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安らぎの乙女

「南国から取り寄せたバナナ風味の菓子、如何ですか?」

「風味が効いていて、とても美味しいわ。」



用意されたのは壁で確と仕切られた、丸く可愛らしい窓が特徴の接待部屋。

本人自ら出迎えてくれたエレオノールは朗らかな笑みを浮かべて私を接待してくれた。

作法もお持て成しも全て令嬢の手本のように慎ましく、また可憐で花のよう。

しかし、その表情は若干強張っている。

無理もない。

私達は微妙な立場にある者同士だから。


『そのように緊張なさらないで。私達は母こそ違えど、同じ父から生まれた兄弟でしょう。』


そんな言葉を掛けられる人が実際に居るなら私は一目見てみたい。

母が居るのにも関わらず、妊娠した母と同時期にもう一人子を成し、母とその不倫相手がガミガミと論争を繰り広げ、父が板挟み…なんていう拷問に掛けられている中、不倫相手の背中に隠れている子供に話し掛けに行けというレベルの話だ。

誰が好き好んで火の中に飛び込むことか。


最もこのlapis lazuliの貴族は一夫多妻制。


もう一人子供を作るなどあり得ない、などという倫理観に基づく喧騒は無いが、その代わり第一夫人と第二夫人はそのバックに付いている自らの家の運命まで背負って論を展開する。

自らの出身家と嫁ぎ先との関係にもこの論争は影響する。

だから必然的に熾烈な戦いを繰り広げてしまう。

…つまり簡単に言ってしまえば現代日本よりもこの関係は複雑なのだ。


だがこの空間にそんな不穏な気配はない。

(ひとえ)に、エレオノールの慎ましく優しい心のお陰だと言える。



(わたくし)達、もう直ぐエインシェント王立学院に入学しますね。」



ぽつり、独り言のような大きさの声で静かに私に語り掛ける。

心地良く優しい静寂が人払いを済ませた一室を包み込んだ。



「ええ、そうね。」



『エインシェント王立学院』


それは将来国を担う王率いる王族や由緒正しき貴族、清廉なる教会関係者や王国の市場を司る大商人、果ては武官文官になりたい極めて優秀な一般市民まで、極めて幅広い人材を育成する歴史ある王立の学院。

住まう寮や警備体制、その他諸々など階級毎にくっきりと別けられていることも多々ある。

しかしそれを差し置いても尚、庶民と王族が同じ学び舎で習うというのは、lapis lazuliの世界的に見ても極めて珍しい進んだ学院であると有名だ。


しかし、それはあくまで高等部を見るのみの事。


王立学院初等部での貴族は最低でも伯爵の位を戴いていなければ入る事は出来ない。

そして如何に伯爵家であったとしても、王族と同じ場所に通わせることは躊躇われるような父または母を持つ令息令嬢は、”あくまで当主の自己判断”で行かせない場合もある。

教会関係者も同じく大司教の子息までという暗黙の了解がある。


そして中等部は貴族または司教まで限定だ。

少し幅が広くなったと思って集まる子爵男爵令息令嬢は居るが、圧倒的なパーセンテージで初等部からの生粋の令息令嬢に虐め抜かれる為、お勧めなど断じてしない。

庶民を母に持つなどの者もまた然り。

貴族に庶民の血が混ざった紛い物などと潜み声で言われてしまったりするのだ、そのような者達はそれよりも下の庶民が入ってくる高等部までは大抵入って来ない。


…如何に売り文句詐欺かお分かり頂けただろうか。




「折角、同じ寮に入るのです。これを機に…と言えば何だか学院を利用している風体ですが、仲良く致しませんか?」

「………っええ、ええ、私もそのつもりよ、エレオノール。同じ家同士で喧騒があっては殿下にご迷惑をお掛けしますしね。」

「うふふ、私、今日はそれを申し上げたくて声を掛けたのです。」

「そう、なら良かったわ」



うそん。

火中に飛び込んでくる女が居た。

思わず反応が遅れてしまう。

母同士…そのバックの家同士の痴話では済まない喧嘩を無視してにこやかに接す彼女は、見る人によっては双方を敵に回しているとも捉えられかねないが、そんなものを察しながらも己を通す芯の”強さ”を持っているらしい。

私には無い度胸を内に秘める安らぎの乙女に感心しながらも、殿下を盾にさりげなく躱し受ける私にはほとほと呆れ返る。



「そう言えば第一王子殿下と第一王女殿下…あの方々と同じ寮だなんて、緊張しますね。」

「ええ、”フリチラリア”でしょう?少し気を引き締めなくてはいけないけれど…仕方ないわ、私達は公爵令嬢なのですから。」



王族の血を受け継ぐ公爵家の令嬢令息と、我が国の国教であるオーディン教の神聖なる最高権力者である教皇、その子息や子女、そして勿論王族は一番階級の高い寮に住む。

その名は『フリチラリア』。

寮などと言うのも憚られる荘厳な邸宅は当に私達の住まう場所だ。


因みにその他には

御令嬢の住まい、所謂(いわゆる)女子寮である『ラナンキュラス』

そして男子寮である『グロリオサ』

この二つがあり、リリアンヌもラナンキュラスの長として住むことになっている。

大きさで言えば博物館くらいであり、どちらも優美華麗な建物だ。


因みに中等部に上がれば入れるようになる子爵や男爵の令息、令嬢用に『アロカシア』という寮がある。

更に高等部になれば少し裕福な庶民が通う為の寮、『スグリ』もある。


つまりラナンキュラスとグロリオサは十分な特権的階級の持ち主であり、比較的庶民のアロカシアやスグリからすれば憧れの存在となる訳で。

将来そんな寮の長となるリリアンヌと親しい私…はそれより格上の天上の人が住むフリチラリアに居なくてはならないわけで…。

今からでも頭が痛くなる話だ。


エレオノールの緊張感も十分に分かる。



「あまり気を張り詰め過ぎるとお身体に触りますから、程々に致しましょうか、」

「そうね…それにしても社交が心配だけど。」




エインシェント王立学院がlapis lazuliでは一般的な6、3、3制でなく3、3、3制であるのにはかなり特殊な事情がある。


…まあ簡単に言うと二つの理由が存在する。

一つ目は、”影響を与え過ぎる”ということだ。


精神が未熟な公爵家次期当主が無理難題を伯爵家の令息など、下位の者に突き付けたとする。

その者はどのような命令であったとて拒むことは出来ない。

子供同士だからと躱すことなど出来ない、何故ならば家運が掛かっているからだ。

しかし、時には拒まなければならないこともある。

そんな時、癇癪を起こした公爵家次期当主はどうするのか。

文字通り、目も当てられない。

更に王族ならば尚更、次期王座に就く方であれば不敬罪なども加算される。

高々子供同士の諍いだが、不敬罪となってはその先は暗闇だ。

そのような事を防ぐ為、私達のような影響ある人々は基本の振る舞い方を家で習うのだ。




二つ目の理由は、基本の違いだ。


政治を担う次代の王や正妃候補の教育内容が、完全に学院に把握されるわけにはいかない。

そして出来ることならば、そういった特別な者達には専用の講師を付けて学ばせたい、というのがそれを親に持つ者達の心情だ。

王となる方と臣下となる者と妃になる者ではそれぞれ根底の考え方から学ぶことが違う上に、学院としても任されたら逆に困るというもの。

それに貴族はあくまで学院は勉学の場ではなく社交の場と捉えている。

その為に各自で基本は覚えておいて欲しい、そして存分に社交してくれというスタンスなのだ。



「引きこもりたいわ…」

「第一王女殿下まで引きこもらせる訳には参りませんから、ご辛抱下さい」

「分かっているわ…」



いつの間にか緊張を解いて話していた私は、その後も大したことの無い話題を以って話を咲かせるのであった。

それは5日後の第一王女殿下との対面も、一時は忘れられるくらい楽しいものだった。


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