30 対西条和樹 2
これはまずい。何故かは分からないけど、どうやら私のスキルが一切発動してないみたいだった。
このままじゃ2人に対して有効打がないし、何より手がちょっと焼けたから熱い。
よし、ここは一度こいつらから逃げようか。戦略的撤退だ。
私はそう決断するとすぐに、2人がいる場所とは反対方向に全速力で駆け出した。
しばらく走って後ろを振り返ってみたけど、2人が追って来ている気配はなかった。
なんとか逃げ切れたみたいだね。
ふと、火傷した左手を見てみると少しづつではあるが、治ってきているみたいだった。
試しに適当な場所にストーンショットを使ってみると、いつも通り魔法も使えた。
うん。完全にスキルが復活したみたいだね。
どう考えてもスキルが使えなかった原因はあの2人にあるはずなんだけど、何がきっかけかな?
2人に近づいたからとか、私が視界に入ったから、なんてことでスキルが封じられているとしたら厄介だな。
あいつらを殺さないように加減して攻撃するのはちょっと面倒臭い。魔法ならその辺の調整が楽だし、なにより選択肢が多いしね。
私が攻撃を食らったせいでスキルを封じられたならいいけどな。
それなら攻撃を食らわないように気をつければいいんだし、さっきは油断していただけだ。
そう、油断だ。最近私よりもかなり格下としか戦っていなかったから、どうにも鈍っていたみたいだね。
さっき戦った感じからして馬鹿男の方は全く強くない。魔法が使えるみたいだったけど普段の私には一切効かないんだし。
でも刀男はなかなか強かったと思う。スライム草原で大量にスライムを倒す前の私になら、勝てたかもしれないね。
10分くらいは休んだろうか? 私の受けた傷はすっかり回復していた。
そろそろあの2人に報復しに行こうかな。まだあそこにいるといいんだけど……
私は急いで先ほどいた場所まで戻る。
流石にもういないかな? なんて思っていたけど2人は変わらずにそこに立っていた。
何か会話しているようだけど距離がまだかなり離れているので、会話の内容までは分からない。
私にも気づいていないみたいだしチャンスだね。
私は試しにスキルの 嗅覚強化 を発動させてスキルが使えるか試す。
うん。ちゃんと使えているみたいだし、今のところ問題ないね。
私は遠距離からストーンショット多数と、ファイアボールを放った。
2人は突然飛んできた魔法に驚いているようだった。
魔法は1発も当たることなく避けられてしまったけど、馬鹿男の方はビビッているみたいだった。
そりゃそうだろう。あいつが放ったファイアボールよりも数倍でかい火球を放ったんだし。
その分速度を落としてあげたから簡単に避けられただろうけどね。
2人が魔法に気を取られている間に私はかなり近づくことができた。木陰に隠れて、迷彩を使っているおかげでまだ見つかってすらいない。
でも声が聞こえる距離までは近づけたみたいだ。
「今の魔法やばくないか? もしかしてさっきの女か?」
馬鹿男の方が呑気に話しかけている。刀男はそれに返事もせず辺りを警戒しているようだった。
これだけ近づいてもスキルが使えていることからして、攻撃を受けるとスキルが使えなくなるんだと思う。
まあいつまでも隠れていても仕方ないし、そろそろ本格的に捕まえてしまおう。お腹もすいてきたことだしね。
私は威力を抑えたストーンショットを多数放ち、2人に近づく。
さっきより近距離で放ったせいか、全てを躱すことができなかったみたいで多少ダメージを与えられた。
続けてツリーバインドを使って2人を拘束しようと試みる。
馬鹿男は簡単に捕らえることに成功したけど、刀男の方は捕まる前に木の根を全て切られたので失敗だ。
やっぱりあいつはレベルが違うなー。
少しは本気で相手しようかな。
私は再度魔法を放つ。先ほどのに加えてエアーショット、ウインドエッジも使い始める。
「おーい! 俺の拘束を解いてくれよ! これじゃあ戦えねえよー」
馬鹿男がなにやら喚いているけど、誰も相手にしていなかった。
まあ相手する暇なんて与えていないんだけどね。
私は魔法の手を緩めずに連続で攻撃をする。もちろん威力は抑えているけど。
時々ツリーバインドで拘束できないか試すが、それだけは食らわないように他の魔法を受けてでもそれだけは防いでいた。
刀男の体は見る見る傷ついていく。ちょっと痛々しくなってきたのでそろそろ攻撃をやめたいな。
これ以上続けたら死んじゃうんじゃない?
私がそう思い、少し攻撃の手を緩めた瞬間に刀男が一気に加速して私に向かって近づいてきた。
そういえばこいつ、前もいきなり早くなったよなー。どうせ何かスキル使っているんだろうけど。
特別焦ることもなく振り下ろされた刀をナイフで受け止める。
その瞬間に私は全身からツリーバインドを発動させて、大量の木の根が刀男を拘束しようと襲いかかる。
腕から出せるなら全身からだって出せるよね。
刀男は逃げようと距離を取ったけど、大量の木の根がどんどん彼を追い詰めていく。
流石にこの量からは逃げられないでしょう。
半分程切り落としたところで遂に刀男の足を1本の木の根がつかんだ。
そのまま他の手足も……と思ったけど切り落とされてしまう。刀男も必死なようで木の根を切ることに全力を注いでいるようだった。
うーん。これだけの数でも捕まえられないのか。1本1本の木の根が弱いなー。
今後の課題だろうね。数だけ用意してもMPの無駄使いだし。
まだまだ私には余力があるのに対して、2人はもう疲労困憊だ。
刀男の方にいたっては肩で息をしているしね。
馬鹿男は未だに捕まっているけど。
さて、そろそろ終わりだ。もう避ける力も残ってないでしょ。
私がツリーバインドを使おうと左腕を前に突き出すと、使うよりも早く刀男が動いた。
私にではなく、馬鹿男の方に向かって。
「おい! 逃げるぞ! アレを使え!」
馬鹿男の拘束している木の根を一部切り落としたことにより腕だけが自由になり、巻物のようなアイテムを取り出したと思ったら、2人は光に包まれた。
光が消えたころには誰の姿もなく、対象のいなくなった木の根も消えてしまった。
一瞬のことに私は呆気にとられて、ただぼんやりとしていた。
あらら。逃げられちゃったか。まあ別にいいかー。きっと勇者とか、ギルドの冒険者が何とかしてくれるよね。
私が受けたダメージは何倍返しにもして与えてやったし。
あれだけダメージを受けたらしばらくは満足に戦えないでしょうし。
色々と魔法を試すこともできたしね。ここまで力を抑えているとはいえ攻撃に耐えられる魔物がいなかったから、今回の戦いは意外に楽しかった。
大量の魔法を使っていると何とも言えない気分になり気持ちいい。
致命傷になりそうな魔法は使わなかったから、刀男も結構耐えてくれたしね。
勇者じゃなくて魔法使い? いや、魔導師かな? になるのもいいかもしれない。
まあ職業を変えることができたらなんだけど。どこかに職業を変えるための神殿でもないものかな。
私は街に向かって歩き出した。
もうお腹が減ってしょうがない。とっくにお昼は過ぎていた。
こんなことならギルドで報酬を受け取ったらすぐに食べるんだったなー。
まさかこんなに長期戦になるとは思わなかったし。完全に失敗したね。
街に到着するといつもの食堂へと向かった。