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フリチラリアの寮 ❶

「お父様、お母様、行ってきます。」

「ああ、いってらっしゃい」

「ええ、頑張ってねセイル」




もっと感動の別れがあるものだと思っていたのだけど。


金と黒の洗練された馬具を付けた最高級の白馬四頭を従える一流の御者が、先陣を切った護衛騎士の一行の後に続く。

リネンハイム公爵家の威厳をここぞとばかりに見せ付ける、白と金そしてワインレッドで彩られた馬車に乗って、物足りない別れの挨拶をしつつ私は手を振っている。




「あの…あの…セイル様」

「しっ、黙ってろアリア」




少し感極まって咽びながら。

…なんだか呆気ない。

もっと、もっと、別れを惜しんで、そして仕方なくといった様相で送り出して欲しかった。

だというのに父は仕事の合間を縫ったように一言しか残さず、母も門まではお見送りしてくれたがすぐに家に引っ込んでしまった。

門前で手を振るのはアスターただ一人だ。

全く寂しいにも程がある。

規定通りカーテンを閉めようとしない従者二人を横目で見ながら、私は淑女としてはしたなくない程度に大きく手を振って。

そうしている間に門で手を振るアスターの姿は見えなくなってしまった。

そしてカーテンが閉められ、私の啜り泣きが終わりそうな所で(ようや)く、ハンカチを渡してくれたシアンが口を開いた。

しかしその完璧な所作とは裏腹に、顔にはどこかハテナマークが浮かんでいる。




「…心中お察しします」

「感動の別れだというのにお父様もお母様も酷すぎるわ。」

「そ、そうですね」

「…ええと、セイル様」




この後は長期休みまで会うことは叶わない。

長期休みの時でさえ、果たして会えるのかどうか疑問な所だ。

何故なら公爵家当主である父は、リネンハイムの領地と王都とを定期的往来しなければならないから。

そんな何かと忙しい父に母は絶対に付いて行く。

地区の長などを訪ねて周る、それも正妻の仕事だからだ。

そして長い学院生活が終われば今度こそもっと会えない。

そんな別れだというのに。




「しっ、飲み込めよその疑問は」

「だって、セイル様、もしかして物凄く勘違いをなさっているんじゃ」

「ンなわけ無いだろ。家族と別れるのはお辛いに決まっている」

「でも…」




感動の別れの咽びも止まり、お世話になったハンカチをシアンに返そうとした所でやっと気付いた。

従者二人が何やらコソコソと言い争っているのだ。

外の景色を眺める策はカーテンに遮られ無帽だった為、止むを得ず俯きまだ感傷に浸る演技をし、如何にも聴いていないフリをしつつ耳をそばだてた。




「ったく、セイル様にとって家族と別れるのは”たとえ1日でも”お辛いことなんだよ、そのくらい察せ馬鹿メイド」

「え?」

「セイル様、申し訳ありません。選定された従者であるにも関わらず無神経な事を、」

「申し訳ありません!」

「いえ、そうではなくて、、いち、1日?」




今日の入学式を機に、生徒の安全面から寮制度を導入している学院からはほぼ出られず親とも文通くらいしか出来ないと踏んでいたというのに。

耳を疑いシアンとアリアに問い詰める。




「はい!今日はこれからの学院生活に支障の無いよう、向こうで寮の様々な支度を整える日で、明日(あす)の本格的な式典に備える日〜ですので!」

「え、え、そうなの?では、お父様とお母様は、」

「御二方とも明日の朝始まる入学の式典に出席なさる、と伺っております。」

「…そう」




やってしまった。


もう殆ど会えないかと思って嘆いていたが、彼らからすれば…1日程度のお泊まりで何を泣いているんだということにな…る…

…うわあぁ恥ずかしいぃ!!




「き、今日が入学式だと思っていたわ…」

「まさかぁ!入学の式典はドレスですので…制服でパーティーには出ませんよ?!」

「そ、そうなの?」

「式典には王族の方々がいらっしゃいますので、顔を売るのに相応しい日に皆同じ服装をせよ、と強要など出来ませんから。」




確かに今、私は制服を着ている。

アルパインブルーと呼ぶらしい冬空の色のコートやスカートが統一感を持たせ、白のフリルが付いたシャツで可愛らしく纏められている初等部仕様の制服だ。

尤も、この制服は他の方と色を変えてある。

エインシェント王立学院の象徴である龍と女神の校章が付いていれば、多少服装をスタンダードから改変したとて特には言及されないのだ。

ならば、皆変えてくるだろうと私も思っていた。

しかしオシャレを楽しむ若者を邪魔するものがある。

それは制服作りに名高いもう一つの王家御用達店である、天下のアンツウェルペンが仕立てる学生服のアレンジが異様に高い事だ。


スタンダードは大して高くないというのに、少しデザインを変更しただけでぼったくりを懸念せざるを得ないくらいに高くなるのだ。

それ故にフリル付きの色違いで細かな所にも手が加えられ、しかも生地も素材も変えてある私専用のこの制服には愛着を覚える。


スタンダードに手を加えたいが、名門の制服は他の店で改変する事は禁じられている。

だがアレンジをしたい、そんな貧乏人は家で刺繍をしてくるという。

如何にもリリアンヌが馬鹿にしそうな話だ。




「そう…ね、そう考えてみればそうだわ。」

「はい」

「寮の支度、ね、何をすればいいのかしら。私も家財道具一式を運ぶのを手伝う、とか…そのくらいしか思い浮かばないのだけど」

「とっ、とんでもありません!!セイル様にそのような事をさせるはずもございません!そのような事は下の者の仕事です!」

「セイル様にお任せするのは内装です。具体的には、御自身の御部屋の模様替えなどの指示を頂きたいと思っております。」




ついつい地が出る。

庶民的な思考回路を以って導いた方法を口に出すとアリアは大慌てで否定した。

そういえばアリアもシアンも伯爵家の出だから”下の者”には入らない。

と、なると運搬を担当するのはこの間少し話したあの人達か、或いは業者の方に依頼するのだろうか。

いずれにしても声掛け程度のありがとうぐらいは言っておきたい所だ、家具って重いし、ね。


それにしても。




「模様替えね、…センスに自信が無いわ、、」




模様替えと優しく包んでいるが、土木キットをホーム○ンターで買い揃え、手伝いもなく唯一人、庭でギコギコやったりシンナーの臭いに塗れながらペンキを塗ったりして飾りを作る…そんな方々を特集したテレビを尊敬と羨望の眼差しで観ていた。

女子力の高い部屋とやらの為に大工になる彼女達は、造っている間にも女子力を欠かさない。

たまに手伝いが現れるなら良い香りのするクッキーなど焼いて持て成すのだ…作業を全て終えた後に。


私には無理だ、と即断念したのをよく覚えている。

製作する物を説明する時も可愛い、土木作業開始時も可愛い、汗に塗れても可愛い、終わった時のテンションが上がった時も可愛い、朝から夕暮れ時までやれば疲れるはずなのに平気で完成品を眺める矢鱈と持久力のある人達なのに可愛らしい。

私ならへばる、汚く床にへばって死んだ魚のようになるだろう。

その違いはまさに異次元であり、彼女達と自分は違う異世界の人間なのだと思う事にして早々に諦めたのだ。


しかし、今は私が異世界の人間である。

潰えた乙女の夢、模様替えとやらをするチャンスにようやっと恵まれたのだ。

あと、極めて重要なのだが、模様替え作業を私がやるわけではない。

それも相俟って私のテンションはダダ上がりしていた。



…だから後はセンスの問題を片付けるだけだ。




「あちらにデザイナーを用意してございます。その者の持つ本など参考にして頂ければ宜しいかと。」

「…そうね。そうさせて頂くわ。」

「まぁまぁ詳しい事は御部屋にて〜…学院に着いたみたいですよ?」

「あら」


ブックマーク100人超え、ありがとうございます。

3桁は初で慄いています、これからもよろしくお願いします!

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