乙女心
少しだけ長めです。
一方その頃アリアとシアンはと言うと。
付き従うべき主人と離されて特にやるべき事も無いと言うようにアテもなく昼食会を彷徨ったり、主人を追い回しているなどの典型的なパターンの発生は決して無く、彼らは彼らなりに久々のパーティーを楽しんでいた。
「前良し後ろ良し顔良しっ…と!」
金にさくらの付いた髪飾りを刺しいつもツインにしている桜色の髪をおろしてクセを付けフェミニンボブにし、髪と柔らかな紅い瞳に合う紅のグラデーションで彩られたロングドレスがデコルテを綺麗に見せる。
普段主人の良さを熟知して完璧なドレスを仕立てる彼女は、今日の自分の為にもドレスを仕立てた。
服の案を日々の生活の取り留めもない事だけを書いた手紙と共に実家に送った結果、贈られてきた自身のドレスをアリアは身に纏う。
自身がデザインしたドレスが入っているとはいえ、普段をリネンハイムに泊まり込んで過ごすアリアだ。
必然的に実家暮らしの家族と疎遠になる寂しさから、包みを開けた時の喜びはひとしお感じるのも当然だ。
実の親子でさえパーティー会場でしか会えない境遇だが、主人がアレの為にそのパーティーにすら滅多に行けることが無い。
セイルよりもある意味で可哀想な生い立ちだからこそ、久々のパーティに込める気合いは目を見張るものがある。
…気合いがいつになく入っているのは家族と会うからだけではないけれど。
「阿保執事ーこっちよー!」
最前列に座り教皇猊下の祝福を受けるセイルを見た後のこと。
シアンとアリア達一般の貴族は衣装替えもせずに昼食会会場へと案内された。
国に1%〜2%しか居ないとされる貴族。
しかし国が大きければその数も増える。
此処に招待されたのはその青い血を持つ者の中でも更に選ばれし者達だとされるが、祝いの席だからと家族や親戚、聖職者まで押し寄せればそれはもう人混みだ。
シアンとアリアは隣の席に座っていたはずなのだが、歩くのが遅い御老体や恰幅の良い爵位持ちに付き従いゴマをする者が、決して狭くはない飾られた廊下をぞろぞろと歩いた結果、彼らは人の波に揉まれて逸れてしまった。
「こんな所でそれで呼ぶ奴があるか、馬鹿」
未だ背の低い彼らが人を掻き分け合流出来たのは会が始まって少し経った頃だった。
アリアが遠くから呼ぶが、シアンは不服そうな顔をしてアリアの元へ行く。
そして小声で言った。
「俺たちは今セイル様の従者ではなく、それぞれの家の令嬢令息として此処に居る。時と場合を考えて呼び名なり言動なりに気を付けろ」
カネツザ伯の令息として、シェンメイ伯の令嬢として。
そんな堅苦しい事を子供ながらに気にするシアンと。
「な〜んだ、てっきり阿保って大声で叫ばれた事に対して怒ってんのかと思ったわ」
視野にも入れていなかったアリア。
シアンは呆れた表情を浮かべるが、アリアの指摘した点を流せる程大人ではない。
「それに怒ってないとは誰も言ってないが」
「あーあーやめましょ、久しぶりのパーティーで説教なんか聴きたくなーい」
「…お前から切り出したんだろ、ったく」
ムッとして睨むとアリアは軽く躱した。
そしてこの雰囲気を打開する為に前から気にしていたことをそれとなく、それとなく聞く。
「…」
「なんだ」
「何か、言うことあるんじゃない?」
「…はぁ?」
しかしシアンは全く理解出来ない。
アリアもそんなに直球で話すタイプではないためすれ違いが生じている。
しかし先程の続きのようにどうでも良さげに受け答えるシアンに、アリアは照れくさそうに言った。
「…私…メイド服じゃ…無いんだけど。」
夜中、セイルは勿論のことシアンも寝てしまうような夜更けに彼女は一人黙々とこの日の為のアレンジを重ねていた。
その努力を知る者はあまり居ない。
あまり、と言うのはアリアが眠さに耐え切れず裏にいる時に二、三度船を漕いだのが続いた為、シェンメイからアリアの世話の為に遣わされた侍女でありアリアの入浴などを手伝うベルレーヌが様子を見に来た事があったからだ。
兎に角、その位隠しながら密かに制作したアリアの苦労の詰まったドレス。
日々の職場を共にする同僚に何か言われたい。
「ああ…見れるようにはなってるな」
しかし、アリアの苦労など知らず、彼女がオシャレなのは普段の事だと思っているシアンにはその想いは伝わらない。
というかシアンの中で『普段のセイル様に良く似合う完璧に美しいドレスを用意するアリアだから、このくらい普通なのだろう』という勝手に上昇したハードルによって、褒めることではないという区切りがされてしまったのだ。
いつもセイルの為に紅茶を入れているシアンに、セイル以外の者が味の良さを褒めても『まあな』で終わる。
それは職種によって求められた技能だから、褒められても多少しか嬉しさを感じないのだ。
シアンもアリアにとってのドレスとはそういうものだと思っていたのだ。
気心知れた同僚だからこそ、完全に乙女心を見落としているシアン。
折角わざわざ照れを抑えて聞くというヒントがあったのに。
「…………は、っはぁ!?ちょ、信じらんな、レディーの褒め方がなってなさ過ぎ!」
憐れ、夜中の苦労が台無しになったアリアは放心した後、怒りに任せてブチ切れた。
「訴えてやる!セイル様にあんたの暴言バラしてやる!!」
「…っな」
余りにも乙女心を汲まないシアンに対し、自分の苦労の分さえ上乗せして激怒するアリア。
そしてその怒りの矛先を向けた相手が一番傷付く事、それが『セイル様にシアンの今の暴言を言うこと』だったのだ。
目の前の執事の為に作ったドレスの感想が余りにも酷すぎると上司であるセイルに言い、セイルから援護射撃を貰い女子2人で責め立てるぞという脅しだ。
ついこの間忠誠を誓った上司に早速欠点を吹き込まれることは執事にとって耐え難いことだろう、と睨んではいるがアリアは言っただけで決してやる気はない。
それに深い意味はない。
ついこの間忠誠を誓い終わった後の顔がどうにも忘れられなかった。
それだけだ。
一方のシアンはアリアの予想よりも遥かにダメージを受けた。
ついこの間忠誠を誓った相手に自身が乙女心を汲めなかった恥を晒すと言われ、呆然としてしまったのだ。
しかしアリアの追撃は止まらない。
「今までのだってぜーんぶ言ってやるわよ、シアンなんかクビよ!クビクビ!」
「…」
「何よ!何よ!!もー、絶ーっ対許してやらないんだからっ!」
ここまで来ればヤケクソだ。
半泣きになりながらアリアは喚いた。
近付いてきていたシェンメイ伯爵、夫人両人が目を見開いて状況把握、シアンを貴族の笑みで穴が開くほど見詰めているのを2人が気付くことがないくらいその場の空気は張り詰めている。
近付いてきていたカネツザ伯爵、夫人両人が強張った目で状況把握、うちの子が女の子…しかもシェンメイの令嬢を泣かせていると慌て、その親を必死に捜しているのにも気付くことがないくらいその場の空気は熱くなっている。
「…アリア」
「ばーかばーかばーーーかぁあああ……っ!?」
喚き散らすアリアに事の重大さが分かった…というわけでは決してない無い。
だが、自分とは少し価値観の違う同僚に言うには確かに適した言葉ではなかった事をシアンはアリアの”ある一点”を見つめて知った。
シアンは笑みをほんの少し堪えられていないが、喚くアリアは気付かない。
半泣きになり暴言わ並べ立てるアリアをシアンは鎮め、そして言った。
「…ソレにドレス合わせてくる可愛げは認めてやるよ」
シアンが言ったソレとは、たった今アリアが髪に付けている金のさくらの髪飾り。
丁度良いドレスがあったからそれに髪飾りを付けたのではない。
そう、アリアはこの髪飾りを見ながら仕事終わりの夜の暗い灯の下で、眠い目を擦りながら描いたドレスのだ。
その髪飾りは、家族よりも長く隣に居る仲であるシアンがアリアに贈った誕生日プレゼントだった。
「…」
「ほら、褒めただろ。撤回しろ」
「っ、」
シアンの思考は常にセイル様に向けられては居るのだけど、たまには同僚の事だって考えてはいる。
…カネツザ伯に専属となった商人の持ってきた、ありとあらゆる髪飾りは通常なら女衆だけが見て男は別のものを見ている。
しかし大貴族の専属商人という生き物は巧みに物を売り捌く玄人であり、彼らはその髪飾りを敢えてシアンに見せたのだ。
”こちらの遥か遠国の品など、、いやはや長年諸外国を見て参りましたが、贈り物になさるにこれ以上適した物はございません”
カモを見る目で自身の反応を伺う商人に溜息を吐きながら、上手く買わされたのはさくらの髪飾りだった。
否、上手く買わされたとは言ったがシアンはそれを選び取ったのだ。
同僚の髪に似合うだろうと。
色や形だけで贈り物を選ぶなど貴族の世界では浅慮だ。
その品の背景がどれほど由緒あるもので、どのように素晴らしい品なのか、そしてどのような苦労をして手に入れた格調高い品なのか、そんな事で話をダラダラと伸ばすのが貴族風の渡し方なのだが、シアンはそれらの全てを省いた。
具体的には、そっと渡しておめでとうの一言だけを言いあっという間に仕事に戻ったのだ。
話せる程の由緒も無ければ、嘘で取り繕うほど相手の様子を伺うのに懸命にはなっていないのもある。
あくまで気楽な関係を続けたいというのもあるだろう。
「…しょ、が、ない…わね…」
しかしそれはそれで強く強く印象に残ったアリアは詳しい品の経歴を聞かなかった。
その後アリアは、まるで気にしていなさそうな風を装いつつコソコソと調べる事になったのだが、それでインスピレーションが湧いたのだから結果オーライかもしれない。
長らくお待たせしております、ゴールデン中に一話出す予定ですのでもう少々お待ち下…←無理でした。頑張ります
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スランプ脱出しました今しばらくお待ち願います




