さんと付き合っていたことも。婚約破棄したことも。このままほのかさんに関わらないのがいいと思っていた。そうしたら、ほのかさんをこれ以上傷つけなくてすむ。それでも、ほのかさんの傍にいたいと思ってしまったんだ」


 彼のわたしを抱きしめる力が強くなった。


「でも、わたしはあなたのお兄さんと結婚の約束までしていたの」


「正直、気にするなというのは無理だと思う。兄さんのことは大好きだけど、それでも嫉妬してしまっていた。兄さんの彼女だったということに。付き合う前も、付き合ってからも。それでも、やっぱりほのかさんが俺にとっては特別なんだって嫌というほどわかった。どうしょうもないくらいにね。だから、今でも一緒にいたいと思っている」


 わたしは唇を噛んだ。わたしが一人で悩んでいる間も、彼はすでに自分の中で答えを見つけていたのだろう。こんなことなら、もっと早く聖に確認したらよかった。


「わたしも一緒にいたい。聖がこんなわたしでもいいと言ってくれるなら」


 わたしを抱きしめた彼がくすりと笑った。


「ほのかさんだからいいんだよ。でも、兄さんとほのかさんを選べと言われたとき、即答できなかった。あの人がいなかったら、今の俺はいなかった」


 彼の声が低くなるのが分かった。

 わたしは頷いた。


「俺の母親も、祖父母も亡くなっているし、父親とはそんなに関わりもない。向こうも俺とは極力関りを持ちたくないようだから。だから、本当は家族のことを気にする必要はないかもしれない。ただ、兄さんだけには分かってほしいという気持ちもどこかにあって。何も言わずに付き合い続けることもできるだろうけど……」


 わたしは唇を噛んだ。

 彼にとっては母親の違う兄がお父さんがわりだったのかもしれない。

 親に理解してほしいというような気持ちなのだろうか。


「分かった。今度はわたしが待つよ」


 わたしは目を細めた。

 聖の手がわたしから離れた。

 彼の目が潤んでした。


「ありがとう。兄さんに話をするよ」


 雄太はどうするだろう。恐らく、聖がそうしたいと望めば受け入れるだろう。聖に抱いている罪悪感から、大幅に譲渡して。


 でも、それでいいのだろうか。

 わたしが雄太にそう言われた。だから、わたしが雄太に言わなければいけないのだ。


「わたしから言うよ。何も言わずに去るといったのはわたしだもん。だから、わたしから雄太に話をする」

「でも、兄さんがほのかさんに何か言うかもしれない」

「いいの。わたしが言うべきことなの」

「ほのかさんがそういうなら反対しないけど」


 彼は言葉を飲み込んだ。その眼にはわたしに対する心配の色が見え隠れした。

 わたしはそんな彼を見て、ほっと胸をなでおろした。


「本当は今日、呼び出しても冷たくされるんじゃないかって思っていた。でも、付き合っていたころと聖は変わらないね」


 わたしの言葉に彼は笑っていた。


「俺がどのくらいほのかさんを好きでいたと思っているんだよ。そんなことをして、俺を見てくれなくなったら、また後悔するから。もう後悔はしたくないから、どれだけみっともなくても、情けなくても、自分の気持ちを正直に語ろうと決めていた」


 わたしに注ぎ続けてきた彼のやさしさは、彼のわたしに対する様々な後悔の気持ちが作り上げたものだったのだろう。


 その彼の気持ちを裏切らないためにも、わたしも後悔しないようにしたいと思ったのだ。


「だから、あなたのお兄さんに許してもらえた時は、もう一度わたしと付き合ってください」


 わたしは精一杯の笑みで彼にそう提案した。


 わたしの言葉に、聖はわたしの手をそっと握り、「はい」と答えてくれた。


「今から雄太に連絡を取ってみるよ」

「そんなにすぐに?」

「これ以上あと伸ばしにするのは避けたいの。ずるずるとごまかし続けたら、きっとわたしと聖にとってもよくないでしょう」


 彼はわたしの提案に困惑しながらも同意してくれた。


 わたしは携帯を取りだし、雄太の番号に電話をした。すぐに低い声が聞こえてきた。


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