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別れを決めました

 翌日の夜、わたしの電話が鳴った。発信者は雄太だ。

 わたしは深呼吸をすると、電話を取った。


「どうしてほのかが聖と一緒にいるんだよ」


 彼は久しぶりと言葉を交わすと、すぐに話を切り出してきた。

 彼は我に返ったように、短く小さな声を出した。


「いや。悪い。急にそんなことを言っても事情が呑み込めないよな。あいつは、苗字は違うけど、俺の弟なんだ」


 彼は事情を説明するかのように、苦々しい口調で言葉を漏らした。

 わたしが知りたくて、知りたくなかった真実。やはり、わたしの思惑は当たっていた。

 冷えていく気持ちを抑えながら、天井を仰いだ。

 わたしは具体的に雄太に聖のことを聞いていない。知らなかったと言うことさえできる。


 彼の婚約破棄のせいだと、自分に非がないと言い逃れもできる。

 だが、茉優さんのまっすぐな思いに触れた今となっては、それはできなかった。


「やっぱりそうだったんだね。わたしは聖と付き合っているの」


 電話口から驚きの声が漏れた。


「やっぽりと気付いていたのか?」


 わたしは首を縦に振り、「気付いていた」と返事をした。


「何を考えているんだよ。知らなかったならともかく、俺の弟と分かっていて付き合うなんて」

「分かっているよ。でも、好きになっちゃったんだもの。あなたが幼馴染を選んだように。わたしだって聖を好きになった」


 ずるいとは分かっていた。だが、わたしも責められるだけではなく弁解したかったのだ。

 決して軽い気持ちで彼と付き合い始めたわけじゃない。わたしだって、悩んだのだ。

 この関係は長続きしないし、永遠であってはいけない想いだ、と。


 ただ、最後の考えだけは否定したかった。


 わたしは意を決して問いかけた。聖には聞けない事情を彼に聞こうと決めたのだ。


「彼のお父さんと雄太のお父さんが同じなんだね」

「俺の父親が浮気して作った子供だよ。いや、多分俺が浮気してできた子供だったんだと思う」


 わたしは眉根を寄せた。

 なぜなら聖と雄太の年令はあまりに離れていたからだ。それに浮気というにはいささか不自然すぎた。


「あまり昔のことは聞いたことがなかった。恐らく父さんはもともと聖のお母さんと付き合っていた。そのとき、酒に酔った勢いで俺の母さんとそういうことになって、母さんが俺を身ごもったらしい。そして、聖の母親と別れて、俺の母さんと結婚したんだ、と」


 わたしは思いがけない事情に目を見張った。


「そんなことって。それって本当なの?」


「父さんから少し前に聞いたよ。それに子供心に分かっていたよ。父さんにとって本心から大事なのは聖であり、その母親だった。俺はあいつから父親を奪ってしまった。だから、もうこれ以上あいつを傷つけたくないんだ。俺が君と付き合っていたと知ったら、きっとあいつは傷ついてしまう。俺がこんなことを言えた義理じゃないのは分かっている。聖から離れてくれ」


「聖はわたしのこと知らなかったんだね」


 彼の言葉で確信に変わる。彼にとっては偶然あの場所で、高校の先輩だったわたしに再会しただけなのだろう。どこかで聖もわたしと雄太のことを知ってくれていたらという気持ちがあったのかもしれない。


「知らないよはずだよ。名前も教えていないし、婚約者に会わせたいというのと、そのあとは俺が原因で婚約がなくなったとしか言っていない」


 わたしは唇を噛んだ。


「君はどうしたい? このままじゃあいつはまた傷ついてしまう。君の望みなら何でも聞く。だから、聖とは別れてほしい」


 彼の険しく、後先を顧みない言葉は一年付き合ったわたしでも初めて聞くものだった。

 それは彼にとって聖が誰よりも特別だと物語っていた。


 彼の家の事情は雄太に今聞いた以上は分からない。だが、それはわたしが踏み入ってどうにかなるものでもないのだろう。そして、聖をある意味で裏切っているわたしができることは一つしかない。


「別れるよ」


 わたしは声を絞り出した。


 心の中の決意と、言葉に出すのでは意味合いが全く違う。

 もう言い逃れもできなかった。


「近いうちに別れるから、聖には言わないで。わたしも彼を傷つけたいわけじゃないの」

「分かった。もう何も言わないよ。自分勝手なことばかり言って悪いと思っている」


 雄太はそれ以上は何も言わなかった。


 わたしは電話を切ると、手元に会ったクッションを抱き寄せた。


 もう後戻りはできなかった。

 最初から聖と一緒にいようなんて考えなければよかった。

 そうしたら彼にとっての憧れの先輩ですんだのに。


 聖の番号を表示するが、すぐに電話を床に置いた。こういう話は直接したほうがいいに決まっていた。

 だが、そのタイミングを見計らったかのように、すぐに携帯が音を奏でた。


 発信者は聖だった。

 わたしは深呼吸をして、電話を取ることにした。


「昨日、元気がなさそうだったから。何かあった?」


 わたしは一瞬、返事に詰まる。ここで彼に別れ話を出してしまえば、全て片が付く。


 別れようか。


 理由は仕事が忙しいから。

 他に好きな人ができたじゃ、あんまりすぎる。

 きっとこれは神様がくれたわたしに罪滅ぼしをするチャンスなのだ、と。


「なんでもない。お腹が空いていただけなんだ」


 そう心で繰り返したのに出てきたのは本当に意味のない言葉だ。


「そっか。よかった」


 聖は安心したような声を出した。


「今は大丈夫?」

「大丈夫」


 それからわたしは聖と他愛ない会話を交わしていた。その途中、何度も雄太の言葉が心の中で響くが、わたしは雄太に何も言い出すことができなかった。


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