勇者1 魔木蒼一
「ねえ蒼一君? 蒼一君ってば! 聞こえてる?」
魔木蒼一の横に立っている女の子が蒼一の腕をつかんで、声をかける。
蒼一は1人考え事をしていたため気付かなかったが、女の子は先ほどから何度も声をかけていた。
蒼一はぼんやりと虚空を見つめていた視線を女の子へと向けた。
「え? ごめんごめん、少しぼんやりしてて気づかなかったよ。それで何の話しだったっけ?」
蒼一はそう言って笑い誤魔化した。さっきまで4人が何を話していたのかわからない。
1人だけ会話に参加していなかったせいだ。
「もー、もういいよ! 蒼一君のバカ!」
女の子――静香はほほを膨らませて、少し怒ったようだった。本当に怒っているわけじゃないけど少し拗ねちゃったかな?
静香はこんな風に少しあざとい所があるけど、根はとてもいい娘だ。クラスメイトとしてしか付き合ってこなかったけど、何となくは分かる。
蒼一たち5人は今、ルコール地域を南下してセオル地域へと向かって歩いていた。
さっきまで蒼一は、先程会った木藤杏奈のことを考えていた。
黒髪で長さは肩に届くくらいの美少女だ。蒼一も初めて見た時から少し気になっていた。成績もよく、運動神経も悪くない。
まさに、男子たちにとっては学校のアイドルみたいな存在だった。高嶺の花でみんな近寄りがたいって言っていたけど。
何が気に食わないのか女子たちには嫌われているようで、孤立している。大方、自分より可愛くて気に食わないのだろう。
蒼一も何度か話したことがあるが、すごくいい娘だと思う。可愛いし。
でも彼女は突然城から消えてしまった。
1人だけ勇者じゃなかった彼女。何が原因なのだろう。
蒼一達は勇者であるおかげか、レベルが上がるのが早く能力値もぐんぐん上がるらしい。
まだこの世界に来て3日目だが既に全員が、ギルドランクで言うところのEランク以上の能力値を持っているらしい。
スキルもそれなりにいい物をみんなが最初から持っている。
スキルはレベルが上がった際にこれまでの経験を踏まえた物や、全くのランダムな物を習得することがあるらしい。
運の値が高ければ習得の確立も上がるようだが、特定の物を狙って取ることはできないようだ。
そのため最初から役に立つスキルを持っている蒼一たちはそれだけでも強いわけだ。
蒼一にいたっては既にDランク程度の能力値。しかも蒼一だけがスキルで 勇者 を持っているようだ。
能力だけ見れば、すでにこの世界の平均的な冒険者と実力は変わらないらしい。経験が少ないからまだまだだろうけど。
しかしこの調子でいけばいずれSランク級になり、魔王を倒すのも時間の問題ではないかと言われている。
昔いたSランク勇者は魔王との相性が悪く敗れたそうなのだが……
蒼一ならその心配もないだろう。仲間にも強い勇者がたくさんいるのは有利だ。
「でもやっぱり、蒼一はすげーよ! 昨日の茶色いオオカミだって俺らはびびっちまって動けなかったのに、1番に動いて簡単に倒しちまうんだもんな!」
信二が笑いながら言ってくる。無言が耐えられなかったのだろうか。
「ははは、ありがとう。でもまぐれだよ」
蒼一はそう答えつつ、昨日のことを思い出す。
昨日はクラス全員でお城の西にあるルコールの森の中まで行ってきた。
兵士の人たちも途中までは付いてきてくれ、戦い方を色々教えてくれたが森の中にはクラスメイトだけで入った。それも訓練だったらしい。
森の中には角の生えたウサギやブルースライムが多数いて、みんなで分担しながら倒し少しずつ進んでいった。特に目的もなかったけど、しいて言うなら戦闘になれることが目的だったみたいだ。
怪我をした人もいたが、回復魔法を使える人がいたので問題はなかった。
魔法はそこまでレアなスキルではないが、高レベルのスキルを手に入れるにはかなり運がよくないと無理らしい。
回復魔法はその中でも結構レアだとか。
しかしその後のことであった。回復も済んでまた森の奥の方へと歩き出していると、突如遠吠えが聞こえたと思ったら蒼一たちの周りをオオカミが囲んでいたのだ。
灰色のオオカミが多数に、一回り大きい茶色のオオカミ1匹。
オオカミなんて実際に、しかもこんな間近で見たことのある者はいないだろう。
そのオオカミたちが獲物を襲おうとジリジリを迫ってくるのである。
みんな恐怖で身体が動けなくなった。泣いている声も少し聞こえた。
当然蒼一もオオカミを見たのは初めてだったし、内心は怖くて仕方がなかった。
しかし、そんな思いとは別にして身体は勝手に動いた。目の前の魔物をを倒すために今出来る最適の動きを。
身体強化を使い、茶色いオオカミに一瞬で近づく。
全力で剣を振るい一撃で仕留める。
「敵のボスは僕が仕留めた! 後は雑魚ばかりだ! みんなで協力して倒すぞ!」
蒼一は大声で叫ぶ。
みんなは金縛りが解けたように動きだした。
多少は苦戦したもののオオカミを1体残らず、掃討することに成功した。
「あの時は蒼一君が真っ先に動いてくれたから、私たちも灰色のオオカミと戦えたんだよー?」
普段無口な楓も頷きながらそう言った。確かにあのまま蒼一が動かなかったらもっと被害が大きくなってただろう。
「確かに私も怖くて怖くて、泣きそうだったもん」
「静香はほんと泣き虫だよなー!」
「何よ! 信二だって足が震えていたじゃないのよ!」
信二と静香がまた喧嘩している。2人は良く喧嘩するが信二の方は静香に構ってほしいだけだと思う。
たぶん好きなんだろうけど、静香はまったく相手にしてないから少し可哀想でもある。
「まあまあ、3人も含めクラス全員が頑張ったから勝てたんだと僕は思うよ?」
そう言いつつ蒼一はまた別のことを考える。
(木藤さん……。無理やりにでも城に連れて行くべきだったんじゃないか? 昨日みたいに集団で襲ってくる魔物もいるんだ。女の子の1人旅なんて危険すぎる……)
そう思いはするものの目の前に新たな魔物が現れたことによって、蒼一の意識は魔物に集中する――
名前:ソウイチ・マギ
職業:勇者
レベル:15
能力:HP 180/180
MP 152/152
攻撃 174
防御 137
魔力 98
俊敏 164
運 89
スキル:勇者,身体強化,剣技術2,HP自動回復
勇者:戦闘において大幅なプラス補正
身体強化:攻撃、防御、俊敏を1.5倍にする。使用中はMPを常に消費する
剣技術2:剣の扱いが上手くなる。剣での攻撃力アップ
HP自動回復:HPがゆっくりと自動回復する