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恋というもの。

「アンネリーゼの学友には会いましたか?」

「はい。」

「そう」



恐ろしい祖母の目は細められた。

当然か。

彼女はアンネリーゼの学友に彼女達がなることを最後まで反対していたのだ。

いや、彼女達というよりもその背後の家を王家に近付けたくないという私的な事情もあってのことだ。

それ故に現王が説得し、妥協させて押し通すまでこんなに時間が掛かってしまった。




「いいですかロディア、これは王太后としての助言です。リネンハイム、エスメラルダには気をつけなさい。」

「お祖母様。」

「あの者達は次期王太子であり、ゆくゆくはこの国を担う王となられる貴方には相応しくありません。貴方にも分かっているでしょう?」

「…」




先程の和やかな雰囲気は何処へやら。

王太后マルガレーテは鬼気迫る勢いでロディアに忠告をした。

話はアンネリーゼの学友であるセイルとリリアンヌのことに変わったからだ。


王太后マルガレーテ、そして現王の正妃でありロディアやアンネリーゼの実母であるメリル・ルメディの実家、アナスタシア侯爵家。

エスメラルダ侯爵家と対立する家で、現在王太后、王妃と、その外戚の座を手中に収める名門貴族だ。

アナスタシアとしては次の王妃も自家から輩出したい。

そしてただでさえ大臣の地位を欲しいままにしているエスメラルダに、王家の外戚という強大な権力を与えたくはないのだ。

しかし、そうはいかない事情がロディアにはあった。

如何なる事情が在ろうとも、ロディアは実母や実祖母の実家であるアナスタシアよりも、王族のことを鑑み、国の為になるよう努める。

それが父からの約束であり、ロディアの生きる指標だ。

そして、それを考えればこれ以上外戚を偏らせるわけにはいかないのともう一つ。




「アナスタシアでは現在王妃候補となれる人材を探しています。ですから…」

「…お祖母様。」




アナスタシア侯爵家には女が生まれていないのだ。

「探す」ということは遠戚の子を連れてくるということ。

幾ら二代に続け王妃を輩出したアナスタシア侯爵家と言えど、遠戚の子などではエスメラルダ侯爵家の第一令嬢に格で劣る。

しかも今回はあの王国一二を争う名門である、リネンハイム公爵家の第一令嬢も居るのだ。

それらを差し置いて、正妃になどさせられるはずもない。

しかし母やこの祖母を含めたアナスタシア派はそれを無理矢理押し通そうとしている。


それが現在王室で確かな(しこ)りとになっている次期王妃問題なのだ。




「私は貴方を心配して言っています。王太后として、そして祖母として。」




お祖母様の助言を信じ鵜呑みにして聞き入れるわけにはいかないが、しかし気をつけろというのは的を得ている。

エスメラルダ侯爵家に大臣の地位も外戚としての名誉も与えては危険極まりない。

その思いは父もロディアも持っている。

エスメラルダ侯爵令嬢を正妃とすることはないとして、リネンハイムの白幻の令嬢を正妃に選んだとしても、傀儡となった名門では名が違うだけで大して変わりはない。

だとしても、名が違うということは大きな事だ。

外戚の地位を得るのが元々王族と血筋が繋がっている公爵家と正式に決めてしまった暁には、誰も、例えこの目の前に居る祖母であっても表立って文句など付けられないからだ。


三代も同じ家から王妃を輩出すれば、それは慣例となる。

そして確かに王はその勢力を無視することが出来なくなり、王国が乗っ取られる一因ともなるだろう。

ロディアはかつてのオーフェルヴェークの歴史がそれを物語ることを知っているのだ。




「私は、貴方を王としたい。どうかこの老いぼれの諫言をお聞きなさい。」




彼、(もとい)王国としては一侯爵家であるアナスタシアの血をこれ以上入れるわけにはいかない。

しかし、その意志を通すのは生半可な事ではない。

何故なら…



王は別にロディアでなくても良いのだから。





○◇○◇




「如何なさいましたか?」

「シャルルか…いや、少しな。」



今のままでは全く勝てない相手との神経を無駄に消耗させる舌戦に、ロディアは疲れ果て従者と共に王宮を散策していた。



『私は、貴方を王としたい。』



意地の悪い笑みを浮かべながらそう語る実祖母は諸悪の根源である。

あの祖母が国の為を思って何かを言った事など一度たりとて有りはしない。

今日のことも全て家の為に、外戚という強大な権力を永劫に手に入れるべく次期王である自分に圧力を加えてきたまでだ。



「はぁ…」



ロディアはまた溜息を吐いた。

次期の王とされるロディアには不出来な実弟であるフレデリクが居る。

祖母を好み、母を好み、国よりも自らのことしか考えられない、人の上に立つ者としては余りに未熟。

厚顔不遜かつ甘えるべき者には甘え上手で、母も祖母も、そちらが可愛いのはそれぞれを見る目で判る。

母は一番下の子を全面的に推挙するが、あの祖母は一応こちら側だ。

それはロディアの方が王としての資質があるから。

駄王というのは良くも悪くも扱い易い。

それはアナスタシア派であっても、そうでなくても、という意味でだ。

そのような王を立てたとして、あの大臣を出すエスメラルダならば簡単に丸め込めるだろう。

比較的名君である現王でさえ、大臣に全てを委ねる事態とならぬよう対策を立てるのに精一杯のこの状況を鑑みれば、それは最早確定事項だ。

そして守り通すことが不可能なのもまた事実。

直ぐに口車に乗せられる愚かな王を立てるよりは、アナスタシア派の名君主の方が、余程安心出来るというもの。


だが、それはあくまでアナスタシア派の名君主という過程においてのこと。

アナスタシアを積極的に排除するロディアならば必要などまるで無い。

王の愚かしさに目を瞑り、祖母は弟を推すだろう。



「シャルル、」

「はい。」

「私は王になれると思うか…?」



王の長男であり血筋も文句はない、知力に於いても悪くはなく国の為に働けるロディアは、通常ならば何の問題もなく王としてこの国に君臨するだろう。

しかし、彼にそのレールが敷かれていないのは、(ひとえ)にその国に対して誠実な心構えが苦難を呼び寄せているからだ。



「貴方様が望むならば。」



ロディアが望むならば王となれる。

ロディアが望むならば全てを投げ出すことが出来る。

その全ては彼次第。


責任感の強い彼は、祖母の叱りを受けることが分かっていて、現時点で正妃筆頭候補であるセイルに対して誠実な応対をした。

全ては王となり、良い政治を行う為に。

将来の自身の伴侶となる王妃探しにしても単なるその一環なのだ。


正直な心の内を曝すと、アナスタシアの遠戚の子もリネンハイムの傀儡令嬢もエスメラルダの大臣の令嬢も、誰も彼もが、国を思うロディアにとって相応しくない。

しかし、目を見張るような名門の子女がいるのにも関わらず、他を探し出すのは彼にとっても諦めざるを得ない事だった。

現に、エインシェント王立学院で様々な女性を見たが、どれも家格が釣り合っていなかった。


しかしここで悩んでも最良の答えなど出るはずもない。



「そうか。」

「しかし、少し休むことも必要だとは思いませんか?」

「私は次期王とならねばならない者だ。そのような暇はないが…」

「日常で出来ることですよ。」

「例えば?何か案でもなければ…」

「そうですね、…恋でもしてみたら如何でしょう。少しは心の拠り所も必要ですよ。」



王家の中の対立は日に日に増している。

勉学も疎かには出来ない立ち位置で、王妃探しにも手を加えなければならない。

第一王子ロディア、齢11。

現在酷く疲弊していた。


だからと言って”家格”に囚われて碌に恋もした事のないロディアにシャルルは無茶を言う。


しかしこれも彼を思ってのこと。

エスメラルダに直結する学友相手では、王子は完全に心を開けない。

そのくらいはシャルルも分かっているのだ。

正妃とは関係のない女でも作ればストレスの発散になる。

まあそれでも完全に心は開けないのだが、自分よりはマシだろうと彼は思っている。



しかしその無茶はシャルルが思う以上にロディアには辛いものであった。

何故ならば、正妃筆頭候補であるセイルも次候補のリリアンヌも、果ては妹のアンネリーゼまで美女揃いなだけに大変目が肥えているのである。

極々普通の者では目にも映らない。

大変贅沢な悩みだが、二人とも大して好みでないので無駄に目を肥やす結果となっただけである。

だからこそ政治的な目線を以って、二人を見ることが出来るのだが。



「…恋か。難問だな。」

「そのような女性を見つけたら、でいいんです。どうせ側室の一人になるのですから。」

「それはそう…だな。しかし…お前の妹が正妃になるというのに愛人でも作れとはな。」



正しく妹の為にならない事を堂々と言う兄をジト目で見る王子。

しかし彼は不敵な笑みを浮かべて言い切った。




「うちの妹に勝るような美女が此の世に存在するわけありませんから。」



彼は知らなかった。

美女の基準は人によって違うということを。

目の前の疲れた王子が、気に入って連れてくる女に、…彼の妹は決して勝てないということを。


そしてこの言葉が原因となって、王子が恋に興味を持ち始める事こそが、この物語の原点だということを。

60以上の方に読んで頂いている事に驚きと嬉しさが込み上げます。



2/6 ロディアの母メリル・ルメディの名を追加、誤字修正をしました。

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