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悪”役”令嬢 ❷

「お母様、リリアンヌさんと是非、場所を移してお話しさせて頂きたく思います。」

「あら!そうね、セイル。そうしなさいな!」

「ありがとうございます、お母様。行きましょう…リリアンヌさん。」

「……っはい!」



私の、リリアンヌと談笑し仲を深めたいとのお願いに、満面の笑みを浮かべた母と大臣は快く席を用意した。

…お願いと言っても、これはまあ確定事項なのだが。

要するに母が勧めるよりも私からお願いした方が相手(リリアンヌ)…延いては大臣に好印象を与えると、そういう事だ。

リリアンヌ・リンドホルムが極悪令嬢であろうと深窓の令嬢であろうと、御学友に無理矢理捻じ込まれ…こほん。選出なさったのであれば仲良くならないという選択肢は元々無い。

一般的に考えて、選ばれた御学友同士が不仲など第一王女殿下にしてみれば迷惑極まりない事だし、場合によっては選定のやり直しにもなり兼ねない。

そうでもなればエスメラルダ侯爵家、リネンハイム公爵家共に只の赤っ恥だ。

更に言うなら、そんな子供が次期王太子殿下の妃になど選ばれるはずもない。

その時点で他の用途を持たない私の存在意義など消え失せるのである。

貴族って怖い。


…しかし、忘れてはいけないがリリアンヌは作中一の悪役令嬢。

そんな者と仲良くなるなど、この世界が本来のlapis lazuliのように主人公至上主義であったなら私は完璧なとばっちりを受けるだろう。

いやリリアンヌよりも正妃に近い分、確実な攻撃を受ける未来は軽く予想出来る。

正直転生した瞬間から手が塞がっている詰みのような気がしなくもない。

強く、生きよう…。


メイドに案内されてやってきたのは桜の小枝をあしらった可愛らしいテラス席。

うーん、綺麗で趣き深い。

温かく良い香りのする紅茶と風景と味に見合った香ばしい茶菓子を用意し立ち去るメイド。

それを見計らい、談笑を始める。

ここに居るのは二人だけ。

さて、どうしようか。



「…これは…林檎かしら?美味しいのね。」

「はい、林檎の風味を加えたクッキーと聞き及んでおります。」

「…そうなの。」

「はい、セイル様。」



…止まった。

ここ最近親しくない者と喋ってなかったお蔭で会話スキルが底を尽きている。

いや、前世からダメだったんだよねーこういうの。

なんて言い訳にならない。

どうにか会話を続けなければ。



「本当に、…美味しいのね。」

「そうですね、とても風味豊かで…あら、こちらも美味しゅうございます、セイル様。」



…情けない。

随分年下のリリアンヌに会話の主導権を明け渡し、菓子の話題でどうにか場を凌いでいる状態だ。

会話の苦手な奴の典型的なパターンではないか。

意を決して仕切り直そう。



「…リリアンヌ、と呼んでも良いかしら?」

「まあ!…光栄でございます!」

「…貴女も、私をセイルと呼んでいいのよ?」

「そのような事は…」



身分差を気にして渋るリリアンヌ、しかし仲良くなるにはまず呼び名から。

これは私の中での基礎中の基礎だ。

何時迄もあのような状態では、いけない。

私達は、第一王女殿下の御学友同士なのだから。



「…わ、(わたくし)達は殿下の御学友同士となるのでしょう?ですから…殿下の前では私達は同じ御学友という立場同士、平等よ。そうでしょう?リリアンヌ。」

「ですが…」

「あ、の、私は貴女と…仲良くしていきたいと思っているの。ですから、敬語は抜けずとも、せめて呼び名だけは。それならばアピールにもなりますし、ね?(わたくし)の顔を立てると思って…」



懸命に畳み掛ける私。

そうだ、仲良いかどうかは置いておいて一先ずこの席で仲良くなったという確固たる証拠が私には必要だからだ。

何の戦果も挙げられませんでした!で危ういのはリリアンヌでなく私なのだから。

…最低だ、と私でも思う。

こんな心中、きっとリリアンヌに知られてはいけない。

だけど、本心を言うのなら例え深窓の令嬢の意佇まいであろうと、あの苛烈な悪役令嬢(リリアンヌ)は苦手なのだ。

最初はこんなもので許してほしい。



「…最後のは…狡いですね。承りました。…セイル。ああ、なんか気恥ずかしいです!」

「ふふ、そうね、リリアンヌ。」



なんか可愛い。

少し罪悪感が込み上げてきた。

…い、いやいや、あの苛烈さを思い出そう。

雰囲気はこんなのではなかったはずだ。



「そういえば…以前王室主催の晩餐会で挨拶した時と雰囲気が、変わったわね。」

「そこまでご覧になって下さっていらしたのですか…!はい。あの時は…その、次期王太子殿下を意識したドレスを見立てておりまして…普段は、こちらなのです。ですが、殿下の御目に叶うようにと…」



あのグリンと巻いたツインドリル髪が、赤と青の目が醒めるような色合いに金粉を振り掛けた豪奢なドレスが、よもやロディア殿下のお心に残るように、などという魂胆だとは思わなかった。

lapis lazuliをプレイした私は知ってる。

確かに、今の深窓の令嬢姿はロディア殿下の好みではない。

ピンクゴールドの髪に殿下から賜った髪飾りをそっと付け、目と同じラピスラズリのネックレスを白い肌に映えるその宝石を身に付け、黄と橙のグラデーションで形作られた愛らしいドレスに、明るく健気な向日葵のようなあどけない表情を浮かべて寄り添う女性。

それがロディア殿下の好みドンピシャな女。

それを鑑みれば控え目な深窓の令嬢では、到底目には止まらないだろう。

だがあの格好では嫌な意味で目に止まっているのだが。



「あの、あのドレスを着ると…殿下が、私見て下さいますの。それで微笑むと殿下も微笑み返して下さって…はっ!いやですわセイル様の御前で…」

「いえ、良いのよ。あと様付け直ってる。」

「はっ!」



…どうしようかこの女。

私がロディア殿下の好みを伝えようとして辞めたのには理由がある。

それは、私自身(セイル)がリリアンヌより遥かに殿下にお会いしていないからだ。

学校の体育館より広い私の居住空間から出ていなかった私と違って、リリアンヌはそれなりのサロン経験を持つ。

当然、エスメラルダ侯爵はあの欲を以って頻繁に娘と殿下を会わせていたのだ。

正妃筆頭候補よりも頻繁に会うリリアンヌに目を光らせる他の貴族も多かろうが私にはよく分からない。

(いず)れにせよ私が殿下の好みを当てることは全く以って可笑しい。

仕方ないからかなり遠回しに言おう。



「そうなのね…私、ドリ、こほん。あの髪型も良いけれど、今の髪型は新鮮に思えて好ましいわ。」

「そ、そうなのですか?あちらの方が気合いが入るのですけれど…」

「新鮮さというのも御目に止まる秘訣だと思うわ。勿論そのような事は私、よく知らないのだけどね。」

「いえ、セイル。貴重なご意見、ありがとうございます。次回はそのようにして参りますわ!」

「ええ、楽しみにしているわ。…次回というのは、第一王女殿下へのご挨拶の場かしら?」

「そうですね。王宮へ参内するのですから御目にかかることもありましょう。そう致しますわ!」




○◇○◇



「ふぅ…」

「お疲れ様でした。セイル様。」



帰りの馬車には母の口添えでシアンとアリアを添乗させて頂いたので割と和やかな雰囲気だ。

むさ苦しい男共は二人乗っているが、その他の護衛騎士は馬で私の馬車の真横を陣取るように走っているので危険は少ない。

いざとなってもシアンとアリアは戦闘も出来るしね。



「リリアンヌがあのような方だとは思わなかったわ。いつの間にか警戒心が揺らいでいたもの。」

「それは何よりです。殿下との対面も上手くいきそうですね。」

「そうね、アリアにもドレスに気合いを入れて貰わないと。」

「はっ、はい!今回は時間が無い中での御見繕いでしたので既存のドレスを使用させて頂きましたが、第一王女殿下との御対面でしたらヘイゼルを呼び、新たなドレスを御仕立てしましょう!」



王室御用達の呉服店として名高いヘイゼル、その大人気店に行くのではなく人を”呼ぶ”所が如何にも公爵家らしい。

にしてもそうなるか〜…苦手なんだけどな。



「…任せるわ、アリア。」

「ありがたき幸せに存じます!」



採寸は苦手だしウォークインクローゼットにぎっしりあるあのドレス達を使わないだなんて、とは思ってもアンネリーゼ殿下との対面用なら仕方がない。

文句も言えるはずもなく、何事もなく帰途に着いたのだった。

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