入学式
長らくお待たせしました
螺旋状の小さな宝石の散りばめられた柱、高く高い天井を見上げると有名な画家の作品が細かく描かれ、窓はステンドグラスによりオーディン教の聖書の世界が表されている。
そんな荘厳華麗かつ繊細な細工が隅々まで行き渡る厳粛とは程遠い空気に包まれる華やかなゴシック様式の巨大なホールで式典は始まった。
長くかかる入学式、しかしその前にもう一つ長い物がある。
この国と共に育ってきた国教であるオーディン教の儀式、礼拝ともいうしミサとも言えるものだ。
神父の入場を晴れやかに演出するコーラス隊の入祭の歌から始まり、賛美歌やらパンに見立てたポテチよりはほんの少し分厚い形の食べ物を戴くやら。
この王立学院の要所で開かれる式典の前儀式は必ずオーディン教皇が行うから凄い人に直接戴く事になるのだけど、国教である為に皆が産まれた瞬間に洗礼を受けているから、本来洗礼者にだけあげるパンクッキーはこの場に居る全ての人が一人ずつ貰う事になる。
それはもう時間が掛かるのがよく分かると思う。
兎に角、信心深ければ感激では留まれない程の贅沢であり、この学院の誉れ高い由緒を物語っている。
「いつまでかかるのでしょうね…」
「ふふ、セイル。このくらい待てなくては正妃など務まらないわ。」
重力に逆らう事を止める瞼に檄を飛ばし、祈りの儀式が終わると次は入学式。
立たされたり座らされたり歌わされたり、ぶっちゃけもうヘトヘトだ。
名だたる国の重鎮や王陛下、更には先程取り仕切っていたオーディン教皇も帰らずにそのまま残るなどと、入学式に出席するのは校長も真っ青な方々ばかり。
如何に校長と言えどもこのエインシェントは王立の学院であるので要は王に仕える文官と同じ立場。
そんな校長は現代日本人もビックリなスピードスピーチで簡単に取り纏め、陛下やその他の方々に中央を譲った。
だがその後が長い。
名を連ねる大御所がそれぞれ時間を掛けて話していくのだから当然だけど、朝から始めてもう昼を過ぎている。
そろそろお腹も空いてきた。
尚、あるなら王族が、居なければ公爵家や枢機卿などがするのだろうけど、残念ながら前世で恒例だった生徒挨拶というものはこの学院には無い。
初等部には格の高い、王の元で甘い汁を啜る身内のような存在しか居らず、その為物分かりの良い者たちばかりなので気兼ねなく挨拶を回避する事が出来るからだ。
中等部からは格の低い者が参入してくるが、そのような者たちには掛ける言葉も無ければ見せる顔も無い、初等部でやっていないのだから尚更と、スルスルと躱している。
高等部なんて言うまでも無い。
…何故伝統的に避けているかと言えば、嘗てこのオーフェルヴェークの次代の王と称えられていた方がどうやら舞い上がって盛大に内容を忘れ、大失敗してしまったらしいのだ。
初等部入学時だから10歳、それはこの世界でも何かやらかしても仕方ないとされる年齢だが、次世代を担う世継ぎだった為にたったそれだけの事でアンチが増えた。
積極的に恥になるかもしれない事をやる必要も無い、とそれからは辞めるようになったのだ。
…気持ち、分かるよ。
この席順は基本的に寮の格、つまり家格、そして更に家の中での格で決まっている。
ドレスで着飾った私の隣はアンネリーゼ様と肩身を狭そうにしているエレオノール。
アンネリーゼ様のお隣はロディア様で、その隣はシャルル兄様。
そこでその列は途切れている。
いくらアンネリーゼ様の御学友に選出されていると言えどもラナンキュラスの格であるリリアンヌはここでは無いらしい。
一つ後ろの席でジッとエレオノールを見つめている。
いや、怖いって。
ザフナスならばこの席順に操作でも加えてくるかと思っていたが、伝統と格式で形作られた血統の席だけはどうする事も出来なかったらしい。
学院でも変わらず私の世話をする事になっているアリアとシアンにはフリチラリアの中の私の寮、数ある中の一つの部屋をそれぞれ割り当てているのだが、今はラナンキュラス、グロリオサの席に着いている。
二人とも”リネンハイム公爵家第一令嬢セイル・メルヴェイユの従者”では無く”シェンメイ伯爵家第二令嬢”、”カネツザ伯爵家第三令息”として学院の生徒として登録している以上、書類上はそちらに住む事になっているからだ。
住まないけど一応礼節は守る形で、と言ったところか。
彼らのメイド服執事服以外を見るのは久しぶりだから後で弄って楽しもう。
「…以上です」
「それでは閉会の挨拶を…」
やっと終わった。
立ち上がり、出来得る限り優雅な立ち居振る舞いを心掛けながら私達は奥の部屋へと向かう。
アンネリーゼ様の御学友、ロディア様の御学友、それぞれ王族と共に出るべき存在が、他の人達と同じルートを辿って同じ時間に昼食会に現れる訳にはいかないからだ。
トリという者は最後に現れて然るべき、これまで不必要で知識だけ頭に入れている状態だった、サロンや夜会でのモットーや基本を使う時が来たって事なんだけど。
豪奢な控え室で空腹を堪えている私からすれば、先に食べていられるというのは羨ましい限りで。
これから会うはずの父母を恨めしく思っていた。
そんな風に暇を持て余していると、同じ部屋で待機しているアンネリーゼ様がカチャカチャと何かを運び何やら用意をし終えた従者を確認して、私に話し掛けてきた。
「セイル、これを用意させたの。貴女も食べなさい。」
「…え?」
席に着いたアンネリーゼ様が指したテーブルの上には王族の食べるにしては質素過ぎるようなパンと紅茶。
その様相では今から軽食を取るように見えるがこれから”昼食”会だというのにどういう事だろう。
昼食会に出るのが予定より遅くなるのだろうか。
王族の威厳を保つ為とはいえ何もそこまでする必要は無いのでは、なんて考えていると理解の出来ていなかった私の顔を見てアンネリーゼ様がクスリと微笑み、そして言った。
「あら?…そうね、殆ど経験の無い事だもの。知らなくても無理はないわ。
セイル、私達に食事を摂る時間があると思って?」
失念していた訳ではなく、単に経験が浅かった為に頭が回らなかったのだが、王族や高貴な者達は本当に忙しい。
この入学式には大勢の客が来ていてその応対をしなければならないにも関わらず一人一人が曲者揃い。
話の内容どころか家格により話し掛ける順番というのもある程度決まっているらしく、気は抜けないというのにそれが常時続くから社交の場はかなりの負担になる。
楽しめるのはそれに慣れてしまった者のみだろう、最も私以外の皆がそうなのだけど。
兎に角、そのように長い時間応接しなければならないから食べる時間などとても無いのだという事をアンネリーゼ様は言外に仰った。
「…挨拶はそんなに続くのですね」
「ええ、そういう事よ。”昼食会”なんて名ばかり、私達にとってそれは挨拶と唾を付ける為の時間なの。…尤も貴女は…まあ、そうね。お兄様との時間を大事になさい。」
言葉を濁しつつ包めて終わらせたアンネリーゼ様は笑みを浮かべると、思い出したかのように私を急かした。
「ほら、立ち尽くしていないで。早く食べましょう?」
「はい、失礼します。」
「早く食べる事が出来るようにパンに挟んでいて一見地味だけれど、このパンも中の具材も昼食会に出している物と同じ一品なのよ。」
「そうなのですか、……これは、、とても、美味しいですね…」
「でしょう?私の舌を唸らせるのだから至高の逸品だわ。」
「はい、私もそのように思います。…あ、これも美味しいですよ」
「…あら、本当ね、これはどうかしら」
どうやら忙しそうな昼食会の為、私達は楽しくしかし手早く食事を済ませたのだった。




