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屈辱

シルクとパールで彩ったこれでもかと宝石を散りばめたドレスで現れた王太后マルグレーテ様は、他の貴族を一瞥もすることなく慈しんでおられるアンネリーゼ様の前へとお向かいになり、そして仰せになった。



「アンネリーゼ、皆との会話は楽しめましたか。」

「はい、王太后様。皆、私の入学を心より喜んでくれていますわ。」

「そう。それは何より。」



場所が場所だけに実の祖母であるマルグレーテ様を相手に王太后とお呼びになるアンネリーゼ様。

祖母として忙しなくしなければならない孫の手助けをする為にここに来たわけでは無く、あくまで王の母、この場で最も権力を持ち合わせる者として第一王女の周りを諌めるが為に人の波を割った王太后は、常に変わらぬ微笑を称えアンネリーゼの言葉に頷き返した。


しかし周りの者は止まらない。

きっと凡そ読み取れていないのだろう。

王太后マルグレーテ様から伝うこの辺りを包み込む空気は冷え切っている事を。

忙しさと疲れを覚えていたアンネリーゼ様は身内の思わぬ登場に安堵を覚え素直に王太后に返すが、その顔に疲れの見えるのを察知しマルグレーテ様の目がほんの少しだけ細くなった。

たかが目に怯え過ぎだと私は自身を笑ったが、直後にそれは正しかったのだと思い直す。



「ですが続きは後ほどに致しましょうね。根を詰められるのは悪き事ではありませんが、今、貴女にその必要など無いのです。」



生まれながらに第一王女殿下であられたことで格を鑑みられて私達が後ろにつく事となってしまったアンネリーゼ様は、確かに権力の欲望の渦へと巻き込まれることになってしまった。

しかし、だからといってその攻撃を一身に受け続ける必要などまるで無い。

寄ってくる蝿は落としてしまうのが良いわけだし、それでも近寄ろうものなら下々の餌などになる格でない事を改めて教え込めば良いだけのこと。

それでも駄目ならば虫の寄れない場へと誘うのも必然だ。


第一王女殿下は自ら望み、敢えて他の王族の場から外れた所に留まった。

それは格を下にする者たちが話し易いようにであり、本日の主役であるからと進んで交流を深める為であって、政治権力に利用などされる為ではない。

アンネリーゼ様の下々と自らを確りと分けた上で民を慈しむ心、それを勘を違えた者たちが踏み躙る事はマルグレーテ様にとって許せざることだったのだ。


『貴女にその必要など無いのです』

それはアンネリーゼ様が本来なら必要の無い気遣いを下々にしている事を表し、そしてその意味が通用しない者たちに気遣いなどする必要は無いのだと二重に訴えているのだ。


その意味が理解出来た者は懸命だ、しかし未だここに集まり引き下がらない者の中にマルグレーテ様の棘のある言葉を解せる有能な者は居なかった。



「あなた方は(わたくし)の可愛い孫を疲れさせたいのか。」



だからだろう。

優美で温和な微笑みを少しだけ困らせたような表情で、また周りに居る有象無象を王太后様は蹴散らした。

幾ら貴族特有の甘やかし戦法でぬくぬくと育ってきたボンボンとはいえ、王太后の圧という危険を察知すれば仰せのままに縮まるしかない。



「さあ、アンネリーゼ。向こうでお兄様が待っていますよ、共に向かいましょう」

「はい、王太后様」



微笑みの優雅な圧を加えられ、苛烈な強者達に好き放題私欲をぶつけられる時間は終わりを告げる。

アンネリーゼ様がマルグレーテ様と手を繋ぎ、いつの間にか用意されていた舞踏の場へと導かれるように向かおうとした時、私はと言えばその場で立ち尽くしていた。


遠くの方でオーケストラの演奏準備の音が聞こえる。

談笑を楽しむ時間から舞踏の時間へと移り変わるというのに、常に連れ添うべき友人がその祖母に誘われていくというのに、足が動かない。



「セイル様。」

「…」



アンネリーゼ様を困らせ貶めて、マルグレーテ様の機嫌を損ねた原因であるあの者達は、自らが引き寄せたものだ。

あなた方は(わたくし)の可愛い孫を疲れさせたいのか、あの言葉が間接的に胸へと突き刺さる。

醜態、それもただの失態ではなくアンネリーゼ様に恥をかかせるようなものを晒した挙句、よりにもよってエスメラルダ侯爵家と次代正妃問題で対立するアナスタシア侯爵家出身の王太后様に後始末をされた。

その後ろにどう続いていけばいいのか。

いつの間にか背後に立っていたシアンとアリアの言葉さえ耳には届かない。



「…?何を立っているのです。」



呆然、その表現が正しい程にただ向かうアンネリーゼ様を目で追っていると、それがマルグレーテ様には可笑しく見えたらしい。

アンネリーゼ様の手を確かに取りつつも止まってこちらを振り向き、そして言った。



「セイル・メルヴェイユ・ド・リネンハイム。貴女はアンネリーゼの学友です、付いていらっしゃい。」

「…っ、はい、王太后様」



確かにゆっくりと私の名を呼び、私がアンネリーゼ様の御学友であることを認め、そしてこの場に留まっていた私に付いて来るのだと命令した。

頭を巡る様々なことは兎に角置いておいて、その柔かな圧に従った私は、令嬢として相応しいスピードの駆け足でその二人に寄り添った。

…しかし後ろを振り向けば侯爵令嬢然とした慎ましい態度でリリアンヌが待っている。

彼女は彼女特有の大きい肝を以って足早にアンネリーゼ様に付いて行くことが出来た。

しかし足が竦んだ私をわざわざ待っていてくれたのだ。

そんなリリアンヌは当然王太后様からの呼び出しを待っていた。

そう、私と同じようにタイミングを掴み、王女の元へと駆け寄りたかったのだ。


…しかし、それは間違いだった。



「あまり恥をかかせるものではない」


「…な…っ」



私が合流したのを見計らい、マルグレーテ様は進み出す。

まるであの騒然とした時の全てをリリアンヌの所為だと明言するような言葉を放り投げて。

私を、私だけをこちら側へと掬い取った後彼方を貶した。

その声は厳しく咎めるようで、その顔は穏やかな微笑みなど最早あったことが嘘のよう。

慟哭しかけた私をその目線で以って諫め、激しい衝撃は見えかけた圧力で抑え込まれる。

アンネリーゼ様はそんな私と、その後方に居るリリアンヌとを見て、そっと溜息を吐いた。



『来なさい、リリアンヌ』



手を繋ぐ祖母の気を荒げないよう声を出さずにアンネリーゼ様は後方にて責められるリリアンヌを引き寄せた。

しかしその間も足早な王太后様は止まらない。

そしてここは優雅さが求められる場所故に、幾ら距離を取られたリリアンヌでもスピードを出して追いつくことは許されない。

結果的に一人置いてけぼりを食らったリリアンヌは、王陛下、正妃様、第一王子ロディア殿下、それから全く言葉を交わした事のない第二王子フレデリク殿下以下の方々が居られる特別な席に、着くのすら遅れるといった形になった。



「このまこと楽しき昼食会に天も御味方下さって本当に喜ばしいわ。」

「はい王妃様、私もそう思いますわ。」

「お前のダンス、楽しみにしているぞ」

「王様、私今日の為に特訓を積みましたの、ですから見ていて下さい。」

「ふふ、アンネリーゼ、私も楽しみにしていますね」

「はい王太后様。…そろそろ始まりますわね。それでは行って来ます。フレデリク、来なさい。」

「…はい、姉さん」

「フレデリク、気をつけるのよ。御姉様の晴れ舞台に足など引っ張ってはなりませんからね」

「分かってますー母、ぁーっと…王妃様」



若干気怠げな第二王子かつlapis lazuliの攻略対象フレデリク殿下。

少し光の無い赤っぽい茶の髪に眠たげな翠の目を持つ彼はダラダラとアンネリーゼ様に付いていく。

自身が一番始めに踊る人、それは自らと婚約関係を結び終えた人だというのが通例である。

しかしアンネリーゼ様のように婚約の定まらない人は取り敢えず近親者と第一回目を踊っておくのだ。

姉のダンスに駆り出された同母の弟フレデリク殿下は社交界にあるまじく怠そうにしている。

あの人がゲーム内で結構人気が高いことをこの場で知るのは私だけだ。



「セイル、私達も行こうか」

「はい、殿下」



昼の昼食会だけに堅苦しく挨拶の儀などは無く、厳かとはかけ離れた明るい音楽で楽しく舞う、そんないかにも楽しき昼食会。

私の舞踏の最初のお相手はやはりロディア様だ。

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