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誘ったことを後悔しました

 わたしは携帯を握りしめると、じっと画面を見た。あと送信のボタンを押せば、終わるはずなのに、最後の一押しができない。


「もう五分経ったよ」


 仁美は呆れ顔でわたしを見ていた。


 旅行から帰った翌週の昼休み、彼におみやげを買ったから渡したいとメールを作成したものの、送信できずにいた。メールを作成したのが、仁美の言っていた五分前のできごとだ。


「わたしが送ろうか?」

「自分で送れる」


 手を差し出して、携帯を催促する仁美の申し出を断った。


「そんなことばかりしていると、賞味期限が過ぎちゃうよ」

「一か月以上あるから平気だよ」

「一か月も前のお土産を渡したいとメールで送るほうがおかしいよ」


 仁美の言っていることは分かるが、どうも踏ん切りがつかない。


「あと十分で休みが終わるんだけど」

「もしかすると仕事中かもしれない」

「だったら電源切るなり、マナーモードにするなり、何らかの措置はしているでしょう」


 仁美は立ち上がるとわたしのところまでやってきた。そして、送信ボタンに触れているわたしの親指を上から押したのだ。


「何をするのよ」

「そんなのじっと待っても仕方ないでしょう。そろそろ戻らないと」

「分かってはいるけど」

「お礼の言葉なら、後からいくらでも聞いてあげる」


 そんな的外れの回答を言う仁美を頬を膨らませてじっと見た。


 わたしは送信済みになってしまったメールの画面をじっと見た。そもそも何回か会っただけなのに、お土産の話なんてして、おかしいと思われたかもしれない。


 だが、そんなわたしの弱い心を打ち消すかのように、新しいメールが届いた。差出人は岡本さんだ。わたしは震える手で、彼からのメールを確認した。


 そこにはお礼と、今日の夜なら時間があると書かれていた。

 仁美にメールを見せると、彼女はにっと微笑んだ。


「だから早く送ればいいと言ったでしょう。早く返事、送れば? 向こうも待っていると思うよ」


 わたしは今日の夜なら大丈夫だという返事を送った。彼からもすぐに届き、わたしと彼はこの前一緒に食事をした店で待ち合わせることになったのだ。



 わたしは体を震わせると、携帯を確認した。彼と七時に待ち合わせをしたため、その少し前にお店の前で待つことにしたのだ。だが、待ち合わせ時刻を十分ほど過ぎていたが、まだ岡本さんから連絡がなかったのだ。一応、メールは送っていたが、まだ返事はない。


 お店に先に入ってしまおうか。そう思わなくもないが、彼がいつ来るか分からない状況下で店内に入るのはしのばれてしまった。


 そのとき、わたしの体に白いものが振れた。雪、だ。

 寒いとは思っていたが、どうやらそれはわたしの錯覚ではなかったようだ。


「どうしよう」


 お店の中に入ろうか。そう思ったとき、電話がかかってきた。

 わたしは慌てて電話を取った。


「ごめん。連絡できなくて。今、どこにいる?」

「お店の……中で待っているよ」


 前と言いかけて、慌ててそう訂正した。この寒い中外で待っていたと知られれば、余計に気を遣わせると思ったためだ。


 わたしは電話を切ると、店の中に入った。そして、寄ってきた店員に待ち合わせをしていることを告げた。

 わたしの手が温まる前にコーヒーが届き、ほっと胸をなでおろした。


 それに口をつけたとき、お店の扉が開いた。黒いコートを来た、長身の男性が入ってきた。彼は店内を見渡し、わたしと目が合うと会釈した。寄ってきた店員に声をかけると、わたしのところまでやってきた。


「遅くなってごめん。ちょっとトラブルがあって」

「いいの。気にしないで。でも、早かったね」

「この前まで送ってもらったから」


 彼は店の窓ガラスを指さした。


 どの車かは分からないが、誰かに送ってもらったのだろう。


 彼はコートを脱ぐと、イスに腰掛けた。そして、水を持ってきた店員にコーヒーを注文していた。


「あの、これなんだけど」


 わたしはお土産の入った袋を彼に手渡した。そのとき、彼の手と接触した。

 わたしよりもはるかに体温の高い手だったことに、胸を高鳴らせた。


「ごめんなさい」


 彼を見やるが、彼は怪訝な表情を浮かべていた。

 そんなに嫌だったんだろうか。

 落ち込みかけたわたしからお土産を受け取ると、その手をぎゅっと握りしめた。


「今までどこにいた?」

「店の中」


 そう言い、わたしは我に返った。そう。わたしはほんの五分ほど前まで店の近くに立っていたのだ。まだわたしの手はひんやりと冷え切っていた。


「早めに来てしまって、それでしばらく店の外にいたの」

「本当にごめん。もっと早く連絡が取れればよかったんだけど、余裕がなくて」


 彼は苦痛にゆがめた。


「いいの。すぐに温まるし、急に呼び出したのはわたしだもの」

「悪かった」

「気にしないでね」


 そのとき、彼のところにコーヒーが届いた。彼はわたしのお土産を鞄にしまった。


「高橋さんと行ったんだっけ?」

「そうだよ」


 仁美と行ったことは、事後報告になるが彼には今日のメールで伝えていたのだ。

 彼の視線が外に向かう。外はいつの間にか、大雪が降っていて、十分に見渡せなくなっていた。


「傘、持っている?」

「持ってないけど、近いから大丈夫。それより岡本さんのほうが遠いよね」

「俺は大丈夫」


 彼はそう明るく言い放った。だが、わたしはその彼の表情に違和感を覚えた。

 そういえば、さっきの手もそうだ。

 わたしが外にいて冷えていただけとも考えられなくもない。だが、彼の手が妙に熱い気がした。


「ごめんね」


 わたしは断ると、彼の額に手を当てた。そのあと、自分の額に手を当てた。

 心なしか、やはり熱い気がした。


「熱、あるんじゃないの?」

「そんなこと」


 そう言いかけた彼が口ごもった。


「少なくともだるいんだよね。言ってくれればよかったのに」

「ほのかさんに会いたかったから」


 彼はそう暗い声で返答した。

 彼の気持ちは嬉しいが、だからといって無理をさせるわけにはいかない。


「今日は帰ろうか。無理したらだめだよ。明日も仕事でしょう」


 彼はわたしの提案に首を縦に振った。

 わたしたちはコーヒーを飲むと、お店を後にすることにした。


 まだ雪は辺りを白く染め上げていた。

 おそらく体調が悪いのを知って、誰かが彼を送ろうとしてくれたんだろう。こんなときに彼を誘わなければよかった。


 そのとき、クラクションが響いた。わたしが顔をあげると、わたしのお父さんと同じくらいの年と思しき男性がこちらを見て手を振っていた。

 岡本さんはちらりとその車に視線を送った。


「池田さん」


 池田って確か。わたしはあの税理士事務所の看板を思い出していた。彼が働いているのが池田税理士事務所。要はあの事務所の所長か、その身内なのだろう。

 わたしは彼と一緒にその車のところまで行く。


「乗って。君も一緒に送るよ」


 わたしは岡本さんと一緒に車に乗ることにした。


「君の家は」

「先に岡本さんを送ってあげてください。わたしは後からでいいので」


 彼の話を聞く限り、悪い人とは思えなかった。わたしが見た印象もそうだ。


「遠回りになってしまうかもしれないけど」

「僕は構わないよ。先にこいつを家まで送ろうか」


 彼の視線が岡本さんに移る。


「やっぱり無理をするな、と言ったのに。彼女にうつしたらどうするつもりだったんだ」

「反省してます」


 岡本さんはそう言うと、肩を落とした。


 車がゆっくりと走り出した。


「自己紹介がまだだったね。僕はこいつの雇い主なんだ」


 やっぱりそうだったのか。


「わたしは浦川ほのかと言います」

「君のことは彼から大まかにだけど聞いているよ。同じ高校の先輩なんだよね」

「はい。そうらしいですね」


 彼の車は大通りから細い道に入った。そして、あの喫茶店の前を通り過ぎた。わたしは電気の落ちたその店を視線で追う。


「昔、岡本さんたちにはお世話になったんだよ。その頃と様変わりしたけど、こうしてお店が残っているのは嬉しいね」


 彼は目を細めた。

 岡本さんというのは、岡本さんのおじいさんおばあさんのことだろうか。

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