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悪”役”令嬢 ❶

「久々のサロンなので…緊張しています」

「そうね、でも安心なさいな。今回のレイモンド辺境伯夫人のサロンは、(わたくし)の身内同然のような方ばかりを集めているの。だから貴女を見つけても目を丸くしたり、下卑た目で見たり、口元を扇で隠してこそこそと何かを話すような…気分の悪くなる方は当然お呼びでないのよ。」



つまりザフナス・ド・エスメラルダの一味が集まっている、ってことね。

余計に胃痛がしそうだけど。

普通の方がまだ幾分かマシだろう。



「…そうですか、それなら楽しめそうです。」



ニコリと笑って会話を終えると、急かされるままにそれぞれ違う馬車に乗った。

乗せられた馬車は広く、護衛騎士が私の両脇を固めてもまだ足りる。

ので向かいにも2人座っていた。

屈強な男たちが私を四人で取り囲む、なんて息苦しく危なげな展開だけれど、全くそんなムードは起こらない。

というか何も起こらない。

強いて言うならば私を見て一瞬だけ目を丸くしたことだろうか。

その後、失礼だと思ったのか咳をして誤魔化していたけれど。



「ねえ、窓を開けてくれる?新鮮な空気が恋しいわ。」

「…狙撃の危険性がありますので、、」

「なら、カーテンを開けてくれる?外の景色を眺めたいの。」

「…狙撃の危険性が、」

「無いわよ。特殊な窓ガラスで出来ているのよ?こんな時の為に。」

「…どうか、御容赦を。開けるわけには参りません。」



…これは、指示が入ったな。


母の実家エスメラルダ公爵家、いいえその大元であるザフナスは、私が何でも一人で出来ることを良しとしない。

私に地図を見せないし、必要な時以外は自室からすら出さない。

私の私室には全てが揃っている。

ベッド、食卓、机は勿論のこと、トイレやお風呂、ウォークインクローゼットまで。

庭園は広大なはずなのに『お身体に障る』などと適当な理由を付けて出してはくれない。

バルコニーでさえまた然り、だ。

そして窓は鍵など無く、くまなく溶接されて、開ける事が出来ない。

緻密な構造を以って建てられた私専用のお家に欠陥などあるはずもなく。

お忍びで街へ出かけるなど本当に論外なのだ。


こんな私に同情したのか、母はお見送りという形で玄関まで行くことを許可してくれているし、父はよく私を呼び出すという形で外に連れ出してくれる。

だがどちらも、私はシアンの案内が無ければ行くことは叶わない。

何故なら、大臣の理想の私は自室に常に居て、家の構造すらよく分かっていない女だからだ。

その理想というか命令を守る為、シアンは毎回違う道を選んで私を案内する。

しかも毎度毎度夕暮れ時に電気を点けないで案内したり、入り組んだ道を歩いたりと、私に悟らせない努力は決して怠らない。

…とは言え住み続けて10年を経た家だ。

覚えようと思えばどんなに広くとも覚えてしまう。

というか、覚えた。

だけどそうだからといって勝手なお転婆娘になれば処罰されるのはシアンである。

故にそこを呑み込んで気遣って、案内をしてもらっているのだ。


考えてみたら当たり前だが、王太子妃候補の私に逃げられる事を死ぬ程恐れているらしいザフナスが、外の景色など見せて王都の道の様子を悟らせるわけがない。

私は溜息をついて諦めた。



公爵家が乗る馬車は流石に乗り心地が良く、どういった構造になっているのかは知らないが衝撃をやたらと逃す細工が施されているようだ。

それに加え王都の中の石を敷いた舗装がしっかりしているということもあり、この手の話に定番化した酔いは全く現れない。

それ故に暇さが身に沁み、静寂が堪える。



「早く着かないかしら」



少女が放った言葉は一見すれば待ち侘びている者の台詞だ。

しかし、平坦に抑揚のない声で言い放った顔にそのような感情は決して浮かんではいない。

沈み込んだ白幻の令嬢は護衛とのつまらない対話を放棄しただ床を見つめているのだった。




○◇○◇



「…帰りは、アリアかシアンを話し相手に付けて頂きたいです。」

「あら、それはそうね。そんなに落ち込まないで、今から始まるのだから」



サロンの前にすっかり疲弊し心が衰弱しきった私は、もうそんな気分では無かった。

具体的に言うと臍を曲げて家に帰りたくなっている。

何なら地面に枝で絵を描いたっていい。

そんな私を母は引き摺って連れて行く。

目指すはエスメラルダ侯爵家の中枢の幹部達だ。



「ようこそお越し下さいました。リネンハイム公爵夫人、公爵令嬢様方。」



事前の説明通り、サロンは既に始まってから時間が経っていた。

レイモンド辺境伯の用意した駐車場には

道の脇にズラッと並んで同じタイミング、同じ動きで頭を下げ私達を出迎えるメイド達の景色は圧巻だ。


パルテノン神殿を彷彿とさせる荘厳な柱(ミニサイズ版)で支えられた門を抜けると、黄と白のパンジーで揃えられた可愛らしい花壇が見えた。

その真ん中にはうちよりも小規模であるが噴水があり、光の反射で世界観を作り出している。

ベタベタな装飾はせず、設置されたアンティーク調の椅子や机の味を引き出す。

中々拘り抜いた庭であることが窺い知れる。



「ごきげんよう、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。」



柔らかい茶の髪を振り撒いて颯爽と登場した可憐な女性。

このサロンの主催者であるレイモンド辺境伯正妻カミラ夫人だ。



「いえ、いいのよカミラさん。本日はよろしくね」

「アントワネット様…はい、こちらこそ、白幻の御令嬢を私のサロンなどに招くことが叶って、心より感謝申し上げる次第でして…セイル・メルヴェイユ様、お初にお目にかかります。レイモンド辺境伯夫人、カミラと申します。本日は是非、楽しんでいって下さいね。」

「はい、そうさせて頂きます。」

「では私は一旦これで失礼します。ご家族水入らずでお話下さい。」



格上の客人を招いたにしては、少々短過ぎる挨拶にはきちんとした理由がある。

私達に一礼した後、後ろの太り気味の男性にも一礼をし、カミラ夫人は去っていった。


…ご家族水入らずで…ね。


カミラ夫人と入れ替わるように入ってきた男性、少々白髪の混ざった髪を撫で付けて公爵令嬢の私が見ても上質だと言えるスーツに身を包んだザフナス・ド・エスメラルダは、血を分けた妹である母…ではなく私にニマニマとした笑みを浮かべつつ話し掛けた。



「ご機嫌いかがですかなセイル嬢、暫く見ない内にまたお美しくなられましたな。」

「ありがとうございます伯父様。変わらず過ごして居ります。」

「そうですか、それは何よりですな。見目麗しいセイル様に何か遭っては私も心苦しい。安全な家に居られるのが一番です。」

「…ですね。」

「その調子で成長なされば必ず、次期王太子殿下の御目にも適う事でしょう。その時を見るのが楽しみですな。」

「…はい。」



相変わらず権力欲剥き出しの伯父は私と会う度にこんな事を言ってくる。

ウザったいたらしょうがない。

齢10歳の子供に言う事じゃないでしょーに。

微妙な会話を終えると次に母に話し掛けた。



「久しいな、アントワネット。変わらないようで何よりだ。」

「うふふ、食事に気を遣っていますから。お兄様もいかがです?そのお腹が消えるかもしれませんわよ?」

「はっはっは、これは手厳しいな。そなたから話し掛けなかったからと怒るでない。」



母の棘のある言葉をサラリと交わし、手短かに切るとザフナスは後ろに居た1人の少女を呼び出して言った。



「さて、挨拶も済んだことですし本題に移りましょうな。セイル様に改めて紹介したい者が居ります。…さあ、リリアンヌ。こちらへ」

(…やっぱりか)



リリアンヌ・リンドホルム・ド・エスメラルダ。


豪華な紅いリボンを身につけ金髪をグリグリと縦巻きツインにして、趣味の悪い奇抜な金と烈火のようなドレスを身に纏う、主人公のライバルにしてlapis lazuliではロディア様の正妃筆頭候補だった女。

今は私が居るから正妃筆頭候補ではない…はぁ、早速原作壊してるなぁ。

キツいつり目に怜悧な氷色の目を揺蕩(たゆた)えその目の色と相反する気性を持ったそのドギツイ少女が、私と同じ…アンネリーゼ殿下のもう一人の御学友だ。



「リリアンヌ・リンドホルムと申します。セイル・メルヴェイユ様、改めてご挨拶申し上げます。」

「……あるぇ?」



しまった、変な声が出た。


前世の私(主人公)がゲームで散々にやられたドギツイ女は(なり)を潜め、柔らかく巻いた髪を前に持ってきた、所謂、品のいい深淵の御令嬢という格好。

白いリボンでアクセントを付け、白と薄桃色の可愛らしいドレスを全く違和感無く着こなしている。

その上見る者を凍えさせるようだったアイスブルーの目は(にこや)かな光を称え、その表情はとても苛烈なライバルには思えない。

品も人も好感の持てる笑みを浮かべ、こちらを見つめる御令嬢。


本当にこれがリリアンヌ・リンドホルムという人なのだろうか。

前に見た悪役令嬢に顔の瓜二つな深窓の令嬢に私の頭は混乱した。


*誤字を訂正しました。

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