誠実な王子
「学院の休暇をお取りになったのはそういう事情でしたか。」
「ああ」
父親似の金茶の髪に母親似の夜空のような紫の瞳を持つ少年、シャルル・オスカルはそう聞いた。
相手は次期王太子であり自身の学友でもあるロディア第一王子殿下。
ブロンドの髪を振り撒きエメラルドの瞳でいかなる者をも虜にする才色兼備、規範のような王子は学友と共に馬車で揺られていた。
普段は決して見せることのない、悩ましげな面持ちで。
「セイル・メルヴェイユ…白幻の令嬢か。」
「どうなさいましたか?」
「いや、どのような人物かと思ってな。いずれ私と同じ王宮に住む可能性の極めて高い者だというのに、改めて考えてみるとよく知らない。毎年一度挨拶するのみだからか…」
次期王太子でありのちには王となる彼の将来の正妃であるセイルのことを考えて止まない。
白く物静かで圧倒的な存在感を放つ、よく分からない人物。
そのようなイメージしかないことに王子は苦笑いを浮かべる。
「お前の妹だろう。何か知らないか?」
「そうですね…」
内面の事を言っているのは明らかだが、兄として知っていることを全て話すわけにはいかず、妹の為に少しでも美化して話したいのも山々だが、何せ今から会うのだからあまり取り繕っても意味はない。
王家と血の繋がりがあるリネンハイム公爵家としては特に喉から手が出る程の婚儀でもないが、自らの母の外戚の為に少しでも良い印象を付与したい。
…となれば従者を全て追い出した時に、テーブルの下に潜って「狭い所は落ち着く」と言ってテーブルの脚に寄り掛かっているなどの不可思議な現象は絶対に話すべきではない。
また、急ぎ這い出る時に毎回テーブルに頭を打ち「あだっ」と叫んでいるなど言語道断だろう。
しかし、彼が会う時は決まって何か仕出かしているので、それしか思い浮かばないというのが正直な感想だ。
初めは令嬢らしからぬ奇怪な言動に心配もしたものだが、毎度そうであると人というものは慣れる生き物だ。
動じずに妹に接することが出来るようになった。
きっと、大凡の典型的な女子の好きなサロンに行くことが叶わず、気丈に振る舞ってはいるが精神が削られる思いをしているのだろう。
兄としてどのような妹であっても優しく接してあげなければ。
そう思う優しき兄は苦悩の末、取り敢えず当たり障りのないことを言っておくことに決めた。
「物静かですが心優しい妹です」
「…それは私のイメージと大分似通っているな。」
「参考になりませんでしたか」
「いや、そうは言っていない。兄のお前が言うんだ、私のイメージが外れていないことが確かめられて良かったさ。」
「成る程、…やはり参考になりませんでしたね」
「おい、人のフォローを無下にするな。」
「それは失礼致しました。」
ジト目で見てくるロディア様に笑みを浮かべながらシャルルは頭を下げた。
真面目、実直であり、尚且つ未来の君主として相応しく慎重な一面もある殿下をお支えするのは楽しい。
あいつも仲良くなってくれたらいい。
そう思うシャルル達を乗せた馬車は王城へと向かっていった。
○◇○◇
「久しいな、アンネリーゼ。元気か?」
「元気よ。本当に、お久しぶりね。ロディア兄様」
第一王子殿下がエインシェント王立学院に入学して一年。
シャルル兄様が御学友である為に大凡の日程は把握出来るのだが、それによれば最後に会ったのは4ヶ月前の冬休みだろうと推測出来る。
二人は仲が良いと聞く、さぞ寂しかっただろう。
まあそれは私も同じなんだけど。
ロディア殿下の後ろに仕える兄様と、アンネリーゼ殿下の後ろに仕える私。
それぞれ仕えるべき存在の再会を邪魔する気持ちはないので言葉は発さないが、私たちはお互いを見て微笑んだ。
『兄様少し身長伸びたわね。』
そんなことを思いながら。
「セイル」
「…っ?はい、殿下。」
アイコンタクトでの会話を楽しんでいた私を不意に呼ぶ声が聞こえ、少し反応が遅れた。
呼んだのはロディア殿下だ。
いつの間にかアンネリーゼ様とリリアンヌまでがこちらを見ていて、凄く恥ずかしい。
兄がごめんねと腹話術で言っている。
「セイル、会ったのはこの間の陛下主催の年越しの夜会ぶりか、それもあまり時間は作れなかったわけだが…」
時間が取れるはずもない。
例によって白い髪白い肌白いドレスで夜会に出席した私は、例の如く散々人目についた。
そして私は何だか居た堪れなくなって、ロディア殿下など王族とエスメラルダ家に軽く挨拶した後、他の皆をその場に留まらせ従者と共に、一足も二足も早い帰宅の途に着いたのだ。
そんな者と、様々な狸と化か合わなければならない殿下とがゆっくりと談笑するチャンスなど作れるわけがない。
要するに、私の所為なのだ。
「申し訳ありません、殿下。私は過剰に人目につく故に…」
「そう言うな。お前の事情は心得ている。責めているわけではない。ただ、話す時間が取れなかったな、と言いたいんだ。」
謝った私を見ても動じず微笑むロディア殿下。
流石人気投票1位のキャラだっただけある、と大変失礼な回想をしていると殿下がふと下を見た。
「ところで…そのドレスは…どうしたんだ?」
「はい、流行に先立って仕入れてみました。ヘイゼルブランドで今度昼のサロン用に流行ると聞きまして。」
真っ赤な嘘であり真実でもある。
なんでも、いつも白ばかり着ていたリネンハイム公爵家の白幻の令嬢様が珍しく白以外の、それも鮮やかで可愛らしいものを頼んだことでグレテッラ夫人が目を光らせたのだ。
まあ疎い私が思うに、ファッション業界の流行りとは時によく分からないものだから、こんなきっかけで次を決めてしまっても、案外良いのかもしれない。
「そうだな、いいのではないか?…エスメラルダ侯爵令嬢、お前のもな。」
「ふはっ、ははっはい!」
予想だにしなかった話の回し方に、リリアンヌは息をするのも忘れて答えた。
そしてニヤける。
顔に出てるよ、リリアンヌ。
「ロディア様、お時間です。」
「…そうか。」
兄様が名残惜しそうに時を告げ、ロディア殿下が難しい顔をしてそれに答える。
この後の予定が好ましくないものなのだろうか。
「出来ることならばこの場に留まって頂きたく存じますが、仕方ありませんね。」
「セイル、アンネリーゼももう入学する。これからは会いたい時に好きなだけ会えるだろう。それでは、学院でな。」
私達は兄様と殿下に別れを告げ、特にリリアンヌにとって短くも長いように感じられた時間は終わった。
次に会う時はエインシェント王立学院である。
寮も同じの為、頻繁に会えるだろうが、果たして初等部で何が起こるのか。
残念ながら高等部を舞台としたゲームの知識しか無い私には予想も出来かねる。
○◇○◇
「私と会う前にアンネリーゼと会ったと聞きました。」
「はい、元気そうで安心しました。」
和やかな談笑が始まった。
しかしその相手は正しく歴戦の猛者。
顔の僅かな動きで相手の心情を見抜き、的確に急所を抉るにも関わらず、自らは眉、頬、口に至るまでを完璧に支配下に置く女。
「お会い出来て嬉しく思います、お祖母様。」
次期には王となるロディアの最大の関門であり敵でもある美しき老女。
現王の母、王太后マルガレーテは立ち塞がる。