同化
マッド・オービット。
2043年に生まれ、各国間の経済摩擦による一度目の戦争を経験した天才科学者とされている。
二度目は自身が開発した兵器、反物質爆弾によって多大な貢献、いや被害を全世界にもたらした。
それだけではない。
彼は祖国の勝利のためでなくただ、自分の研究結果を様々な状況で分析するためにその兵器を開発した。
そしてその目的を達成するために祖国だけでなく世界中にばらまいた。
各国は敵も反物質を持っているとは知らず、こぞって最終兵器である反物質爆弾を使った。
そうすると同盟国の復讐対象にされ、反物質爆弾を使われ・・・と連鎖的に焼野原は広がっていった。
そんな悪魔の兵器を生み出しただけでなく、悪夢を生み出した張本人のオービットは処刑された。
はずだった。
確かに処刑されたオービットは偽物で本物は生き延びたといううわさもあったが、そんなものは陰謀論と同じぐらい根拠のないでたらめでしかない。
しかし・・・そのオービットが、マッド・オービットがいま私の目の前にいる。
史上最悪の科学者が探査機に姿を変えて今、私の目の前にいる。
あろうことかそいつは私に助けを求めている。
こいつの助けなんかにはならない。してはいけない。
『私はマッド・オービット。あなたができるのは私を救うことのみです』
「正直言ってあなたのような大量殺戮を平気で行うような人間は嫌いなの。だから、意地でもあなたは救わない」
オービットに会ったことはない。
しかし、彼の家族に会ったことはある。
その時はただ大量殺戮者の家族を見てみたいという野次馬めいた感情によるものだったが、話してみて後悔した。本当はみんなとても普通の人で、必死にオービットのことをかばっていた。
もちろんオービットの罪に関しては償うべきだと言っていたが、根はやさしいだとか・・・まあ、要は普通の家族だった。それが多少どこかで狂ってしまったのだろう。
「それにあなたの家族があの後どんな目にあったと思う?それを知ったらあなたでもさすがに自分のしたことを恥じるはずよ」
それはもうすさまじい迫害を受けていた。
私はその迫害が激化する前に会ったから現場に立ち会ったわけではない。というか、あんな普通の家族が史実通りの迫害を受ける姿を見ることはできなかった。
私は歴史から目を背けたのだ。
『あなたは私の家族に会っていません』
「・・・何?」
『私は探査機オービットとなってから常に家族とともに旅をしてきました』
「・・・そこまで言うならあなたのその中身を見せてもらおうかしら。その薄汚れたベールを脱げといっているの」
さすがにドライバー一本で探査機の隔壁を開けることは不可能だ。
増幅器となる例のおんぼろ物置があればまだ可能性があるけども。
『わかりました。隔壁が開きます。安全のため周囲の作業員は本機から10メートル以上離れてください』
蒸気が勢いよく吹き出し、隔壁が開き始める。
徐々に中身が出てきて、ついに中のオービットとは扉一枚隔てる形となった。
『入ってくるがいい』
今度はパネルではなく、機械で合成したようなゆがんだ声が響く。
どこかにスピーカーでも内蔵されているのだろう。ぶっちゃけ宇宙空間で使う機会ないと思うんだけども。
「ええ、お言葉に甘えさせてもらおうか」
タラップが下りてきたので、それを上って開いた隔壁をくぐり内部へ入る。
タラップはところどころきしんだりしていて、長らく整備しているとは思えなかった。
「・・・まるでバケモノの体内ね」
壁一面計器やコード類のくせに鼓動のような音がどこからともなく響いてくる。
それにどこか脈動しているような気もする。
ドライバーで調べてみても出てくる結果はただのコードと計器。薄暗さと相まって気味が悪い。
「?」
写真・・・だろうか。
暗くてよくわからないが・・・見たところオービットの家族写真だろう。
妻のシルビア、長男のアンダーソン、長女のコーレン。この三人には見覚えがある。このコーレンを膝にのせている男・・・これがオービットだろう。
こうしてみるとどこにでもいる幸せな家族だ。それがなんでこんな・・・。
「彼はみんなの期待を背負いすぎた」
不思議とシルビアが言っていた言葉をつぶやいてしまう。
妻のシルビアはオービットをかばった際、期待を背負いすぎたといった。
つまり、周囲の期待が彼を無慈悲な大量殺戮者へと変貌させてしまったと?
・・・ありえない。
人の本質は変わらない、変えられない。殺人鬼は生まれた時から殺人鬼で、聖人は生まれた時から聖人だ。そんな人の期待なんかで変わったりはしない。
それだったら私なんてとっくの昔に・・・。
ゴウンゴウン・・・
不意に脈動が強くなる。
まるで空間全体が歪んでいるようなすさまじい音だ。
「・・・」
不意に一部分だけ計器やコード類がない壁を見つけた。
・・・家族写真だろうか。先ほどのような写真が所狭しと飾ってある。
おもちゃを取り合っているのだろうか、若干涙目のコーレンが兄のアンダーソンを追いかけまわしている。それをソファの上でオービットが眺めシルビアは食堂の後形付けをしながらほほえましそうに見ている。これも普通の家族写真だ。
次はどこかに出かけたのだろう。ピクニックだろうか、開けて自然に囲まれた場所で仲良くお弁当を食べている。これもみんな仲が良くとても・・・ん?
不意にオービットの目が珍しく開いた写真を見つける。
思えば、どの写真も幸せそうに目を細めていたが・・・この写真だと表情は笑っていても目は笑っていない。
いや、よく見てみるとすべての写真でオービットの笑顔が若干いびつだ。
それにオービット以外のみんなの表情も・・・。
いや、これ以上はよそう。・・・これ以上は触れてはいけない。
だけど、これでまたオービットに確かめるべきことが増えてしまった。
ようやく最後の扉の前にたどり着いた。
あれ以降は写真は出てこなかったが、今度はホームビデオだったりホログラム映像だったり・・・ありとあらゆる記録媒体でオービットとその家族たちとの思い出の数々を見せられた。
だが、そのすべてがどこかいびつだった。
『入りたまえ』
あのゆがんだ声が響くとともに最後のドアが開く。
最後のドアの先はやはりモニタールームのようになっていた。だが、とても広い。
端には水槽のような試験管をでかくしたようなものがやはり3つ。
「・・・よくもまあ、2100年代の技術で強化人間を作れたわね」
そう、3000年もの時を人間が生きるには機械と同化するしかない。そして、なによりもオービットは探査機オービットがマッド・オービット自身だといった。
ならば、機械と同化した存在である強化人間となったとしか思えない。
『彼ら同志たちが私に様々な英知を授けてくれたのだ』
同志というのは例のロボットのことだろう。
・・・ここに来るまでさんざん燃やしてきたけど。
「・・・あなたの家族に私は会っていないといったけどまさか彼らも偽物だったとはね」
『より多くの知識を得るためには私一人の脳ではデータ不足だった』
「それで家族全員を無理やり機械につないだというのね」
反吐が出る。
・・・そしてあの写真だ。
「今まで私に見せてきたあの写真たちは何?・・・まさかあんな作り物で私があなたに同情するとでも?」
『クク・・・バレていたか。だが、よくできていただろう』
「シルビアたち家族の話に惑わされていたわ。・・・あなたはやっぱり正真正銘のクズ野郎よ」
『・・・クク、やはりお前も凡人だな。私の崇高な考えが理解できないとは』
人殺しが崇高だとでもいうのか。
あんな下種な真似のどこが崇高だというのか。
「私が凡人ならあなたはただのクズよ。人間ですらない、何物にも劣る怪物でしかない」
『怪物・・・なんと甘美な響きか!』
ゆがんだ声で打ち震えたようにさらに声をゆがます。
そこからは狂気しか感じられない。
『だが数多の時を経て、私はついに約束の時を果たしたのだ』
「約束の時・・・」
状況からして絶対に厄介なことになる。
そして私に救いを求めたということは強制的に私も何らかの形で手を貸すことになる。
そんなことはさせない。
『さて、お前には協力してほしいことがある』
すかさず壁からアームが飛び出し、私は壁にたたきつけられる。
超痛い。
「ぐふっ・・・」
『私たち人間の脳では記憶することはできても処理することはできない。だが、君の脳の一部を高速で培養しそれに処理させればそれは可能になる』
「くっ・・・や・・・やめなさ・・・」
側頭部に針のようなものが刺され、一瞬頭が痛む。
次の瞬間雷に打たれたような激痛が襲う。
「ド・・・ドリルで頭蓋骨を貫通させて・・・強引に採取とか・・・随分と野蛮じゃないの、天才科学者さん」
『私には時間がない。42に見つかる前に事をなさねばならない』
そういって採取した脳細胞を今度は培養するのだろう。壁際の装置に入れていく。
ちなみに先ほど私にあけられた穴はもうふさがっている。再生してからまだしばらくたっていないのでその余波で手を切り落とされたぐらいでも一応再生する。・・・まあ、結構痛いんだけどね。
カシュンカシュン
オービットの機械と一体化した胴体が開き、中から何か・・・胎児のようなものが現れる。
それと同時に培養し終わったのか試験管のような巨大なチューブに私のものと思わしき脳が放り込まれ、それに電極やケーブル類が突き刺さっていく。
正直見ていて気分がいいものではない。
「・・・何をする気」
『約束を果たすのだよ』
途中書いてる間思わず吐きそうになるという。
なんてメンタルの弱いやつなんだ!!




