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幸せな受付嬢

作者: ハヤシ・ツカサ

総合商社・政宗商事は、変わった会社だ。

たいてい、会社の受付嬢というのは、連れて帰りたくなるくらいの美人、と相場が決まっている。

訪れた者は言う。政宗商事の受付嬢は、強烈だ。とにかく、個性的な顔の女性が座っているんだ、と。

政宗商事の受付嬢には、こんな都市伝説がある。

最近、会社員の分際で写真集を出したことで世間の耳目を集めた「アクティブエキスプレス」のイケメンセールスドライバーが、仮にA子、としよう。十人から百人並みの顔の彼女を見初めた、らしいのだ。

程なく、寿退社。高給取りのセールスドライバーの亭主だけに、A子は復帰する必要はない。彼女は、夢の専業主婦ライフを送っているとか。

『そのままが、良いんだ。化粧なんか、最低限で良い』社長の政宗は、全ての女子社員に分け隔てなく諭す、好好爺である。

風水的に好位置なのか、目に見えない運命の赤い糸が、地球儀に描かれる赤道の表現の如く、張り巡らされているのか。とにかく、ここの受付嬢になると、良縁に恵まれるのだ。


ある日。そんな噂を聞きつけて、地元新聞社がその都市伝説を検証すべく、ひとりの記者が取材にやってきた。

「えー、御社の女性社員は、押し並べて婚姻率や寿退社が多いということですが、なにか秘訣ってあるんですか?例えば社をあげて婚活を推進しているとか、社長が積極的に合コンに行くよう勧めているとか、若しくは履歴書の顔写真を見て、社長自ら判断なさっているとか」

「いやいや、そんなことはありません。顔の造作は関係ない。ウチの女子社員は、みんないい娘。素直で、謙虚。ただ、それだけなんでしょう」

謙遜。この二文字を具現化するならこんな人。それが政宗社長なのだ。


政宗商事のこの都市伝説の噂は、ネット上であっという間に拡散した。

ネットの掲示板では、全く関係ないネット上に転がる、いわゆる「不美人」と称される女性の顔の画像が貼付されたりして、政宗商事に対する根拠のない誹謗中傷が政宗らの知らないところで盛り上がっていた。


ある日。それらの噂を聞きつけて、今度は政宗商事にテレビ番組制作会社のディレクター・権堂と名乗る男がやってきた。

「はじめまして。私、権堂と申します。あ、社長様でいらっしゃいますか?ご多忙のところを大変申しわけございません。今回、御社にお伺いしましたのは…」

権堂は、個性的な顔の現在の受付嬢・不美の顔の整形費用をテレビ局に負担させる代わりに、その過程を番組で紹介してあげるからタダで政宗商事の宣伝にもなるし、今後の不美の人生も変わって一石二鳥…、と、いかにも自分勝手な取材プランを社長に持ち掛けてきた。

「整形なんかしなくったって、彼女はかわいいですよ。申し訳ありませんが、ちょっとこの企画には、乗れませんなあ」

政宗は即座に、そしていつもの如く優しく、不美の気持ちを慮った。

「でも、社長。受付嬢ってのはその会社の顔、っていうじゃありませんか。だから、私も先ほど受付でお会いしましたけれども彼女をもう少し、目元をこうキリッ、と、ね。顎がもう少しシャープになったら、とか、って想像してみてくださいよ」

「ですから、顔なんて関係ない。彼女は自分の力で幸せを掴みますよ、きっと」

温厚で有名な政宗。だが、彼は次第に自分のなかにこみ上げてくるなんとも言えない怒りと、静かに戦っていた。

そんな政宗の気持ちなど露知らず、権堂は、鞄から取り出したスポンサーでもある整形外科の、整形前後の女性の顔の比較資料をおもむろにテーブルの上に広げはじめた。


その姿を見た政宗が、恐らく人生で初であろう、大声をあげた。

「あなた方は、自分たちさえ良ければそれで良いんですか!」

驚く権堂。周囲の社員も、件の不美も、初めて聞いたその怒声に、驚いた。

「あ、あなた方の、し、視聴率のためだけに、彼女の顔を変える、だなんて!あなたは彼女のご両親のお気持ちを考えたことはあるんですか」

すぐに冷静を装った権堂は、この程度の激高は慣れっこの様子で、なをも淡々と説明を続けた。

「社長!決してね、何百万円もかける大手術、ってわけではないんですよ。彼女もお若いから、まあ、ご存知だとは思いますが、『プチ整形』といってね、例えば目を少し大きくするとか、ほんのちょっと印象を変えるだけであって、今はそういうのが日帰りでできちゃったりするんですよ」

「馬鹿にするな!」

激高した政宗は、にやけ顔で自分勝手な説明を続けようとする権堂の頬を思わず、殴ってしまった。

「な、何するんですか!け、警察呼びますよ」

権堂は、すぐさま立ち上がりスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出した。

「私は逮捕されようが、どうでもいい!だが、不美君の顔を君たちの飯の種だけにいじるだなんて、私は許さん!」


その怒声に驚き、受付室から慌てて不美が駆け付けた。

「すいません!私のために社長が取り乱しまして、申し訳ございませんでした!」

自分のせいではないのに、頭を下げる不美。専務も、社長夫人も、そしてその場にいた全員の社員が自分の仕事を放り出し、社長室に駆け付けた。

「申し訳ない…。本当に申し訳ございません。つい、カッと来て、思わず手が出てしまいました」

不穏な空気が流れる社長室。そして、我に返った政宗。顔は真っ赤で、涙を浮かべている。社長の悔し涙を見るのも、そしてなにより、政宗のバーコード頭を床に擦りつけている姿を見るのも、社員全員初めてのことだった。


「…わかりました。今回の件、諦めましょう。社長、頭をお上げください」

権堂は、乱れた髪もそのままに、震えながら土下座を続ける政宗を見て、スマートフォンを内ポケットに静かに仕舞い、通報を取り下げた。


こんな社長の下で働く女子社員は、全員、幸せを噛み締めている。きっと。

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整形 好々爺 中小企業
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