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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕は誰かを傷つけたい

僕は誰かを傷つけたい。

 先の尖ったもので突っついて反応をみたい。

 金属バットで頭にフルスイングしたい。

 学校の階段の一番上から突き落として、どんな風に転がっていくかをみたい。

 教室や下校中に見かけた家に火を点けて焼ける様子を見たい。

 ナイフを思い切り心臓に突き刺してみたい。

 ずっとずっと、そんな事を考えていた。


++++++++++++


「ねぇ、知ってる。春樹くん」

 考え事をしていると横から話しかけられた。

 見ると、幼馴染の小原裕子だった。

 周りを見ると、皆思い思いに何かしら食べている。

 今は、昼休み休憩らしい。

「何を?」

 聞き返しながら、自分も鞄から弁当を出した。

 コンビニのおにぎりだ。

「ウチの学校ドッペルゲンガーが出るんだって」

「へぇ、それは面白いね」

「怖いね、の間違いでしょ」

 裕子は僕に顔をしかめてみせる。

 そんな顔するなら僕と昼ごはんを食べようとなんてしなければいいのに。

 この幼馴染は僕の両親が生きていた頃から、こうやって僕を構い続けている。

「でね、ドッペルゲンガーの話よ。放課後に一人で残ってると、自分のドッペルゲンガーが現れて襲ってくるらしいよー」

 キャー怖い、と裕子は肩を丸めてみせる。

「へぇ、それは怖いね」

「でしょ、怖いよね」

 裕子は勝手にキャーキャー盛り上がり、僕の精一杯の相槌で満足してぺらぺら喋っていた。

 この勝手に盛り上がって喋る口にナイフを突っ込んだらどんな反応をするのだろう。

 痛いのだろうか。

 どの位で死んでしまうのだろうか。

 僕には事故で両親が死んでいないし、親しい親戚もいない。

 僕なんかと喋ってくれるのは裕子ぐらいしかいない。

 だから、裕子は僕の頭の中で何度も傷つけられていた。

 何度も何度も。


++++++++


ふと本が読みにくくなってる事に気付いた。

辺りを見回すともう夕方で、教室は柔らかいオレンジに染まっている。

「帰ろうかな………」

独り言を言って、本を鞄にしまう。

教室で本を読んでいると時間を忘れてしまう。

遠くからはテニス部の練習の声が聞こえた。裕子はテニス部だった気がする。寄り道してちらっと裕子を見ていこう。 黙って先に帰るとうるさいからな。

本当うるさいやつ。いきなり僕が切りつけたら更に騒ぐのか。すぐ静かになるのか、どっちだろう。

自分の妄想に思わず笑みがこぼれた。

そして、上機嫌のまま顔をあげると、

「フフフ、アハハ、アハハァ」

満面の笑顔の『僕』がいた。

「な、なんだ………よ。なんだ………」

声がかすれてうまく出せない。

のどがひゅーひゅーと音を立てた。

いつも鏡で見ている『僕』そのもので、あまりの異常さに何もできない。

「寄コセ!」

『僕』は叫んでキラキラするものを僕に向かって振り下ろす。

とっさに避けたけれど、腕に何か熱い衝撃が走った。

赤いものがパラパラと散らばる。

ベチャ、と何かが床に落ちた。

「へ? あ、あぁ。い、いたいいたいいたいたい!」

肉?

落ちたものは肉だった。

僕の腕の肉。

どうなってるんだ。どうなってるんだ。僕の肉がなんで落ちる。

痛い痛い。死にそうに痛い、熱い。

血と痛みを止めようと削げた腕を抑えるけれど、勢いよく血が流れる。

「コレ、ナイフ。切レルナイフ。刺サルト痛イネー。ハハッ」

『僕』はサバイバルナイフみたいなものをまた僕に刺そうと振りかざす。

「やめて、痛いぃ。死んじゃうよ。痛い、痛い」

痛くて痛くてそれだけしか言えない。

痛い痛い、とうめきながら僕は膝をつく。

「口二刺ストドウナルカナー。心臓刺シタイ」

「やめてぇ、痛いよ。父さん母さん痛いよ」

腕を抑えながらナメクジみたいにずりずりと後ろに下がると、今度は反対側の腕を削がれた。

痛い、熱い、痛い。

「あ………ああぁぁ!」

『僕 』がニコニコしながら迫ってきて、僕の左胸を刺した。

「俺ノ大事ナノアッタ。俺ノ中身大事ナ中身」

僕は何もしてないのに。

何でこんな酷い目にあうんだ。

僕は、何も傷つけていないのに。

徐々に視界が黒い点で塗りつぶされていく。

『僕』がニコニコして僕の傷口に手を入れて、心臓を引きずり出しひと飲みに飲み込むのが、僕の最期の光景だった。

赤く何故かキラキラ光り輝く僕の心臓。


++++++++++++


「春樹………ね、春樹くん!」

誰かが俺を揺すっている。

俺はぼんやりと目を開けた。

はっきりとしない視界に、涙を後から後から流す裕子が映った。

「裕子?」

俺が言葉を発すると、頭を思いっきり掴まれて胸に押し付けられた。

「よかった!春樹くん、顔出さないから、探して、春樹くんいたけど倒れてて、私びっくりして、春樹くん」

泣きながら話すものだからすごく聞き取りづらい。

でも、もしかして俺は倒れていたのだろうか。

辺りを見回すと、俺は教室の床に寝ていたようだった。

なんで、倒れてた………?

「ドッペルゲンガー!」

さっきまでの事を思い出して、思わず胸を抑えるけどなんともなかった。

血も出てないし、痛くない。腕も削げたりなんかしてない。

夢だったのだろうか。

妙に頭はすっきりして、体も軽い。

なんだか生まれ変わったみたいに楽しく軽い気分だった。

「ドッペルゲンガー? ね、春樹くん倒れてたんだし、病院行こうよ。春樹くんに何かあったら、私」

裕子の目に涙が溢れている。

交通事故で俺たち家族が俺だけ残った時、春樹くんだけでも生きててくれて嬉しいと泣いてくれた裕子。

「大丈夫、ちょっとお腹空いて倒れてたんだ」

裕子を心配させたくなくてとっさにそんな言葉が口をついて出た。

「えぇー、そんな? 私、食べるもの持ってない」

唐突な言葉をあっさり信じた裕子は目を丸くした。

自分のカバンをゴソゴソ探って残念そうにする。

「大丈夫。さっきちょっと食べたから。けどね、ちょっとお腹がびっくりして。もう大丈夫」

「そうなの? 足りた?」

「まだ、なんか食べたいかも」

俺の言葉を色々と信じてくれる裕子ににっこりと笑って見せた。

でも、お腹が空いたのは本当だった。

大事なものを食べて、圧倒的な飢餓感は癒されたけど………って、なんだっけ、何で倒れてたんだっけ。

何か自分が混乱しているのを自覚した。

でも、心配そうに俺を見つめる裕子を見るとどうでもよくなる。

「じゃあさ、今ならお母さんに電話すれば間に合うからハンバーガーでも食べに行かない?」

裕子はにっこりと笑う俺を見て安心したのか、涙を拭った。

少し頬を赤らめている。

「いいね、行こうか」

「ふふっ、なんか昔の春樹くんみたい。春樹くん、だーいす………き、ってあっ」

思わずいってしまったという感じで、ベタに裕子が口を抑えて真っ赤になる。

上目遣いの裕子の頭を俺は軽く撫でてあげた。

「俺も好きだよ。行こっか」

自然とそんな言葉が口をつく。

「うんっ!」

照れ臭そうに笑う裕子の手を取り、教室を後にする。

とても晴れやかな気持ちだった。

優しい穏やかな気持ちだった。

何だか頭はちょっと混乱してるけれど、気を失う前の自分とは違う気がしていた。

「春樹くんとハンバーガー楽しみだなぁ」

横では手を繋いだ裕子が少し顔を赤くしながら歩いている。

色々な事を絶え間なく喋りながら歩いて、俺はそれに相槌を打つ。

もう裕子を傷つけたいとは思わなくなっていた。

もう誰かを傷つけたいとは思わない。


+++++

ダッテ、タップリ自分切ッタ。

+++++


ねぇ、知ってる?

放課後一人で教室にいると、ドッペルゲンガーが現われて襲ってくるんだって。


何で?


何で?って、あ、そうそう噂だけどね、自分の中身を探してるらしいよ。

ドッペルゲンガーって。


中身?


何でもドッペルゲンガーって体しかないんだって。

心がないんだって。


へぇー、そうなんだ。

なんか詩的だけど。心を取り戻すの?


そうそう、心をね。こうガッって胸を開いてガッって取り出してバクッ、って。


ごめん、僕ちょっとその擬音語よく分からなかった。


だから、食べて取り戻すんでしょ。ドッペルゲンガーが心を。キャー、怖い。怖いよね、春樹くん。


そうだね、怖いよね。


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