3 旅立ち
みんながピンクスライムを倒すと今日はこれで訓練は終わりのようだった。
兵士たちに付いて行って城まで戻る。みんなピンクスライム1体倒しただけなのにどこか疲れているように見える。
まあ異世界に飛ばされて、いきなり魔物と戦って疲れない方がおかしいか。
私も疲れたので早く横になりたい。
城に戻ると大部屋へと案内された。大きなテーブルに椅子がいくつも置いてある。
テーブルの上には食事が用意されておりここでご飯を食べるみたいだ。
そういえばお腹空いたな……
「どうぞみなさん、お好きな席に座って召し上がってください。食後は部屋に案内しますのでゆっくりと休んでくださいね」
そう言って温和そうな兵士は部屋の外へと出て行ってしまった。
用意された豪勢な食事にみんなのテンションは、自然と上がっていったようだった。
もちろん私を除いてだけど。
あの最弱の魔物に苦戦していた姿をみんなに見られていたせいで、私はひどく落ち込んでいた。
女子はみんなで仲良く行動しているみたいだけど、私は無視されている。
まあ当たり前だよね。こんな弱いやつが仲間にいたって役に立たないし、逆に邪魔になるだけだもんね。
男子も何人か話しかけてくるものの、下心が見え見えなのであまり相手にしない。
適当にあしらっておく。
私はテーブルの隅の席に座り、クラスメイトの会話に混じらず淡々と食べ始めた。
食事は最高に美味しかったけど。
「さて食事が終わったら今日は部屋で休んでくれ。いまから案内する」
私たちが食べ終わる頃に兵士がやってきた。先ほどの兵士とは違う人みたいだ。
その兵士に案内された部屋はシンプルな部屋で、椅子と机、ベッドしか置いていなかった。
私は椅子に座り一息つく。
やっと息苦しい空気から解放されたー。
個室だったのは幸いだった。この世界にきてから今のところ1番嬉しい。
お城にしてはシンプルな部屋だけど、家具はなかなか高そうに見えた。
ステータスをまた確認してみるけど特に変わりはない。
減ったHPは、あの温和な兵士に魔法で治してもらったので回復している。
しかしこの最弱の能力値で、この世界で生きていけるのかな……
そんな不安なことばかり考えちゃう。
ふと、窓から外を見てみる。辺りはいつの間にか暗くなっていた。
空には満月があり、妖しく光っていた。この世界にも月ってあるんだねー。いつも思うけど、月には不思議な魅力があるような気がする。
月明かりに照らされて草原にはピンク色のボール――ピンクスライムの姿が見えた。
ただ転がっているだけなら可愛いんだけどなー。あれが魔物だなんてね。
あれ? 1体青いのがいる? 違う魔物かな?
青いボールを目を凝らしてよく見てみる。
名前:ブルースライム
種族:スライム
レベル:1
能力:HP 30
MP 0
攻撃 12
防御 3
魔力 5
俊敏 10
運 2
見た目ちょっと違う色なだけなのにピンクの倍以上の攻撃力だ……
私2,3回体当たり受けたら死んじゃうんじゃないの? そんな気がする。
他にも危険な魔物がいないか探す。今後近づかないためにも必要なことだ。
自分のためだしね。
しかしここから見える範囲ではピンクとブルーのスライムしか見当たらなかった。
ピンクのレベル2がいたが能力が少しだけ高い程度だった。
流石に今日は疲れてしまったのでそろそろ休むことにして、ベッドに横になる。
ベッドはかなりふかふかで、あまりの気持ちよさに私は気付いた時には眠ってしまった。
目が覚めたら実は夢だったんじゃないかと期待していたけど、そう上手くはいかないよね。
昨日はそのまま寝てしまったので軽くシャワーを浴びる。
簡単に身支度を整えてから個室を出て、とりあえず昨日食事した部屋に行ってみる。
お腹も空いたことだしね。
予想通りテーブルには朝食が並べられていた。てか、みんな食べているところだった。
1人くらい私のことを呼びに来てくれてもいいじゃないか。
「あ、おはよう! 木藤さん! 木藤さんも呼びに行きたかったんだけど部屋がどこかわからなくてね……ごめんね」
魔木が私に気付くと近くまできて、謝ってきた。
私の部屋の近くの女子なら知っていたはずなのに、わざと教えなかったんだな。
「いいのよ、ありがとう。私もご飯食べようっと。お腹空いちゃった」
私は魔木んにお礼を言って、席に着く。魔木だけは良い奴だったみたいだ。
少し急いで食べ始める。たぶんこの後また魔物と戦うのだろうなー。
「食事が終わったら昨日よりも強い魔物と戦ってもらう。最初は少し苦戦するかもしれないが、君たち勇者ならばすぐに強くなれるだろう。さあ付いてきなさい」
私がやっと食べ終わりそうな時に兵士がやってきてそんなことを言う。
私勇者じゃないんですけど。昨日のピンクスライムですら苦戦したのを、この兵士はもう忘れたのだろうか。
このまま勇者と同じ訓練をしても私は強くなれないだろうな。
というより強くなる前に死ぬよ、絶対。
いっその事ここから出て1人で旅に出てみようか。倒せる魔物を倒して自分のペースで強くなればいいかな?
何よりここの居心地の悪い空間から逃げ出したかった。優しいのは魔木だけみたいだし。
みんなが兵士の後をついていく中、私だけ別の兵士に話しかける。温和そうな兵士だ。
「あのー、実は私だけ勇者じゃないんですけど……」
「ああ、君は昨日の。だからあんなに苦戦していたんだね」
兵士は納得したようにうなずいていた。
「このまま勇者たちと一緒に戦っていくのは私付いて行けないと思うので、私だけ1人で旅に出ようかと思うのですが……」
「え、君1人で旅するの? そっちの方が危険じゃないかなー?」
まあ普通そう思うよね。私だってそう思う。
「大丈夫です。私のスキルは逃げるのが得意なので! 1人でこの世界を見て回りたいんです」
適当に嘘をついておく。それでもこの場所にいるよりは、ずっと気持ちが楽だろう。
「そうか……わかった。ちょっと王様に相談してみるね」
兵士はそう言って、出ていった。
10分くらい待つと兵士が戻ってきた。
「王様から許しがでたよ」
当然だよ。王様は魔王を倒せる勇者にしか期待していないはず。
私のことはどうでもいいのだろう。勇者にくっついてきたオマケみたいなものだ。
「はい、これがお金ね。城を出てまっすぐ歩くとすぐに街が見えるから、とりあえずそこに行くといいよ。気を付けてね」
「ありがとうございます。それではお元気で」
お金の入った袋を受け取り、城から出た。
クラスメイトとはしばらく会うことはないだろう。あまり会いたくもないしね。
しばらく歩くと遠くに街のようなものが見えた。あれが私が目指している街だろうか。
それまでの道中はピンクスライムとしか出会わなかった。
武器を持っていないので、魔物のステータスを確認しながら戦わないように避けて歩いた。
≪魔物博士1が魔物博士2にレベルアップしました≫
突然頭の中にそんな声が響いた。
え! 何? 誰? 誰がしゃべってるの!
街まで後少しという時に、そんな機械で作られたような音声が聞こえた。
周りを見渡しても誰もいない。ピンクスライムがコロコロ転がっているだけ。
レベルアップって言ってたよね?
敵も倒してないのになんでレベルが上がったのだろうか。
普通魔物を倒してレベルアップするもんじゃないのかな。
私はすぐにステータスのスキルを確認してみる。
魔物博士2:倒した魔物の能力値1%を自分の能力値に加算する
おお、これは凄く強いスキルなんじゃない? 倒せば倒すだけ強くなれる。
今はこんなに弱いけど、もしかして勇者を超えちゃうくらい強くなっちゃうんじゃないのかな!
1人舞い上がっている状態で街に着いた。
しかし、最弱のピンクスライムですら倒すのに5分以上かかっていたことを思い出して、落ち込む私だった。