イルミネーションの輝く日に会いました
仁美はパソコンの画面を見て満足そうに微笑んだ。
「いい感じだね。あとはデーターを送って確認してもらおう」
「よかった」
岡本さんと食事をした翌日、仁美にもう一度案を出してみた。すると今度はすんなりと通り、そのまま細かい修正を行った後、彩色まで終えたのだ。自分でもそこそこの出来だと思ってはいたが、正直、ここまですんなり物事が運ぶとは思わなかった。
一日で技量があがったわけでも、特別素晴らしいアイディアが思いついたわけでもない。ただ、彼と会った後、心の中の靄が晴れ不思議なほど心がすっきりして、心の赴くままにイメージしたものを描き記したのだ。
「かなり早く上がりそうだね。これだと年内でも間に合うかも。先方も早い分にはいいと言ってくれているから、早めにあげられるならそうしてくれるかな」
「分かった」
「わたしも仕事がずいぶん片付いたし、よかったら年末一緒に旅行でも行かない?」
「いいけど、あの人とはいかないの?」
「いっておくけど、わたしとあの人はそういう関係じゃないし、結婚もしていないのに旅行なんて親が許さないよ」
「そんなもんなんだ」
「そうよ」
仁美は強い口調でそう言い放った。
自由奔放な印象な彼女のことだ。てっきり親も放任主義だと思っていたがそうでもないらしい。
「仁美はあの人と付き合う気はないの?」
「正直よく分からない。だって、付き合っても、別れた後のことを気にしてしまうといろいろとね」
彼女は悲しそうに笑った。
わたしは雄太とはもう会わない。だからこそ、忘れられそうな気がした。だが、幼馴染となるとそうはいかないのだろう。顔を合わせたり、新しい恋人ができたらその話を聞くかもしれない。そう考えると耐えられるものでもないのだろう。
「あの人は仁美を好きだと言っていたけど、うまくいかなかったときのことを考えないのかな」
「あの人はずっとそうなのよ。はっきり口に出しておかないと、わたしが信用しないと言うの。だからって周りを利用して付き合おうとしているわけでもないし、ただ本気だと知ってほしいとね。でも、わたしに好きな人ができたら、その人と幸せになってほしいとも公言している」
「すごいね」
それだけ自分に自信があり、尚且つ仁美の幸せを願っているのだろう。
「あの人はちょっと変わっているんだよね。三十年間今まで一度も彼女を作らなかったくらいだもの」
「三十年?」
どう考えてももてそうなのに。それだけ仁美への想いが本気という証明なのだろう。そして、頬を赤らめ、あきれたような表情を浮かべる仁美を見て、わたしはさっきの問いかけの答えに気付いた気がした。
彼は仁美の気持ちに気付いていて、彼女が心を打ち解けてくれるのを待っているのだろう。どれくらいかは分からないが、きっと決して短くはない時間を。そこまで誰かに思われている仁美を改めて羨ましいと思った。
そういえば岡本さんもそうだ。彼も好きな人がいると言っていた。好きな人への想いが実りそうにない時点で、岡本さんのほうが状況は辛いのかもしれない。
「そんなことより旅行だよ。パンフがあるから、後で一緒に見よう」
「分かった」
わたしは仁美の言葉に頷いた。
昼食時に仁美と話し合いをし、車で三時間ほどの場所にある温泉街に一泊二日か二泊三日で行くことにした。車は仁美が出して、運転してくれるようだ。一泊にするか、二泊にするかは近くの観光地をどれくらいめぐるかで決めるらしい。
問題はどこに泊まるかと、人手の多さだ。年末年始はまとまった時間休みになるため、予定が立てやすいが、人手の多さと宿が取れるかどうかが問題となる。
仁美もその辺りを気にしているようで、短い時間でどうするか決めることにした。年明けで一泊二日でもいいとお互いの意見が一致していた。
辺りには色とりどりの蛍光灯が、月明かりに対抗するかのように辺りを照らし出した。
息を吐くと、口元が白く濁る。
「ここも毎年、すごいよね」
仁美は辺りを見渡していた。
仕事帰りに仁美とイルミネーションを見るために遠出したのだ。誘い合わせて一緒に行くようになったというよりは、仁美に誘われたのだ。彼女はこのイルミネーションを実際に目で見て確認したかったようだ。
見ると言っても、辺りの観客のようにその美しさをただ鑑賞しにきたわけではない。どうやらこのイルミネーションは仁美の古くからの知り合いがデザインしたもので、それを実際に目で見たかったようだ。
デザイナーと一言でいってもいろいろな仕事があった。こうしたイルミネーションの様相をデザインする仕事もある。仁美は所長のつてもあってか、その顔は半端なく広かった。
「仁美さん、来てくれたんですか?」
歓喜に満ちた声に振り返ると、黒のトレンチコートに髪の毛をショートカットにした黒髪の女性がこちらを見つめて立っていたのだ。仁美も長身だが、彼女はそれ以上に長身だ。
「門脇さん、久しぶりです」
仁美はそう会釈した。そして、彼女はわたしとその門脇という女性を簡単に紹介していた。
仁美と彼女は久々に会ったからか、世間話で盛り上がっていた。わたしはそんな二人の会話を笑顔で聞きながら、ふとイルミネーションを見に来た人の中に見知った姿を見つけたのだ。
彼は黒のコートを来て、物憂げに辺りを見つめていた。
そんな彼を女の子同士で来ている人どころか、異性同士で来ている人たちも特に女性のほうが何かに引き寄せられるかのように見つめていた。
そんな彼自身は物憂げにそのイルミネーションを見ていた。
彼に声をかけようか、女の子たちが相談しあっているのが見えた。
「よかったら食事でもどうですか? この近くにおいしいお店があって」
「どうする?」
そう問いかけられて、慌てて振り返るが、仁美の視線はわたしの見ていた先へと移っていた。
「ここで別れようか」
戸惑うわたしの背中を仁美は軽く押した。
「たまたま見かけただけで、岡本さんも誰かと来ているのかもしれない」
「あの人、岡本さんと言うんだね。いいからさ、行ってきたら? 知り合いなんだから、声をかけてもおかしくないでしょう」
彼女の言うことはもっともだ。だが、わたしは動くことができなかった。
不思議そうにわたしたちのやり取りを見ている門脇さんに、仁美は断りを入れた。そして、わたしの左肩を掴むと、抱き寄せた。
「いいから行ってきなさい。さっきのほのか、すごく嬉しそうな顔をしていたよ」
「嬉しそうだなんてないよ。ただ、驚いただけだけなの」
「でも、会えて嫌な気はしなかったでしょう」
わたしは頷いた。ノーとは言えない聞き方だ。あえて、そんな聞き方をしたのだろうか。
「いつもは向こうから声をかけてくれているんだから、たまにはほのかからもかけないとフェアじゃないよ」
「ありがとう。そうするね」
フェアとかそうしたいいかはおかしい気がしたが、彼女なりにわたしが声をかけやすいように気遣ってくれたのだろう。
わたしは彼女の好意を受け入れ、岡本さんのところまで行くことにした。彼との距離が半歩紛ほどまで狭まった時、周りからの視線が集まるのを肌で感じ取った。岡本さんは人の気配に気づいたのか、視線に促されたのか、彼自身が振り返った。そして、彼は目を見張った。
「どうしてここに?」
わたしが振り返ると仁美はこっちを見て微笑んでいた。
「彼女と一緒に来たの。岡本さんを見かけたから、声をかけに来た
「そっか」
「岡本さんは誰か友人と来たの?」
「いや、一人で。ちょっと今日は帰る気がしなかったから」
彼は悲しそうに微笑んだ。
その表情を見て、わたしの中である疑問が沸き上がった。その疑問は喉で止まることなく、するりと飛び出してきた。




