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彼に改めて告白されました

 わたしたちはケーキを食べ終わると店を後にした。茉優さんはお母さんが戻ってくるのを待ち、一緒に帰宅するらしく、お店で別れることにした。


 もうすっかりと辺りが暗くなっていて、先ほどよりも街灯が存在感を増していた。


 仁美は天を仰いだ。


「茉優さんっていい子だね」

「そう思うよ」


 仁美の言葉に頷いた。


「わたしももう少しまじめに考えてみようかな。怖がるだけじゃ何も変わらないもんね」


 彼女の目には松永さんが映っていたのだろう。きっと茉優さんと同じように自分を思い続けてくれた。

 わたしは彼女がどんな決意をしたのかは聞かずに、そうだねと頷いていた。


 そのとき、わたしの携帯にメールが届いた。差出人を確認して、思わず顔が引きつる。わたしは返事をせずに携帯を片づけた。


「返事くらいしても大丈夫だよ」

「いいの。後からするよ。ちょっと調べものしないといけないことだから」

「余計なお節介だったね。ごめん」


 仁美は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


 わたしは首を横に振った。

 差出人は岡本さんだったのだ。彼から今週末会えないかという誘いだった。


 まだ彼に対して平常心を保つのは難しかった。彼の誘いを断るべきなのはわかっていた。だが、すぐにノーをつきつけるのはできなかった。彼の誘いを断ればもう誘ってこないかもしれない。その結果が望ましいと分かっていても、わたしの心に弱さを与えた。わたしの心は本音では彼に会いたがっていたから。そして、茉優さんの彼への想いがわたしの反応を鈍くしていた


「わたしは友達だからなんでも言わないといけないとは思っていないの。でも、ほのかが一人で抱えきれなくなったときは、わたしに言ってね。力になれるかは分からないけど、一緒に悩むことはできるよ」


 わたしは思わず仁美を見た。

 彼女は優しい笑みを浮かべていた。


「ありがとう」


 彼女なりにわたしを気遣ってくれたのだろう。彼女の言葉は温かいものだった。ただ、この答えは自分で出さないといけない。万が一のとき、彼女に苦しみを与えてはいけない。


 そして、それは岡本さんにも言える。彼はわたしを思ってくれたとしても、自分の兄と付き合っていたなんて知りたくもないだろう。このままわたしが彼のことをなんとも思っていないで通せば、誰もこれ以上苦しい思いをしなくていい。


 わたしは仁美と別れ、家に帰ることにした。

 だが、どうにも足が進まない。

 家に帰って岡本さんに返事をしようと決めたからだろうか。


 わたしは道の端によると、岡本さんに返事をすることにした。

 その日は用事があるので、会えない、と。

 それからしばらくして、彼から分かったとの返信が届いた。





 わたしは本を閉じると、何度もため息を吐いた。まだ時刻は一時を回ったばかりだ。


 昼ご飯を食べて一息ついたばかりなのに、心は重いままだ。

 理由は今日が岡本さんの誘いを断った日だからだ。いつもと同じ日曜日のはずなのに、時間の流れが妙に長く感じていた。


 用事があると言って断ったため、そのまま一日を家で過ごせば何も問題はない。だが、何度もいろいろな後悔が生じた。こんな形で彼の誘いを断ってよかったのだろか。もう一度誘われたらどうしたらいいのだろう。


 そんなとりどめもなく襲ってくる迷いを振り切るために、本を読んで時間を潰そうと思っても、文字が頭の中に全く入ってこなかった。


「本当に何をしているんだろう」


 わたしは肩を落とすと、部屋を出た。


 両親は招待券をもらったらしく、少し離れた場所にある博物館に出かけた。三枚もらったためわたしも誘われたが、両親の誘いも断ってしまった。彼から後に誘われた親からの誘いを受けるのは憚られたのだ。


 その足で庭に出ると深呼吸をした。冬なのが嘘なのではないかと思うほど、いい天気だ。


「岡本さんは何をしているんだろう」


 あの家にいるのだろうか。一人で。それとも誰かと一緒に。茉優さんと一緒にいるのを想像して心の中にもやがかかったようになる。好きにならないと決めたのだから、彼が誰とどこで何をしていようが、嫉妬する権利もないのに。


 わたしはため息を吐いた。


 恋人を実質他の人に奪われた日に、恋人に呼び出された腹違いの弟に惹かれてしまうなんて、因果なものだ。


 そんなに惚れっぽいわけでもない。人を好きになったのも岡本さんを含めて四人目だ。それなのになぜ彼なんだろう。かっこいいから。助けてもらったから。好きだと言われたから。思い当たる理由を連呼しても、ぴんと来なかった。


 ただ、わたしにとって思い出したくもないつらい記憶がそうでなくなったのは事実だ。



 わたしは唇を結ぶと、部屋に戻るころにした。そして、クローゼットから取り出した白いコートを身に着けた。そして、財布を入れたショルダーバッグを手に、家を後にすることにした。


 わたしはその足で駅に行くと、切符を買い、電車に乗り込んだ。そして、目的地にたどり着くと電車を降りた。わたしが降りたのは、雄太の実家のある最寄り駅だ。駅を出ると、岡本さんに初めてあった公園まで行くことにした。


 そこまで行こうと思ったのは単純な理由だ。ただ、懐かしい記憶を辿りたかっただけだ。


 公園につくと、辺りを見落とした。あのときは紅葉が艶やかに公園を彩っていたが、紅葉は姿を消し、木の幹が露わになっていた。今はひっそりと静まり返っていた。


 わたしはそっと唇を噛んだ。


 わざわざこんなところにやってきて何をしているのだろう。

 こんなことをしても、わたしと彼のおかれた状況が変わるわけもないのに。

 帰ろうと思ったとき、公園の入り口に見覚えのある人影を見つけた。


 彼はわたしを見ると目を見張った。


 わたしは嘘をついてしまった後ろめたさからか、後ずさりする。

 だが、彼はわたしとの距離を一定区間保つかのように、距離を縮めてきたのだ。彼はわたしの傍まで来ると目を細めた。


「まさか会えるとは思わなかった」

「岡本さんは何でここに」


「懐かしくてついね。ほのかさんとはじめて話ができた場所だから。というか、厳密にいうと初めてじゃないか」

「わたし、岡本さんと話をしたことがあったの?」


 あるとしたらずっと昔。わたしが高校生かそれ以下のときだろうか。


「俺が中学生の時に、少しだけ話をしたことがあったんだ。そのとき、いろいろと嫌なことがあって、何で自分だけって思っていた。でも、ほのかさんに会えて、もう少しだけ頑張ってみよう。前向きになろうと思えた」


 彼はそっと唇を噛んだ。あの家族旅行の後だろうか。

 彼は幼い心にどれだけの重荷を抱えていたのだろう。


「それで同じ高校に行こうと決めたのに、俺が入学したときには卒業した後で、後悔したかな」


 彼は苦笑いを浮かべた。


「それから一人前になれたら、ほのかさんに気持ちを伝えようと思っていた。でも、もう手遅れになりたくない。ほのかさんが他の誰かにとられるのは耐えられない」


 彼はまっすぐな瞳でわたしをとらえた。わたしは彼を見つめ返すことしかできなかった。

 彼がゆっくりとわたしに近寄ってきて会釈した。


「よければ俺と付き合ってほしい」


 今すぐでも付き合うと言いそうになる気持ちを必死に抑え込んだ。


「でも、わたしはまだ岡本さんのことをそんなに知らない」

「焦りすぎなのは分かっているけど、今のままだともうほのかさんに会えなくなってしまう気がした。だから、俺の気持ちを伝えておきたかったんだ」


 わたしがここ最近考えていたことを見透かされたような気がした。


 一緒にいたいかそうでないかと己に問いかければ、答えはすぐに出てきた。一緒にいたいに決まっていた。それにノーを突きつけるべきことも。だが、彼のまっすぐな言葉が、わたしの心にすっと入り込んできて、わたしの凝り固まった心を溶かしていってしまった。


「わたしもあなたが好き」


 最低なことをしていると分かっている。雄太とのように、二人の今後に結婚という未来を描いてはいけないことも。いずれ別れないといけないことさえも。それでもわたしは首を縦に振っていた。


 それはただ、彼と一緒にいたいからだ。


 一瞬、雄太とのことを言おうか頭を過ぎった。だが、口にすることで彼のわたしに対する長年の想いさえも消えてしまいそうな気がして、言い出せなかった。


 わたしの目から涙があふれ出て、視界が霞んでいった。なぜ泣いたのか自分でもわからない。彼の気持ちが嬉しかったのか、懺悔の意味を込めたものだったのか。これからの二人の未来を思い描いたのか。


「ほのかさん」

「なんでもないの。泣いてごめんね」


 焦った声をだす岡本さんに必死に言い訳をした。


「彼女になってくれる?」


 彼がどんな顔をしていたのかもう判別できなかった。だが、その照れを含んだ言葉に、きっと頬を染めてくれているんだろうという気がした。


 わたしは心が痛むのを感じながら、「はい」と頷いていた。

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