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耳の苦悩は人知れず

また少し長めです

「失敗…ね」

「申し訳ございません。」

「謝罪が聞きたいわけではないの。」



伯爵家に身を置いていた私でさえ金銭感覚の崩れる程、高級な調度品を所狭しと並べ立て、それを引き立たせるよう、落ち着いた配色のなされた部屋の中にその方は居られた。

豪華な刺繍で彩られたソファに身を埋め、金の長髪を(もてあそ)んでいた手を止めて、従者らしきメイドの謝罪を制す女性。

その目は固く閉じ、詳しい表情はお髪に隠れ窺い知ることは叶わない。

もう少しだけ近くに行けたら分かるのですけれど、私…アリアは今、とてもそんなことが出来る状況ではありません。

何故ならそのお方、アントワネット様のお部屋のドアを少し開け、絶賛盗み聞きをしている立場だから。




「弁明など一切しない潔い態度は大変好ましいものだけど、説明の必要な時にそれでは困るわ。エヴェリス。詳しく、事細かに教えなさい…事の顛末を。」

「はい。実は…」




エヴェリスと呼ばれた奥方様付きのメイドは、背筋を伸ばし辛辣な顔を浮かべつつ語り始めた。

事の始まりは一年前。


ある夜会にて、アンネリーゼ第一王女殿下がエスメラルダと敵対する第二夫人プリシラ様の第一子エレオノール様と楽しげに微笑ましく会話をなさっていた。

第一王女殿下ともなればその社交の機会は数知れず、かといって正式かつ格式高い公爵令嬢であり、公爵様もお目を掛けるエレオノール様を王族全てから引き剥がす事も出来ず。

いずれはこの国を統べる事であろう第一王子殿下から、公爵令嬢という貴族社会の頂点に君臨するお方を、遠ざける事すら無理難題でありまともにはこなせない中、王女などアントワネット様の盲点に他ならなかった。


しかし第一王女殿下は第一王子殿下の実の妹君であらせられるお方。

噛み砕いて言うならば、未来の兄嫁について多少のお口添えくらいは容易いお方であり、エレオノール様も第一王女殿下のお目に留まるくらいの器量と淑女の鏡とも云われる程の貞淑さ、そして優しげな容姿とを兼ね備えるお方だ。

第一王女殿下が格と地位に拘りをお持ちになっている事は貴族の中で知らぬ者は居ない、そしてそれを考えるとエレオノール様は、十分に第一王女殿下の御心に適う方なのである。

その状況に危機感を募らせたアントワネット様は素早く行動に移した。



公爵家当主であるルイ様の第二夫人プリシラ様への御手紙や季節に見合った贈り物を、秘密裏に処理したり。

それを不自然に考えたプリシラ様が送った手先を、金と権力に物を言わせて取り込み情報操作を行ったり。

そして遂に、取り込んだコックやメイドを使い、効果が出るのに時間の掛かる毒薬を少量ずつ日々の食事に混入させていたり。


…そんなエヴェリスの説明の最中、頭を押さえたりこめかみを押さえたりと苛立っていたアントワネット様が、痺れを切らし我慢の果てに待ったをかけた。




「ちょっと。」

「そして…はい?」

「何故最初から説明をしているの」

「奥様が事細かにと、仰せになりましたので」

「…はぁ、エヴェリス。貴女は本当に良いメイドなのに時々抜けていて残念だわ、私の知らない事の顛末だけを報告なさい」

「畏まりました。」




この部屋の主人は盛大な溜息を吐くと足を組み、諦めたような面持ちで目の前のメイドを見つめた。

そして説明は続く。


予定調和にもプリシラ様の容体が芳しく無くなり、極めて致死量に近い所まで薬を盛った時点で、証拠を残さぬようその全ての食器を入れ替え、また薬も適切に処分した。

想定通り第二夫人は助かる見込みの無い、正に虫の息同然となったのだ。


そして散々に大金を注ぎ込みその手を以ってお育てになった、リネンハイム公爵家が専属筆頭医師にもそれを証明させた。

一応大貴族の夫人の危機という事で王宮から派遣された、まだ年若い医師にもそのカルテを見せ、確かに危篤であり手の施しようがないという証拠も作った。

だからこの眼前のメイドはこの第一夫人にそれを報告し、アントワネット様はエレオノール様に圧力を加えた…らしい。


しかし、思い通りに全てを運ぶ事は叶わなかった。


通例ならばカルテを確認しお悔やみの言葉を並べ立て帰るのが、王宮派遣の医師の仕事なのだ。

しかし、何を血迷ったかその血気盛んな若輩者は、第二夫人本人の容体を確認しに別宅の夫人の部屋へと向かった。


そして、そこで何が行われたかと聞けば蘇生だと言う。

しかし、詳しくそれ以上のことは分かっていない。

何故ならばアントワネット様の計画に加担したコックやメイド達…どころかその夫人の部屋の近くに居たと思われる人物の中で第一夫人側の者は全て、エヴェリスら第一夫人の従者が赴いた頃には行方知れず。

捜索を掛けても一向に誰一人として見つからず、瞬く間に何処かへと消えてしまったらしく、従者達も大変困惑しているのだと。


その医師が余程優秀であったのか真相は不明だが、兎に角虫の息から脱したばかりの者には出来得ない所業であり、尚且つ碌に忠実な手下すら居ない第二夫人プリシラ様の行いとは言い難い。



では誰がこのような事をしたのか。

第二夫人プリシラ様のお家はとうの昔に別宅へと干された夫人を見捨てており、このような事をするとは思えない。

と、考えれば残るのはプリシラ様のご息女であるエレオノール様だが、それもあり得ないとエヴェリスは言う。


言わなくても分かる通りエレオノール様はセイル様と同い年であり、そのような化け物染みた事を専門の者に依頼することなどコネや年齢を考えても出来る筈もない。

彼女自身もプリシラ様に暴力を振るわれており、またアントワネット様のとある提案も怯えつつ受けており、動機も無ければ性格上もそのような事をする由が無い。




「つまり…略すると迷宮入りした、と。」

「はい。補足しますと現在別宅の警備が強化を理由に一新され、中を窺い知る術はありません。」

「一新…?何人かは残っているでしょう」

「いえ、一新されました。それも金には靡かない堅苦しい者たちばかりです。迂闊に話を持ち掛ければ疑いは此方に向きかねません。」




重苦しい空気が糸のように張り詰めた空間でエヴェリスがその事実を告げると、アントワネット様は声を震わせて叫んだ。




「そのような事を決定出来るのは、ルイしか居ない…どういう事です、まさか、別宅での不可思議な出来事はルイの仕業だと言うの?私の計画がルイに露見したと、そうだと言うの?!」

「それも可能性の一つとしてあります。」

「お、終わりよ…こんなの、、糾弾は免れない!!」

「しかし時間は経ちましたが貴女様は御無事でいらっしゃいます。となれば可能性は二つ。

一つは起こしたのが御当主であらせられるというもの。これならばあの事は隠蔽の為であるということが出来ます。お家騒動は王家の不信を招きますから伏せるのは至極当然かと。そしてあのお方はエスメラルダの血を色濃く継ぐ方であられますから、第二夫人の事をどこまで深く思っていたかは疑問が浮かぶ方でもあります。故にエスメラルダ御当主の妹君であらせられるアントワネット様との関係性を鑑みれば、それも十分考えられるかと。


もう一つは、今まさに原因究明中であり、事実を知らないというもの。夫人は運悪く食事中に吐血し病床に倒れました。その時既に薬は入れていなかったものの、毎度の食が疑われている事は確か。幸か不幸かコックやメイドが行方知れずとなっている為、警備を一新し力を注ぐのも何ら可笑しくありません。


狙われたのが第二夫人という事で疑いの目は向きましょうが、そのような理屈だけでエスメラルダ侯爵家現当主の妹君であらせられる貴女様を糾弾など、、まるでお話にも相手にもなりません。」


「そうね…私は兄様の妹であり、ルイの第一夫人、シャルルとセイルの母、ですから、、」


「もし後者であって使用人が捕まり真実が明かされたとしても、セイル様やシャルル様が王立学院に行かれる今、握り潰す他無いでしょう。故に貴女様には全く害は及びません。堂々としていらっしゃるのが宜しいかと。」


「そうね…後は兄様が守って下さるわよね、、私は、言う通りにしたまでだもの…」




譫言のように兄に縋るアントワネット様を感情の起伏のない目で見ると、エヴェリスは会話を終えたと思い出て行こうとする。

ドア近くに居た為に焦る私を他所に、正気に戻ったアントワネット様は従者を呼び止めた。




「待って、…エレオノールの入学を食い止める手立てが見つからない。」

「幾ら現在何も音沙汰なしとはいえ、これ以上動けば本格的に」

「だけど、元はと言えばあの子の敵の後ろ盾を消す為の計画だったのに、、結局目下で動かしていたあの事も滞って。私、何も成せていないわ!

…いえ、それだけじゃない。彼女だって理解は出来ているはずよ、証拠と自信が無いから何もしていないだけで、私が事を企てた首謀者だという事を。」

「そうですね。」

「ならば恨んでいるはず、母を殺そうとしたことは果たしてどうだか分からないけれど、自らを伯爵家まで貶めようと図った私を怨むはず。


…いいえ、私だけで済むかしら、セイルにも、その恨みが飛び火してしまったなら私は…!!!」




その慌てふためく姿を見た後の事は覚えていない。

どうやってこのセイル様の私室まで戻って来たのか、そしてその後の展開も。

全てが全て私なんかには重たくて後ろ暗い話であった為に、思考が少しだけドロップアウトしていたというのもある。

ただ、戻って来た時にシアンが真剣な面持ちでセイル様に命を賭す事を誓い、命など捨てないでと畏れ多くも請われ、イラつく程ににやけて此方に戻って来る奴を見て、私も願ったのは紛れもなく事実だ。




…どうか、セイル様を、守って。




そんな事を暗器使いの上手な同業者に念じつつ、下を向いて堪え切れない喜びを必死で隠し、平静を装おい切れていない執事にツッコんだ。




「ドサクサに紛れて堅〜い忠誠心を見せ付けて、御傷心のセイル様にアタック仕掛けるなんて…!案外やるじゃない、忠実なる執事さん?」


「…盗み聴きか、相変わらず随分と低俗な趣味をお持ちで。」




セイル様の居ない所でこんな減らず口を叩き合うのも、今の私には良いリフレッシュだ。

低俗な、か…。

正直先程のような話を盗み聞いて後悔しなかったと言えば嘘になる。

やはり恐ろしいし、私のような乙女が聞いていいような内容でもない。

でもね、私はセイル様からとある言葉を使ってお褒めの言葉を頂いている。

今のような話はセイル様の想像を超えるような内容だろうし、恐らくこんな物を聴いていると今知られたならきつく怒られてしまうかもしれない。

けれど、これは明るいようでいて薄暗い貴族社会に溶け込んだ私だから出来る仕事であって、情報を集める事ほど重要なことは無いのだから致し方無い。

突き放すような台詞を真っ赤な顔で悔し気に吐くシアンを見て、私は誇った言い回しを以って彼を論破した。




「低俗じゃないわ!セイル様も私を”耳”なんて言って重宝して下さっているのだから!」




この三日間くらいは夢にでも出るかもしれないなぁ…




新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


…明けて一発目から暗くてすみません!

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