フリチラリアの寮 ❸
「カジミェシュが5代目、コルペン・ド・カジミェシュと申します。お初にお目にかかりますな、リネンハイム第一公爵令嬢様。」
「そうね、今日は宜しくお願いするわ。」
「お任せを。令嬢様のお役に立てるというだけでこの場で昇天しても悔いなど残りませんわい、至らぬ点の多い老いぼれですが、何卒、酷使してやって下さいな。」
「セイル様、コルペン・ド・カジミェシュ殿は国の功労賞を幾つも受賞されています。助っ人としてこれ程までに期待出来る者もそうは居りません。」
「そうなの。頼もしいわね。」
私がこの広い空間を見渡していると、人良さげなおじいちゃんといった人が現れ、簡単な自己紹介をしてきた。
この人か。そう思いながら挨拶を済ませ、私達は用意してあった椅子に座った。
勿論、コルペン老がカジミェシュから持って来たデザイン案の詰まった本を見るためだ。
仕事を始めて分かった事がある。
それは、私達依頼者に向ける目はいつだって優しいが、しかし仕事に対しての眼光は鋭く、そして的確だということだ。
私の前に現れる人はやはり、誰を見ても仕事の出来る人ばかり。
私の前に置かれる調度品や家具は、どれを見ても曲線の計算などされ尽くした完璧な物ばかり。
(公爵令嬢って改めて知ったって訳じゃないけど、こういう妙なプレッシャーがあるのよね。)
この気品と優雅さに押し負け或いは飲みこまれる、そんな愚図で見苦しい令嬢にならないよう、コルペン老の話を聞きつつ、負けじと背を伸ばした。
「そうですな、令嬢様は何色がお好きでいらっしゃるのですか?お好きな色の系統を三つ組み合わせる事で色合い豊かなお部屋へと変える、これが私共の得意とするスタイルです。如何ですかな?」
「そうね…」
「基調に置く色と準基調とでも言っておきましょうか、それら2つを例えば家具などに使い、絨毯の下、床の色にさりげなく三つ目の色を加える。こうする事でありとあらゆる部屋に柔軟性を以って対応出来得る、スタイルを確立しておりますのじゃ。」
「そう…貴方の意見を聞いてもいいかしら。」
「そうですな…令嬢様のお好きな色であるならば赤と青、といった反対色でも対応出来ます、と言っておきましょうか。その時、三つ目の色を茶などにして頂けるのであれば上手く併せて見せましょう。一言で赤、青と言っても様々な色がありますからな。」
「成る程、三つ目は無難な方がいいわね。」
本と部屋の間取りを変え、即座に付箋を貼っていくコルペン老を眺めつつ、私は渡された紙を見ていた。
赤の種類、ピンクの種類、紫の種類、青の種類、黄の種類、、
こうして見ていると奇抜な色や優しい色、冷たい色などがある事が分かる。
一言に言えば全て同じなのに、細かく言葉に分けられたものの中には色の違いが分からないくらい似通った色がある。
さて、どうしようか。
かの有名なマリーアントワネットもあの絵画が並び立つ王宮に、自分のプライベートルームを持っていたそうだ。
その色合いは至って普通。
分かる、分かるよその気持ち。
金と白で包まれた厳かな空間を歩いてきたから、目がチカチカしていて正直その色は避けたいよね。
たとえそうでなくても金なんてプライベートルームに入れるはずがないけど。
豪華な調度品もここには置かないし、だからそれらが映える色を選び取らなくてもいい。
だから全て自分の好きに出来るのだ。
だけど…告白すると部屋の色なんて決めた事がない。
賃貸は選ぶものだ、余程気に入らずに改装したりするのであれば話は別だが、大体が茶の床に白の壁、普通の茶色の家具を置いていた。
それが前世の私にとっての一般的な部屋であるから何をどこまでして良いのか分からない。
というかそれでは余りにつまらな過ぎる。
「アリア」
「はい!ええと、床を明るめにしますとファンシーになりますね!しかし先程までの部屋の光量で目の疲れが心配です。ですから床だけでも落ち着いた色合いになさるのは如何でしょうか!?」
「シアン」
「わ、私ですか?…なんと言えば…お好きな色になさるのが宜しいかと。」
「失格ね」
「申し訳ありませんセイル様!従者に選ばれたというのに全く不出来で不甲斐ない執事で…」
「アリア…覚えてろ」
配色の論争でアリアが普段の貸しを返し、シアンに恨み言を言われるのを上品な笑みを保ちつつ眺めながら、私は自室について頭を悩ませていた。
茶色、黒、白、地味だが暖かい部屋。
前世の家のそんな色の組み合わせを思い出し、そうしたいとは思ったけれど、よく考えたら茶を基調にした部屋なんてこの世界ではこの本に記載されている情報以外見たことが無い。
そして自分の制服を見る。
アルパインブルーの可愛らしいフリフリのついた…ん?
良く考えてみたら私は10歳。
ここで変に落ち着き払った部屋にしては訝しがられるのではないだろうか。
だがここは私の自室。
これから長年お世話になるのだから滅多な部屋にはしたくない。
…というか。
しかし10歳に未来の私までもが安楽出来る地を考えつくと、私の内面の事情を知らない大人は思うのだろうか。
あのお母様は、齢10の娘に部屋設計を全て任せようとするような放任主義な人では無い。
逆だってそう。
私だってたった10歳の、ずっと家の中で暮らしてきた娘に建築のノウハウがあるとは思えない。
「コルペンさん」
「はい、令嬢様。」
「…貴方。もしかして考えていたりするのではないかしら。」
コルペン老は私の曖昧な問いに笑みを深くする事で答えた。
一見判り辛いが、この反応で全てを悟ることが出来たのは大きい。
そう、私が全てをデザインするのであれば、こんな大それた名建築家など必要無い。
この国の公爵家の者として言うのはアレだが、このオーフェルヴェークという大国の功労賞を数々獲ている人という人であるなら十分世界に通用する、いや世界をリードする才能を得ている人物なのだと思う。
国を越えて世界で活躍し一年二年先まで予約が埋まっているであろうこの人を、あの日、私がこの学院に入学する事が決まった日に呼び寄せる手紙を送ったとするならば十分急に入る。
そんなにも多忙な人を急に呼び出した挙句、今の今までここで私の思案する姿をただ見ているだけだったなんて、時間の無駄及び経費の無駄、そして才能の無駄。
ここに来るまで、彼ならば大凡は考えついていたはずなのだ。
今から共に考えましょうなんて世界的な建築家がする筈が無い。
この短期間で元よりあった膨大な仕事を片付けて私の為に余計な時間を使って設計し、ここまで来てくれた。
それをこの人は敢えて隠そうとしている。
これは未来の正妃の内面を見定めようとしているのではないか、国を統べる王の正妻がどのような人物であるか、その目で見極めようとしているのではないか。
恐らく、出来ない事を出来ないと言える、自分の能力の限界を知っていて人に割り振れる事の出来る者かどうかを。
「…はぁ、その顔。貴方の図面、既に有るわね。どうして見せないのかしら。」
「…成る程。令嬢様…いえ、未来の正妃たるお方様、ついうっかりしておりました。お見せ致しましょう。」
これは推論だけど、お母様は最初から私に任せる気など無かっただろう。
子供らしく張り切って訝しげな部屋を造ってしまうのか、はたまた己が力量を知っていてそこが自分の及ばない所だという事を理解して委ねるのか。
自室の改装だ。
傲慢で不遜な者程、自ら率先してやりたがるだろう。
そこを見極める事は結局の所、人間性の善し悪しを知る事に繋がる事を彼は解っているのかもしれない。
しかし嫌らしいおじいさんだ、10歳にこんな試験をやらせて合格すればわざわざ言い直し人の良い笑みを浮かべるだなんて。
「いやしかし…どうしてそう思いたったのでしょう。貴女様に予め図面が在ると申した覚えはございませんのに。」
「時間よ。」
「時間、ですかな?」
「このリフォームも含め明日の入学式の前準備だとアリアが言っていたわ。」
「ならば完成するのは今日か明日か…とお考えに?」
「ええ。いずれにしてもここで長い時間を掛けていては、幾ら朝早く来たからとはいえ工期にどうしたって間に合わないと。」
「その通りですな。」
「無意識の内に焦っていたのは、内装なんていうものを決めるには私が不慣れ過ぎる上に…時間が足らな過ぎて考えが纏まらなかったから、ね。
…でもそれで放棄し掛けて気付いたの。私みたいな子供に内装を任せないで欲しい、と思っていることに。」
「ほう。」
「確かにとても面白そうでやる気も出したけれど、私は昔から他人任せが得意なの。
専門知識も無いことだし…全て任せるのも悪くは無いわよね。」
少し話し過ぎたような気もするが、まあいいか。
話をしている内に、そう言えば時間も無かったな、などと考えて伝えたけれどそちらの方が子供らしくて良い回答な気がする。
子供の私に任せないで、なんて中身年齢十分大人な私からすると結構笑える話だが。
10歳がこんな事答えるかな。
でもそれを望んだのは貴方でしょう。
そんな事を脳内で言い争っているとコルペン老はくつくつと笑い出し、いつの間にか廊下で待機していた職人に指示を出した。
「貴女様の御部屋の為に精を出せる光栄に改めて感謝致します。さて、造りましょうかね。家主の貴女様に簡単な説明をさせて頂きますよ。まず…」
時間が無い、というのは本当だったようだ。
コルペン老は職人を呼び出して図案を広げさせ、間髪入れずに説明に入った。
といっても子供の私に分かるような範囲でのこと。
様々な工夫は私を含めシアンもアリアも驚かせるもので、色合いや落ち着いているようでしかし子供が居ても可笑しくはない様相は本当の私の好みそのもの。
白と茶に落ち着いた水色とほんの少しの赤を混ぜ合わせ、北欧テイストにした御部屋はとても居心地が良い。
文句無し。
え?もっと詳しく説明しろって?
子供の私には、無理です!




