欲望の波
お待たせしました
待機場所でアンネリーゼ様の用意させた軽食をご馳走になり、着ていた狭く椅子の並ぶ所でも邪魔にならないフォーマルドレスから会用の溢れる財力を静かに見せ付けるドレスに素早く着替えさせてもらって私達二人はその部屋を出た。
「何処かしら…あ。」
「ああ、見つけたわ。」
「リリアンヌ、こちらへ。」
「!、アンネリーゼ様!セイル!…はい、只今!」
カーテンの幕の後ろ、一人一人の区別など不可能な程のメイド達が私達を見た途端に壁に寄り、一斉に寸分違わぬ動きで頭を下げる。
その前を何の反応もし返さず横切るアンネリーゼ様に続いていると豪華な食事が皿に乗り遠くを歩くのが目に映った。
先程パンに挟んで素早く食べたにも関わらずまたお腹を空かせる程の豪奢な盛り付けに、思わず唾を飲み込んだ。
そんな事をしている間に時は経ち、少し遅れて到着したリリアンヌがドレスの裾を持って走ってきた。
彼女も式とは違うドレス、紅い存在感のある
に身を包み、同じく変えてきた私達に引けを取らない身なりとなっている。
だが本当に素早い。
あくまで淑女だということを念頭に置いた優雅さを失わせない動きだというのに、マッハで走ってこちらに向かってくるリリアンヌは何処となく印象的な…いや、謎の威圧感がある。
「一人だけの待機室はさぞ退屈したでしょう…部屋も席も離されてしまって…」
「セイル…そうですわ…!私お二人と離されて寂しかったです…!」
「うふふ、二人とも。昼食会が始まるわ。」
リリアンヌだけが一人何もかも離されたのは王族の血が流れているか否かでアンネリーゼ様の融通が利くかが分かれたからなのだが、そんなどうしようもない理由であれ取り敢えずのフォローと同情を入れるのが女子力。
グループから一人離され心細く感じていたか弱い令嬢と、共感と同情で構成された会話を行っていると一人周りを見ていたアンネリーゼ様が声を掛けた。
青い高貴な色をしたカーテンが開く。
ライトで無理矢理に演出などする筈もないが、それでも私達が気品あるドレスの裾を持った挨拶をすると皆の拍手が迎えてくれた。
つい先程までピアノの演奏で会場を盛り上げていたらしい、暖められた空気の中で私達は歩き始めた。
第一王女殿下…それは次期王を兄弟に持つが故に縁談は相手の遠慮という名の断りが厳しく、その一生涯を独り身で暮らす方が多い、不憫な上に権力は王妃達に奪われる何とも残念な称号。
だからこそだが、王族の中でも余りある権力をふんだんに行使出来るという地位には無いアンネリーゼ様に話し掛ける者は比較的穏便だ。
苛烈な出世欲に身を焦がされた者は決まりの定型文のような言葉で彼女を褒め、そして別の大物の元へと飛んでいく。
故に彼女と長く話す者は元々高貴で出世も欲など剥き出しにせずとも叶う、余裕のある者か親類、または王へのおべっか使いの戦略に早くも敗れアンネリーゼ様を拠り所にするしか行き場の無い負け組のみ。
とは言え一国の第一王女であり次期王の仲睦まじい同母兄弟であるという立場は馬鹿に出来るものではない。
ゆとりある者も、それ以上に親類も、皆幼い王女相手に狡猾さを増す。
それを払うのに他力など使えない孤高の王女は自身の力を最も信頼して笑うのだ。
…後ろで聴いている限り、王陛下やお兄様への頼み事など上手く躱しつつ、見限られないような応対、私が思う限りでは完璧だ。
それなのに焦燥が何度となく襲う。
そう、前以て聴いていたより随分と野心を窺わせる衝突が周りで起きているからだ。
学校の催しではなく王家が毎年全負担をして皆を楽しませる昼食会、それは、この場が今年御入学されるアンネリーゼ様を主役にするということが暗に定められているといっても同然。
いくら王や次期王が居るとしてもその前に主役である彼女に挨拶に伺うのは当たり前のこと。
だからいつもの数倍注目を受ける羽目になるということは至極当然、そこまでは私にだって分かる。
でも、だけど、アンネリーゼ様は野心を燃やし、その踏み台にすべき対象かと言えば微妙だ。
だからこのように我先にと話し掛け、いかに珍しい贈り物を用意したかという旨を高らかに語ったり、貴族同士で殺伐とした睨み合いを行うのは明らかに可笑しい。
応対の忙しいアンネリーゼ様を前に、不自然に感じていると、リリアンヌが酷く抑えた声で私に言った。
「やはり、こうなりましたわね」
「予期していたの」
「はい、何たって…
セイルは次期正妃様であらせられますでしょう」
名門中の名門、リネンハイム公爵家から現れた正妃筆頭候補セイル・メルヴェイユ。
次代の正妃、権力の塊の座に座る確率が最も高い白幻の令嬢が御学友となったのは第一王女殿下アンネリーゼ様。
更にその隣に佇むのは今全盛を迎えようとしているエスメラルダ侯爵家第一令嬢リリアンヌ・リンドホルム。
その時点で従来の力関係は壊れてしまった。
正妃に一番近い人と富と名声を確立した大臣の娘が背後に付き、敬っているという事で。
この熾烈な競争は言わば私とリリアンヌが生み出したもの。
ならば、これ以上過度な争いとなればアンネリーゼ様の格を落としかねない。
『貴女を今大貴族が取り囲んでいるのは、貴女が第一王女殿下だからなのではなく、次期正妃の私が背後に付いてるからですからね?』
なんて失礼な事をほざいている人間になる事だけは何としても避けなければならない…!
「…この混乱を早く、早く止めなければ」
「ですね。しかし私達に出来る事などありません。今の状況でアンネリーゼ様の後ろから抜ければ最悪な事にしか成り得ませんし、、ですが、」
「貴族が私達を見ているのは良い関係が崩れかねない、と。」
もし、アンネリーゼ様の背後から姿を消せばあのギラついた目をした者どもはこちらに来るかも分からない。
そうしたら両の手が分かりやすく空いたアンネリーゼ様がどう思うかは一目瞭然だ。
だが、だからと言って何もしない訳にはいかない。
この頭の悪いんだか良いんだか、悪い意味でがめつい者たちの視線がこちらを向いているこの状況を、アンネリーゼ様が気付かぬ今の内にどうにかしなければ事は深刻になるだろう。
この国で最も気高い王家を侮辱したなどと糾弾されたら二の句も告げないのだから。
焦燥に駆られた私はリリアンヌのある苦渋の決断に乗っかった。
その作戦はこうだ。
私達が私達同士で話す。
もし、背後に私とリリアンヌが居れば、その視線の先はいずれ分かる。
しかし三人で話していればその目線は三人を一遍に捉えるだろう。
幸いにも今日は特別な日、アンネリーゼ様に視線が痛い程集中していても不自然という程では無い。
だがそれははっきり言って愚策以外の何物でもない。
何故なら既に仲の良好な者同士が話し続けるという事はこの社交の場に於いてのみ生み出される利益を投げ出す事なのだから。
それが後でアンネリーゼ様に窘められる事であっても、それ以上の被害が恐ろしい私達は実行に移した。
「…ア」
「まあまあ、、」
正しくは移そうとした、か。
貴族の内に秘める思い同士が火花を散らす中、目線のみで人を避けさせ波を割った。
それはまるで我々の幼稚な発想を蹴散らすかのよう。
掻き分けるのでは無く、割れた。
大貴族の波を優雅に割り、その争いを居るという事だけで止める事の出来る人物が、その窮地に割り込んだ。
「落ち着きなさい、皆さん」
それはこの国の王の母、王太后様であった。




