フリチラリアの寮 ❷
カーテンの隙間から外を見て王立学院に確認した事を告げるアリアの声と共に、カーテンが開け放たれた。
馬車から分かる学院の広さには驚かされる。
どうやらここまで私達を護ってくれた騎士達とは門で別れたらしく、ただ一つ、光沢を放つ馬車で私達は進んで行く。
馬車が何台連なっても問題の無い広い道は彩り豊かな舗装を施され、その横を雄の銀杏や紅葉の樹々が生い茂る。
また大きな噴水やその隣にある美しいベンチも麗しい令嬢の如何にも好みそうな集合場所だ。
近くに幾つも見える校舎は華々しく、ここが神々しい大貴族の子弟の通う初等部である事を目で実感させられる。
「ここが…エインシェント王立学院、、」
「この馬車でそのまま寮へと向かいます。学院内部の構造についてはまた後に時間がございますから。」
「凄いです…綺麗…!!」
そうしてしばらく経った後、馬車は初等部のエリアを抜けて寮のエリアへと進んだ。
寮のエリアは主に4つ。
庶民と下級貴族と上級貴族、そして王族公爵教皇だ。
流石にこの馬車が庶民や下級貴族のエリアを通る事など無いので、その辺りの賑わいをみせる様子などは見られなかった。
だから今眼前に広がる建物はラナンキュラスとグロリオサ、国内に数パーセントしかいない上流階級である貴族の中の更に上、リリアンヌ達大貴族が住まう場所だ。
しかし…
「…寮ってなんでしたっけ」
10年もこの世界に住んでいたからとうの昔に捨て切ったと思っていたのに、どうやら前世の常識と庶民的思考回路は無意識に私に作用していたようだ。
お風呂と洗濯機とトイレと物干し竿は共用、食堂があって、自室は一部屋でそこにベッドと勉強机、そして3つしかないハンガーの掛かったロッカー。
そんな一般的な大学寮を思い出したり、固定観念としてある庶民的な私の考えを崩す大きな大きな別次元の建造物。
勿論私だって。
国で最高位の家で生まれ育ってきた私達が、地球での寮などのような大きさに住まうとは到底考えていない。
だが、このリリアンヌの寮がある此処は、正直言ってどこかの国立博物館なのではないかと勘違いを起こし掛ける程に、大きく立派な建物なのだ。
ここは絶対に共用トイレなんかじゃない。
そんな確信が外装を見て生まれた。
…いや、当たり前か。
「フリチラリアに到着致しました、セイル様!」
フリチラリアの寮は重警備で貴族の子弟であっても気軽に立ち入れる事の出来ないよう、高い塀と重厚華美な門で常に仕切りが細やかに成されている。
そして学院の中に唯一在中出来る、一切の権力と独立し、騒動を収める為だけに働く学院騎士達が常に動員され、フリチラリアに住まう者以外は例え侯爵やそれに準ずる権威を振りかざしたとて、事前のアポ無しで入る事など絶対に出来ない。
そして、このエリアにはラナンキュラスとグロリオサの者以外の人間は原則立ち入ってはならない。
スグリの者などラナンキュラスとグロリオサのエリアにすら近付くだけで軽蔑の目を向けられるという。
そんな理不尽が罷り通ってしまう神聖なフリチラリアの寮は、果たしてどのようなものかと見ていると…。
「あら…これは」
ラナンキュラスやグロリオサと変わらない大きさ且つ外装で、門と守りが重厚な事以外大した違いは見られない。
王族が住むから金銀豪華にもっと凄いと思っていたけど、これは拍子抜けのような。
「凄いですね…ここに五人しかお住まいになられないんですものね…!」
「ご、五人?」
「はい。現在お住まいになられている第一王子殿下とシャルル様に加え、新たに第一王女殿下とセイル様、エレオノール様がお住まいになりますので。」
「あ…そうね…」
前言撤回。
そうだ、ラナンキュラスやグロリオサとは住む人の数が違う。
フリチラリアは元々王族と教会の特権階級以外は住む事の出来ない場所の為、当然人数が増えるわけもなく、そんなに部屋も作っていないのだとか。
だからその分の広さは全て個人の部屋数に繋がる。
そんなこの大きい建物をたった五人で独占することになるのだ、広過ぎる事は有っても狭いとかはあり得ない。
そして奥を突き進むと手を加えられた薔薇園、牡丹園など広大な庭が広がっている。
あの二つにはこれが無いが、エリア内に豪勢な庭や大貴族の子息が楽しめるようなスポットがある為に問題は無いだろう。
「ここです!セイル様!」
「…これは」
ドアを開けて貰い中を進むと、そこは家の私の部屋以上の荘厳さが漂っていた。
どことなく青い光の差す白い部屋。
この色合いだというのに決して冷たくなく、本来なら眩しいはずなのにこれも眩しくない。
これは何なのだろう。
寮の中に教会が入ったような、どこか祈りの場のような雰囲気に部屋の主が圧倒される。
建築としては至高の出来だが、何だかとても息苦しい。
そうか、だからこの元々の部屋を私風にアレンジして全消去しろというのか。
確かにこれでは私が息詰まる思いをしながら生活しなければならない、そこを踏まえてこの話を持ち掛けてくれたのか。
何てよい従者達なの。
そうだと期待した目でシアンを見ると、喜びに満ち溢れた顔で全く別の解釈をしてきた。
「お気に召して頂けましたか。件のデザイナーにセイル様のイメージを伝え出来上がった部屋でございます。」
「えっ」
「このような部屋に住めるだなんて…!まさにセイル様の神聖なる天使のような御髪にぴったりの御部屋を、と伝えておいてよかったですね!」
「…えっ」
「アントワネット様のご提案でしたが、これならば御喜びになることでしょう。…どうなさいましたか?」
「…いえ、か、完成度の高さに驚いてしまって。お母様の考えならば仰って下されば良かったのに。」
「サプライズをお考えになったのでは!?」
「そう…ね…とんでもない代物を下さったわね…」
公の場に滅多に姿を現さず、言葉を発したのを見た事が無いと言われる、そんな「白幻の令嬢のイメージで」などという要望を提示されてしまったなら、リネンハイムに呼ばれる程に誉れ高いそのデザイナーはきっとこんな大層な部屋を造るしか無いだろう。
だからここは、髪が白いだけのごく普通の感性を持った人が住むって分かってる?ねえ、分かってるの?などと思ってはならないし、寧ろこんな部屋を教会建築専門でない人に造れと強要してしまった事に反省すべきなのでは…無いな。
いや、無いでしょ、何してくれちゃってんのお母様!!
明らかに私の趣味が分かってないんだから、というかこれは私のイメージ付けの意味合いが大きいのかもしれない。
そう思えば確かにそうなのかもしれない。
人を招く客間がこの格調高い部屋であるというのならば、友人関係が高位の方としか無い私でも、安心して部屋に招く事が出来るというものだ。
私に任せたら普通の雰囲気の客間部屋を造る事、間違い無いし。
ならば、私の好みなんて関係無かったのだろうか。
無いな、あの人強引な所あるし。
…しかし、こんなでは住み辛いったらありゃしない。
これから高等部卒業までお世話になる部屋だ、ストレスが溜まって…あぁ。
だからどんなに親しくなった人であっても絶対に見せないような部屋だけ、模様替えの許可を出したのか。
相変わらずやってくれる、これじゃ策略通り唯一居心地の良い部屋でダラダラと過ごすに決まっているではないか。
「さあ、セイル様!こちらです!」
「これが模様替えを行う部屋…」
しかも窓無し。
相変わらずどれだけ私を隠したいのかがよく伝わってくる。
無闇矢鱈とプライベートを明かされるよりマシだけど毎回奇異の目で見られる娘の事を考えたことがあるのだろうか。
いずれにしても、ここに住まう他のお方にゴロゴロした姿を窓から見せ醜聞を晒す危険性が無くなったので、安心して寛げるというもの。
母のことは許してあげよう、そう思った。
さて、作業に取り掛かることにしようか。
今までの含めぴったり50,000字にしてみました。(笑)




