四.その目的で手に取ることは禁止します。
前回の続き。解決編。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
・花川椿*中学三年生。春樹の妹だが、彼と似合わず活発で社交的。
・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。
・水城悠貴*高校一年生。真鈴の中学からの知り合い。常に落ち着きがある。
次の日、月曜日。
学校に登校してくると、教室ではちょうど真鈴あやめと水城悠貴が談笑しているところだった。真鈴が席に座っているときに、水城悠貴が話しかけたのだろう。水城は真鈴の机に軽く体重をかけるようにして手をついていた。
そして真鈴の席は教室の入り口のすぐそばにある。僕が教室に入ると、真鈴と水城がこちらを向いた。ほとんど会話したことがないのに、水城から挨拶をしてくれた。
「おはよう。花川くん。今日は遅刻ぎりぎりじゃないんだね」
どうしてだろう。皮肉っぽく聞こえる。
「今日はたまたまだ。目が覚めてしまってな。……なんの話をしていたんだ?」
「他愛もない話」
水城が嫌みのない笑みを浮かべ、ひとことそう答えた。
「じゃあね。僕は今日の小テスト対策でもしてくるよ」
水城は手のひらをひらひらと振り、自分の席に戻ろうとする。僕は彼の指に目が止まった。
「どうしたんだ。その指」
水城がきょとんとした顔で自分の手のひらを見た。彼の人差し指には絆創膏が巻かれていた。昨日、椿がしていたみたいに。
水城が思い出したように言う。
「ああ……、これね。ちょっと裁縫してて、針を刺してしまったんだ」
視界の隅で、真鈴が痛そうな顔を作っている。
「昨日は絆創膏巻いてなかったよね? 昨夜怪我したの?」
真鈴が問う。
「そうなるね。でもそんなに痛くはないし。もう外してもいいくらい」
「水城くんって裁縫するんだねえ」
「まあ、少しくらいね」
ニコリと水城が笑う。そして今度こそ、きびすを返して自分の席に戻っていった。まるで僕から逃げたみたいだ。
しかし、真鈴と水城は本当に仲が良かったんだな。昨日聞いただけではまだ信じられなかったけれど。
「どうして睨んでいるのさ。ハル」
「ん? 睨んでいた? 別にそんなつもりはなかったけど」
そもそも睨む理由がない。
「……そう! ハル!」
藪から棒に、真鈴が立ち上がらんばかりの勢いで僕に話しかける。
「さっき水城くんにね、昨日、わたしになにを言おうとしたのか確認したんだよ」
水城がプレゼントを渡そうとしていたと昨夜僕が言った話だな。
「でも、もう覚えていないって。そこからとぼけるの。どうしたのかな。渡すタイミングを見計らっているとか?」
水城悠貴に目を向ける。彼は僕の視線には気づかず、真剣そうに自分のノートを見つめていた。
僕はあらためて真鈴を見据える。
「真鈴、ちょっと話していいか。昨日の万引きの話だ。雑貨屋の店長は超能力者じゃない。一晩考えた、僕の推測を話したい」
言った途端、目の前の女子高生の顔がぱっと明るくなった。
「へえ! どうぞどうぞ、話してください!」
席に荷物を置くのも面倒だ。肩に自分の鞄の紐をかけたまま、口を動かし始める。この話はそんなに長くない。
「この件の元々の原因は、店長が少女の鞄の中を見たかったということに集約される」
真鈴が真剣そのものの表情で耳を傾けている。
「最近、椿が自分の熊のマスコットの頭に縫い針を仕込まれる悪戯をされたんだ。椿は自分の指に絆創膏を巻く程度の、軽い怪我をした。あいつ曰く、犯人に心当たりはまるでないらしい」
「椿ちゃんが? 大変だねえ」
突如現れた妹の名前にも動じず、真鈴が返事する。
「だが、それが仕込まれたのはおそらく最近ではない。椿がずっとその存在に気づいていなかっただけ。その縫い針は、あいつがマスコットを購入する前、商品だった頃、既に熊の頭の中に仕込まれていた」
「ちょっと待ってね。熊のマスコットってもしかして」
頷く。
「そう。真鈴が欲しがっていたものだと思う。椿も、それをデスティネで買ったんだよ」
予鈴の時間が近づいているからか、だんだんと登校してきた生徒で教室も賑やかになってきている。口調を早める。
「それではどうしてマスコットの中に針があったのか。縫い針がマスコットの中に入り込むのを、事故だと言いきるのは難しい。それなら、故意に誰かが仕込んだ説の方がよっぽど信憑性は高いはず。
あのお店は、商品の中に縫い針を仕込むという悪戯のターゲットにされていた。死角にあって、大きなマスコットなら、縫い針も仕込みやすい。犯人がそれをした理由なんて大層なものではないだろう。スリルや、他人が傷つくのを想像して楽しんでいたのかもしれない。
お店側はその悪戯に気づき、警戒、そして犯人を特定しようとした。お前が店内で見つけたという万引き防止の警告文。それに書き込まれていた『商品を、購入もしくはご覧になる以外の目的で手に取ることは禁止します』の一文も、それを警戒してのことなのだろう。そう考えれば、その周りくどい遠回しな言い方も納得できる」
壁にかかった時計に目をやれば、予鈴が鳴るまでもう一分ほどしかない。
「――そして、その犯人として店長が目星を付けたのがあの少女だ。詳しくはわからないが、前々から怪しい行動でもしていたのだろう。しかしここで問題がある。悪戯を仕掛けたその瞬間を目撃できなければ捕まえることは難しい。だから店長は少女を名目上、万引き犯として捕まえ、鞄の中を確認できるような状況を作り上げた。少女がまた悪戯をするつもりだったのであれば、鞄の中に縫い針などが入った裁縫セットでもあるだろうからな」
なるほど、と真鈴が唸る。
「昨夜の時点ではただの憶測だったけれど、今朝水城が指に絆創膏を巻いていたから、少し確信を持てた。水城はお前にあげるために用意した熊のマスコットを触って、飛び出してきた針で怪我をしたんじゃないだろうか。悪戯を警戒してはいただろうけど、少女が新しく仕込んだ縫い針だったのかもしれない。そして縫い針をマスコットから取り除いたとしても、不良品には違いない。さすがにそのような危険なものを、友達にあげるようなやつはいないさ。だから、その贈り物そのものをなかったことにした」
「きっと水城くんの性格だったら、お店に直接出向くんだろうね」
「以上が僕の考えだ」
真鈴がパチパチと拍手する。
「いや、お見事です。わたしには、真実を見通すことができるハルに透視能力が備わっているんじゃないかと思うね。わたしなんかじゃ、どう足掻いてもその考えには辿り着けないし、全く、どうやったら視えるようになるのやら」
流石に大げさだろう。
僕がそう言いかけたそのとき、教室にチャイムの音が響いた。今日も学校が始まろうとしている。席も八割方が埋まっていた。
僕も着席しないといけない。だが、まだ言っておきたいこともあった。
「真鈴、昨日僕が水城のことを決めつけてしまったこと、本当に悪かったと思ってる。悪気はなかったんだ」
真鈴は驚いたような顔をした。
「いいよ。それくらい。まさか、次の日になってもハルが気に病んでいたなんて、それの方が悪い気がする」
笑顔を浮かべる真鈴。
「ハル、また今度、ご飯を食べにいこう」
真鈴の誘いに、僕は頷いて返事に代える。
「次は何を食べたい?」
「そうだな……」
チャイムが鳴り止んだ。昨日の邂逅と感動を思い出した。
「……お好み焼き、かな」
またっ? と真鈴が文句を言う頃には、僕は背を向けていた。
知らぬ間に、自分の頬がだらしなく緩んでいた。
ご読了ありがとうございました。
お好み焼きともんじゃ焼きなら、私はお好み焼きが好きです。でもたこ焼きのほうがもっと好きです。