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お土産を買いました

 わたしの頬にひんやりとしたものが振れる。突然の刺激に、わたしは思わず後ずさりした。そこには浴衣を着て、髪の毛を一つにまとめた仁美の姿があった。彼女がわたしの手に当てたのは、オレンジジュース。旅館内の自販機で買ってきたのだろう。


「何、ぼーっとしているのよ」

「ごめん。つい」


 年が明け、わたしは仁美と前もって予定していた旅行に行くことになった。一泊二日を予定していたが、金曜の夜に早めにあがり、二泊三日の旅行になった。


 あれから年が明けたが、岡本さんとはあれ以来会っていない。わたしもバタバタしていたし、彼とこれといって約束もしていなかったからだ。


 告白のような、告白でない言葉を告げられ、彼とどんな顔をして会っていいのか分からなかったというのもある。


「いいけど、年末くらいからずっとそんな調子だね。大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 仁美は困ったような笑みを浮かべた。


「来週末に、ほのかの言っていたお店に行ってみようか。茉優さんという子にも会ってみたいし」


 わたしは首を縦に振る。わたしの言っていたお店というのは、もちろん茉優さんのお母さんのお店だ。


 岡本さんの祖父母が経営していたカフェがあり、そのお店を茉優さんという女の子のお母さんが引き継いでいること、そこのスイーツがおいしいことを伝えた。あと、茉優さんが仁美のデザインを好きだということも。それを聞き、仁美は茉優さんが迷惑でなければ会ってみたいと言っていたのだ。あの彼女の様子から仁美を迷惑がることもないだろう。


「まだ気にしている? 館川さんのこと」


 わたしは思いがけない名前に、思わず仁美を見た。


「違うの? 思い出させてごめんね」

「うんん。気にしないで」


 婚約破棄されて、ずっと悩んでいたら、やはりそう考えてしまうのだろう。わたしは岡本さんとのことを考えていたのだ。


 職場が同じだったりと何らかの接点があればいいが、わたしと彼には高校が同じという以外に接点はない。そのため、どちらかが会おうと言い出さないと、何らかの偶然が起きなければ彼と会うこともできないのだ。


 だが、彼を誘うというのは勇気がいった。

 それに彼には、彼を思う幼馴染の存在がいるのだ。ただ会いたいから。そんな利己的な理由で誘うのは難しい気がした。


「この近くに縁結びの神様がいる神社があるんだって。明日、行ってみようよ」

「いいけど、仁美は松永さんとのことでもお願いするの?」

「何を言っているのよ。ほのかのことでしょう。いい出会いがありますようにって」


 わたしのからかいに彼女は顔を真っ赤にして反応した。


「そうだね。でも、そういうのはあまり効果があるとは思えないんだけど」

「いいじゃない。幸せを望むだけでも楽しくなるでしょう」


 そう仁美は明るく言い放った。そういうセリフを聞くと、やはりわたしと彼女は根本から違うのだと感じてしまう。結果ではなく、ただ気持ちという不確かなものに幸せを求めているのだ、と。


「仁美って今まで彼氏がいたことあるの?」

「いるわけないじゃない」

「ほしいと思ったことは?」

「ないよ」


 彼女は手にしていたオレンジジュースを一気飲みした。


「でも、なんとなく陸人と結婚するんだろうなという気がする。少なくともわたしの両親はそう思っているみたい」

「そっか」


 わたしは可愛い反応を示す彼女を見て、目を細めた。

 彼女はオレンジジュースを飲みほした。


「お土産見に行こうか。陸人から何でもいいから買ってきてと言われているから」

「そうだね。わたしも家に買おうかな。あと、職場にも買ったほうがいいかな」


 そう口にしたわたしは彼に会う口実を思いついた。お土産と言えば、彼に会おうと言っても不自然じゃない。この前ごちそうをしてもらったお礼だと言ってしまえばいいのに。


「みんな知ってるからね。何か買おうか」


 立ち上がった仁美の後を追い、わたしは旅館の売店へと足を進めた。



 売店にはちらほらと人の姿があった。クッキーや煎餅といったものや、ストラップなどのアクセサリも売っていた。


 両親へと職場へは何を買うかあっさりと決まった。だが、問題は岡本さんに何を買うかだ。

 あまり豪勢なものは避けたい。彼が気にして何かお返しをしなければいけないと考えてはいけないためだ。


 わたしは千円に満たない小さなクッキーを手に取った。これくらいなら彼もすんなりと受け取ってくれるだろう。


「友達にでも買うの?」


 お土産のお菓子の包みを七個抱えた仁美がわたしに問いかけてきた。


「仁美、誰にそんなに買うの?」

「陸人と、両親と」


 彼女は指を折りながら、個人名を列挙していった。交友関係が広い彼女ならではだろう。そう納得していると、彼女は心なしか胸を張り、自信たっぷりにつげた。


「で、あとは自分の分を買おうかな、と。三つほど。どれがおいしそうかな。両親と陸人の分はわたしも食べるから、それはかぶらない範囲でね」

「松永さんにあげたのも食べる予定なんだ」

「絶対陸人はわたしにもくれるもの」


 そう言った仁美は、何かを思い出したのか言葉を漏らした。


「分かった。岡本さんに買うんでしょう」


 わたしは自分の顔が引きつるのに気付いた。だが、ノーとは言えず、首を縦に振った。


「この前、ごはんをおごってもらったから、お礼にと思って」

「いいじゃない。きっと喜んでくれるよ。ほのかは岡本さんの名前が出てくると嬉しそうだね」

「そんなことないと思うけど」


 わたしの口調は徐々に小さくなっていった。ないと断言できなかったのは、彼の名前を聞いても嫌な気が全くしなかったからだ。そもそも苦手な人にお返しをしようとは思わないだろう。


「じゃ、味見してから選ぼうよ」

「味見って、そんなの」


 中には味見用と思しき、別容器に入ったお菓子もあるが、それはほんの一部だ。


 仁美はいくつかを手に取って、レジに向かう。

 意味が分からないわたしを見て、仁美はにっと微笑んだ。


「今から買ってみて食べるんだよ。できるだけおいしいのを選びたいでしょう」

「夕ご飯食べたばかりじゃない。もうそんなに食べられないよ」

「大丈夫。わたしは食べられるから、どれがおいしいか教えてあげる」


 そんな惜しげもない行動をする仁美を見て、わたしはやっぱり彼女には敵わないと思ってしまった。



 仁美との旅行はそんな感じで仁美に圧倒されつつも、楽しい時間を過ごせた。



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