なだらかな日々。
過多な装飾を施したシャンデリアの光が、自分の上の方で線を描く。猫足になっているアイボリーの上品な机が下の方でまるで空間でも歪めたかのように振れる。
窓側に居るとはいえ、晴れていても日差しは差し込み過ぎてはいない筈なのに、そんな僅かな光さえ眩しく感じられて。まるでスクリーンをカーテンが隠していくように視界が狭くなっていく。
その狭い画面はゴトリという音と共に暗く何も映さなくなった。
…。。
いや、もう頑張れないんですけど。もういいですよね?
私セイル、只今…授業中にスヤァしてます。
「セイル様…!セイル様っ」
私だって頑張っていた、努力は認めて貰いたい。
左の片肘をそっと机に付き立て、その手の上に上品にお顔を乗せた。そして右手ではミミズ文字を書き連ねるシャーペンをセットしたのだ。
片肘が机からズリ落ちたのは認めよう。
しかし、丈夫過ぎる高過ぎる素材で作られた制服は私の片肘に痛みを与えなかったし、私の眠りを妨げる者はいない、故に問題はない…わよね?
「…ぅー。」
「も、申し訳ありません。」
決して睨んだつもりはないのだけど、眠さを堪えた麗しい目で相手を見つめたら、全てを理解した相手は引き下がってくれた。
ああ、いえ、決してそんなつもりは…あとでオデットには何かご馳走を用意することに致しましょう。
それにしてもこの学院は本当に変わっている。
クラス分けが不思議。
基本的に男子がⅠ、女子がⅡと分かれている。
それは令嬢に何かがあることを防ぐためと、令嬢の令息へのアピール合戦という極めて政治的なものに先生が巻き込まれないようにするため。
そして階級が上からA〜Dとなっている。
この国の貴族位基準の、公、侯、辺境伯、伯、子、男、準男爵位を明確に分けているんだ。
基準はちょっとごちゃごちゃ。
まず、王族と公爵家は間違いなくここ、そして侯爵家の第一から第四の令息令嬢の者と、辺境伯家の第一第二令息令嬢は階級が一番上で、A。
次点は第四令息令嬢以外の侯爵家の生まれの者と、第一と第二令息令嬢以外の辺境伯家の生まれ、伯爵家の第一から第四の令息令嬢、そして子爵家の第一と第二令息令嬢だけで、B。
その次は第一から第四の令息令嬢以外の伯爵家の生まれの者と、第一と第二令息令嬢以外の子爵家の生まれの者、そして男爵家の生まれの者と、準男爵家の第一第二令息令嬢までのC。
そして準男爵家の第一第二令息令嬢以外と庶民はD。
だからロディア様とシャルル兄様はAⅠ組。
アンネリーゼ様と私とエレオノールは勿論AⅡ組。
リリアンヌとミュラは第一侯爵令嬢だからAⅡ組。
オデットとオディールは第一辺境伯令嬢だからAⅡ組。
第四伯爵令息のシアンはBⅠ組。
そしてエメリナとシルヴィは第一伯爵令嬢だからBⅡ組。
第三伯爵令嬢のアリアはBⅡ組。
こんなとても面倒な基準になっているのには理由がある。
一つは身分制を明確に保つためということだ。
王族と、その王族の血が受け継がれている公爵家は特別扱いされなければならない。
侯爵家と辺境伯家にも、それを守るためにボーダーラインが敷かれている。
二つ目は第一と第二の令息令嬢にはなるべく機会を与えたいということ。
理由は家を継ぐのは大体第一令息だし、それに何かが起こったら第二令息がその貴族位を引き継ぐことになるから。
だからAの辺境伯令家やBの子爵家、Cの準男爵家など、は家督を継ぐ可能性が特に高い者たちだけ、特別に上の階級の組に所属出来る形になっている。
三つ目の理由は、下の位になるにつれて爵位を持つ家が無数に増えるということだ。
例えば準男爵家だけど、商売上手とか戦で活躍したなどの理由で功労を讃えられて、庶民から貴族に転じた家だ。
一代限りのその位を得ることは庶民の夢。
逆に言えばそれを目指して頑張れるくらいの、一定数が叶えられているということで…もう、どれだけ多いか。
そして男爵家はそんな準男爵家がさらに上手くやって永劫の貴族位を手に入れた家だ。
一般に上級貴族は男爵家までしかまず相手にしないし、貴族だとも思わない。
そんなこともあって、準男爵家の子息は執念で男爵位を獲得しようとする。
すると優秀な者が成り上がることに命を賭ける構図になって…どれだけの者が叶えられたかは言うに及ばない。
しかも、準男爵家に成り上がろうと必死で勉強するために、優秀な庶民が夢と希望に満ち溢れてこの学院に進学する。
その数は重ねられた難解なテストによって削ってはいても、志望する人が多すぎて絞りきれない。
当然、多い準男爵家の跡取り候補の第一第二令息令嬢よりも更に多くなる。
要は、めちゃくちゃな多さなのだ。
AⅠとAⅡ組なんてそんなに部屋数は一つずつだけど、BやCやDになるにつれてその数は…今の私も他の階級の校舎に入ったことがないし、原作にもはっきり明言はされていなかったから分からないけれど、多い描写はされていたように思う。
兎に角無数に多いから、家を継ぐ第一第二令息令嬢だけでも優遇して、あとの有象無双には下の組で我慢して貰わないと、という理由だ。
貴族だからといって全員高待遇出来る訳じゃないってことだ。
ああでも、初等部では伯爵家以下は入っていないからBの人数にはかなり余裕がある。
Cなんてすっからかんだ。
だから今の内に結束力を高めていたりもする…ああ怖い。
尚、この大まかなABCDはクラス外で混ざり合うことが多い。
だって多くないとlapis lazuliが恋愛ゲームとして成立しないからね。
「ふ…ぁ」
…と長々した説明はここまでにして、ここからは私のお部屋のことを話そうか。
私の居るこのAⅡ組は基本的にのほほんとした授業を展開している。
というのも、どこかの家に嫁ぐことになっても十二分以上の扱いをされるのが当たり前の、良家の子女、それも長女ばかりが集まっているからだ。
そのため、失礼のないような授業が行われている。
具体的に言うと、まずうたた寝をしていても教師から注意が入ることが全くない。
それから、思わぬ恥をかかせるようなこともしてはいけないという理由で、滅多に人を指名して回答させたりしない。
させる場合は、絶対に分かってるわね?という教師とのアイコンタクトがあって、しかも当てる前に教師が教室を回る振りして回答を確認しに来る。
つまり、寝てれば絶対に当たらな…こほんこほん。
テストはあるけれども、その成績によって注意されることはない。
…どころではなく、先生はテスト用紙をそもそも回収しない。
このA組にはアンネリーゼ様もいらっしゃる、それに私は正妃候補筆頭。
そんな国の次代を担う生徒達の詳しい成績を先生如きが知り尽くすわけにはいかないのだとか。
尚、勿論、テストの答えは一人一人に配布される。
ちなみに成績通知表だけど、これは私の常識が通じて五段階評価。
だけど、このA組は全員が全ての教科の成績が5で統一される。
先生が生徒のテストなんて見なくてもいい理由がここにある。
…こんな生徒と先生の関係では、先生側のやる気が出ないって?
いえいえ、A組の講師になれた者は全員もれなく栄達が約束されます。
それは私達が賄賂を先生から受け取るなんてよく聞くような話ではなくて、何も貰わずに約束するのだ。
公爵令嬢の私のような生徒に、先生が安月給から負担して金品あげたところで、満足などさせられないのだから当たり前だろう。
要するに、この学院の先生は死力を尽くしてA組の教師の座をGETする仕組みになっていて、勝ち上がった、今私達の目の前で教鞭を取っている先生は…たとえ生徒が寝ていようとも、物凄い爽やかな笑顔でやり切ったような誇らしげな表情で授業を展開している。
なんだろう…複雑だ。
まあ、いいんだけど。
「では、これで授業を終わります。ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
そうそう、BCDはこんなに緩くない。
各派閥のトップばかりが集められているAとは違って、Bの令嬢は派閥と派閥の争いに加えて派閥の中の序列争いも加熱する。
そして当然恋の戦争も巻き起こるから組全体が修羅場でしかない。
Bの令息はコネとコネとコネとコネを作り出すのに必死で恋の戦火に巻き込まれている余裕なんかない。
Cの令嬢は派閥の中の下位層のためクラス内では比較的穏和だ。
だけど、貴族位的にのほほんと暮らしていれば将来安泰というはずがなくて、どれだけ上級貴族に気に入られるかという愛嬌競争社会が入学者を待ち受けている。
Cの令息は愛嬌とコネとツテと知識があるかないかがその後の役職を左右するため、ある意味皆が皆、敵である。
Dは庶民の唯一混ざれる場所で、優秀な生徒が成り上がりを掛けて勉学に必死になる場所だ。
だからテストの成績は情け容赦なく張り出されるし、成績下位層は救われることなく退学になり、転校希望者と総入れ替えになる。
もう、厳し過ぎる。
「ね、ミュラ。私…Aで良かったわ。」
「? 第一公爵令嬢であられるセイル様がAでなかったら、一体誰がAに入ることが出来ましょうか。」
「…それもそうね。」
「セイル様、御昼食はどちらで取られますか。」
「オディール。そうね…昨日はサロン、一昨日はミュラの部屋、では今日は学食にしましょうか。」
このエインシェント学院では巨大すぎる食事処が六つも用意されている。
それぞれ和風(江戸感漂う?)と中華とフランス料理とイタリア料理とトルコ料理とドイツ料理だ。
それぞれがそれぞれのコンセプトに合わせた仕様になっていて、学生には当然人気だ。
特に庶民は入店することを熱望する。
何故なら、服ではグレテッラ夫人のヘイゼル店がダントツの人気を誇っているのと同じように、ここに詰めている店もそれぞれステータスが高過ぎるものだから。
そんな手の届かない店の料理が庶民に格安で(貴族からはありったけふんだくる)提供されるとあって、行列が出来ていない日はないくらい人気だ。
尚、ドイツ風だけ何故か色々混ざっていて、ロココでサンスーシな可愛らしい部屋でお肉めっちゃ食べるという亜空間になっているけれど、それが逆に功を奏したらしい。
可愛い服や帽子やらを買ったデパートの最上階に、消臭スプレー完備のステーキ屋が入っているような感覚で、可愛い風味肉好き系女子に人気過ぎて、滅多に部屋を取れない…らしい。
A組の生徒が席を取れないということがないようになっているから、私は知らないけれど。
「あのリネンハイム第一公爵令嬢様に当店が提供出来ることを心からお喜び申し上げますよ。
ささ、苺のシーズンですからね、これなんていかがですか?」
「クリームチーズにレバーにキウイとイチゴ!?大丈夫なのかしらこれ」
「これが案外美味しいんですよ、騙されたと思って召し上がって下さい!
あ、バダンテール第一侯爵令嬢様はこちらはどうでしょうか、当店の新シリーズなんですよ。」
「い、イチゴに帆立…」
「ラ・フォンテーヌ、ル・シャプリエ第一伯辺境伯令嬢様方にはこちらをお勧め致しますのよ。」
「苺と山椒…」
「酢豚イチゴ風味…」
「「「「普通のでよろしくてよ!!」」」」
今日も平和です。
「「「あの、私達は…」」」
「ああ、これはこれはB組の第一と第三のシェンメイ伯爵令嬢様方にカネツザ第一伯爵令嬢様ではありませんか。
メニューはお渡ししたはずですがねぇ、どうぞお選び下さいませ。」
「「「扱いの差!!!」」」
「先程はごめんなさいね、オデット。
礼を兼ねてこれをお譲りしたいと思うのだけど、受け取ってくれるかしら…?」
「セイル様…の、ご希望でし、たら、、お断り出来ませんよ、、」
「セイル様の頼まれた品!?オデット、このミュラに回しなさい!!」




