三.オムライス→???→アイスクリーム
前回の続き。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。
・水城悠貴*高校一年生。真鈴の中学からの知り合い。常に落ち着きがある。
・花川椿*中学三年生。春樹の妹だが、彼と似合わず活発で社交的。
真鈴あやめが話し終える頃には、ふたつのお好み焼きが完成していた。
熱せられた鉄板で油が爆ぜ、ソースの匂いが鼻孔を突く。ほのかにチーズの香りもする。予想していたよりもお好み焼きは小さく、これなら小食の僕でも完食できそうだ。鉄板の熱が伝わってきて、僕はさらに上着を一枚脱いだ。
「それで今に至るんだけど、ハル、どう思った?」
お好み焼きに目を奪われる僕に、真鈴が問う。
「すごく旨そうだ」
「それはわかるけど、わたしが訊いているのはそっちじゃない。話のほうだよ」
喋りながら、真鈴がヘラを持って、ふたつのお好み焼きを四つに分断する。具材がくずれて少し不細工になってしまったが、味に変化はあるまい。
「そうだな、もう少し話をうまくまとめる努力をした方がいい。最後のアイスクリームのくだりは必要なかったし、不快だった」
「不快?」
真鈴が小首を傾げる。
「まあ、何か思ったのならそれは謝るけれど、それでもなくて、デスティネの店長の透視トリックについて訊いているの」
「そうだな……」
小皿を手元に置いて、ヘラを持つ。口の中では、よだれがあふれんばかりだ。あまり喋ると、つばが飛んでしまいそうである……。早くこれを口に運びたい。
「……正直なところ、ヒントが少なすぎるな。おまけに人伝いだ。考えはするけれど、期待はしないでくれよ」
「それでもいいよ」
どちらからともなく、箸を割って、それぞれ小皿に盛ったお好み焼きを口に運ぶ。
――熱い!
「熱い、ね、もう少し、冷ましておけば、よかったよ」
そう言うが真鈴の顔は楽しそうだ。
そして徐々に口内が熱に慣れてきて――、
「旨い!」
野菜のシャキシャキとした歯ごたえ、コナモン特有の舌触り、それらを邪魔せず、良いアクセントになっている豚肉。なんと、肉だけでなくキャベツまで甘い。今までお好み焼きにほとんど触れてこなかった人生を悔いる。確か「和平」といった店名だったか。覚えておこう。
ふと、視線を前に向ければ、真鈴が意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「……なんだ」
「ハルも、口に出して感動を表現するんだなと思って」
「少しくらいはある」
「それは良かった。美味しいでしょう、ここのお好み焼き」
目の前の女子はなおもニヤニヤをやめない。無視して、もう一度お好み焼きを口に運ぶ。熱いが、やっぱり、美味しい。
このお店に連れてきてくれた真鈴に感謝するべきだと素直に感じた。それのお礼というわけではないが、ひとつ話してみよう。
「真鈴は僕の推理のようなものを聞くのが好きだって言っていたよな」
相手が頷く。
「万引き犯を見極めた方法はやっぱりわからないけれど、おそらく真鈴がまだ気づいていないことを教えてあげることはできる」
「へえ?」
「これを聞くと、先の楽しみがひとつだけ減ることになるけど、いいか」
念を押すと真鈴は目をぐるりと巡らせ、考えるような仕草を見せたが、そのあと、柔らかな笑みを浮かべた。
「いいよ」
言葉を頭の中で整理する。
「真鈴の話が僕にちゃんと伝わっているか確認しながら話を進めるぞ。
……水城とお前は昼食を一緒に食べた。そして、その勘定でちょっとした揉め事があった。そこで真鈴が引き下がった理由はなんだった?」
真鈴も記憶を手繰るように、ゆっくりと話す。
「わたしが代金ちょうどで水城くんにお金を渡せなかったから」
「そうじゃなく。それで真鈴は千円札を水城に手渡そうとしただろう。水城の方はどうだった?」
「水城くんの方もまた、わたしがちょうど払えるような持ち合わせがなかった」
頷く。彼女の言葉を言い換える。
「そう。つまり彼の財布には、小銭がほとんど残っていなかった」
「それがどうかした?」
お好み焼きを箸で掴む。これでお好み焼き四分の一個分がなくなってしまった。咀嚼しながら、次の塊を鉄板からヘラを使って小皿に運ぶ。
「そしてショッピングの終わり時。真鈴が欲しいと言うから、水城はソフトクリームを買った。そのときのこと、覚えているか? 言葉の綾だったのなら、僕の推理はここで破綻するわけなんだけど、水城は『お金と引き替えにソフトクリームを受け取った』はずだ」
その通りだけど、つまり? 真鈴が話の先を促す。さっきから彼女の箸は止まっていた。
「つまり、水城はそのときお釣りを受け取ってはいない。アイスクリームの値段ちょうど支払ったということになる。いくらなんでもショッピングモールのソフトクリームが千円もするとは思えないから、硬貨で払ったことになる」
喋りながら、僕は真鈴が先ほどしていたみたいに、ヘラでチーズ入りのお好み焼きを分断する。
「まさか水城に錬金術が使えるわけもない。それならば昼食からそれまでずっと、お金を使っていないはずなのに、その硬貨はどこから湧き出たのだろう?」
「水城くんはどこかで買い物をしていたということ?」
頷き、肯定する。真鈴は眉間に小さなしわを寄せる。
「でもやっぱり水城くんは何も買い物していないと思う」
「真鈴が全く気付いていないということはつまり、水城がお前に内緒で買い物をしていたことになる。帰り際、水城はお前に何か言おうとしたんだろ? それはもしかすると、お前へプレゼントを贈ろうとしていたんじゃないのか。――例えば熊のキャラクターのマスコットとか。
デスティネを出た直後、水城はお手洗いに行っていた。それは本当は村崎さんのところに戻ってお前の欲しがっていたものを手に入れようとしたのではないか。その理由は、そう、『買い物に付き合ってくれたお礼』なら、ありそうな話だし、筋が通る」
僕が、「以上だ」と伝えると、真鈴は止めていた箸を操り、自分の小皿のお好み焼きを更に小さくわけた。伏し目がちのその顔には、僕が期待していた通りの、笑みがあった。
「さすが、ハルだねえ。ありがとう、久しぶりにハルの推理が聞けてわくわくした」
続けて冗談めかした口調で真鈴が言う。
「じゃあ、明日、水城くんに会ったらわたしはありがとうという準備をしておかないとだね!」
まあ、当たっていたらな、の言葉は口にはしないことにした。
真鈴の反応が思ったよりも良くて僕はいい気になっていたに違いない。思わず口が滑ってしまっていた。
「水城が真鈴を誘った他の理由も、確信はないけど、このような考えもできる。水城は村崎さんに、真鈴を見せつけたかったのではないか。いくつも雑貨屋はあるのにデスティネをわざわざケータイで調べていた行動も、その店舗じゃないといけなかったから、と判断できる」
「どういう意味……? どうして、水城くんは村崎さんにわたしを見せつけたかったの?」
彼女のその質問で、僕はやっと失敗したことに気づいた。
「それは……」
慎重に言葉を選ぶ。
「例えば水城の自己顕示欲のため……。自分が女子と買い物に来ているということを他人に見せたかったから。そしてその相手は、全く知らない相手より、自分の知り合いで、友人関係だと一目で察することができない、真鈴のことを知らない、学校外の知り合いの方が良いから」
さっきまでのが嘘のように、真鈴の顔に陰りが見られる。
「つまり、水城くんはわたしとデートしていると別の誰かに見せたかったと。ハル、そればっかりは誤解だよ。わたしは自慢できるような女じゃないし、水城くんはそのような人間じゃない。その自己顕示欲が存在するという根拠はどこにあるの? 誰がどうこうと推理するのは別に構わないと思う。でも、それでほとんど喋ったことのない水城くんのことを、彼の友達のわたしに対して、彼はこういう人だと決めつけるのはいけないことだよ」
僕は、あろうことか真鈴の友達の悪口を言ってしまった。それも彼女の言う通り、根拠もなく。
箸を置いて、素直に頭を下げた。
「すまん。確信どころか、自信もなかった。真鈴の言うとおり、決めつけだった」
数秒の間。
「……まあ。わかればいいんだよ。――さあさ、早く食べないと冷めちゃうよー?」
と、真鈴がまたいつもの調子に戻った。
彼女は箸で持ち上げたお好み焼きを口に頬張る。
「おかえりなさい。お兄ちゃん、今日は楽しかった?」
帰宅後、リビングで妹が迎えてくれた。椿はソファーに深く腰掛け、テレビを見ていた。
「まあまあだな」
「そう? その割にはあまり楽しくなさそうな顔しているね」
会話がかみ合っていない気がするんだが。まあまあだと言っているのに。
「花川春樹のまあまあは、すごく楽しかったってことだから」
「そうなのか、知らなかった」
「つまり、楽しかったはずなのに、面白くない何かがあって複雑な心境になっているわけかな」
何かあったの? 何があったの? と椿が問いつめてくる。
「別になんにも」
「それじゃ、女の子と喧嘩でもしたのかなあ?」
そこまでではないが、僕は真鈴を傷つけてしまった。僕は何も言えない。椿の勘は当たりやすい。更に、勘だけではなく、頭も良いのだ。
「そうだ、椿」
僕は妹の名を呼んだ。
「ちょっと、推理してみる気はないか」
「話を変えてくるじゃない。推理する気はないよ」
「真鈴の話なんだが」
その名前を出した途端、妹の表情が変わる。興味を隠さずにはいられないらしい。こいつは真鈴あやめと交流があるのだ。
椿が身を乗り出す。
「あやめさんの? それは聞きたい」
いくら僕でも、妹にデスティネの店長のトリックを暴いてもらおうという期待はしていない。誰かにもう一度経緯を話すことによって、自身の頭の中を整理させてみようという考えがあった。
「……以上から、わたしは水城悠貴があやめさんに熊のマスコットをプレゼントしようと考えていると推測するよ」
おっと。椿はつい数時間前に僕が真鈴に話したのと同じような推理を展開してみせた。やはり兄妹、目の付け所は似ているらしい。
「でも、デスティネの店長の考えは見抜けないなあ。へえそうか、まさかあのぱっとしないおばさんにそのような能力があるとはね」
「知ったような口調だな」
妹がきょとんとした顔をする。
「知ってるのもなにも、行ったことあるし。しかもお兄ちゃんとね」
「僕と?」
記憶にない。
「そう。あやめさんと水城悠貴みたいに、ふたりで一緒に買い物に行ったじゃないの。夕方にその話をしたばっかりじゃない」
言いながら、椿は絆創膏を巻いた人差し指を僕に見せる。椿の周りの誰かが彼女のマスコットに縫い針を仕込んだかもしれないと言っていた、あの話か。
「それに加え、もしかすると、あやめさんが欲しいと言っていた、熊の、大きくも小さいマスコットは、わたしの持っているものと同じものだね。値段とか大きさとか、類似点がいくつかあるし」
つまり少女が盗んだものと、真鈴が欲しがっていたもの、椿が持っているものは同じなのか。おかしな偶然もあるものだ。まあ、偶然といっても、椿と真鈴は似た者同士だから、好みが被ってしまっているだけかもしれない。万引き少女の方は、商品の配置が店員の死角になりやすい店の隅の方だったからターゲットとして選ばれただけなのだろう。
「まあ、なんにしても、わたしとしては縫い針を仕込まれていたことの方が事件だからね。もしかしたら誰かに命を狙われているのかもしれないし。悪戯というには悪質すぎるし」
テレビを観ながら言う椿に、僕は念を押す。
「おい、まさかとは思うが、変な行動起こすなよ。その悪戯の方は、素直に教師に相談しておけ。下手に犯人探しをして、何かあってからじゃ遅いから」
椿がわざとらしく、はははと笑う。
「するわけないじゃない。でもひとつ言わせてもらうと、わたしは下手に犯人探しはしないよ。上手くやる」
そういうわけではないんだが……。
「はい、お兄ちゃんはさっさとお風呂にでも入ってきなさい。外、寒かったでしょう」
……そうだな。口の中で呟き、回れ右をしてリビングを出ていく。
続きます。
思い切ってタイトルにネタバレを仕込んでみましたがどうでしょう。