二.万引きしたでしょうっ!
前回の続き。問題編。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。
・水城悠貴*高校一年生。真鈴の中学からの知り合い。常に落ち着きがある。
水城悠貴くんとの集合はお昼前。折角だから彼とお昼ご飯を食べてからプレゼントの探索をすることになった。
今回の目的地は数年前にできたばかりの県最大級の規模を持つショッピングモールである。待ち合わせ場所もそこになった。
どうやらわたしの方が先に到着してしまったようで、ショッピングモールの南入り口で待っていると、彼が小走りで手を振りながらやってきた。
「ごめん、待ったかい」
首を横に振って否定を示す。
「ううん。おはよう、水城くん」
水城悠貴くんはおとなしいタイプの青年だけど、言い換えれば落ち着きがあって大人っぽい。そんな彼の服装は、薄い水色の長袖のシャツを羽織って、チノパンの腰の位置も高めにしてあり、足が長く見える。その落ち着いているが決して悪くない格好は、彼の性格を表しているよう。
「真鈴さん、今日は来てくれてありがとう」
おはよう、の挨拶のあとに彼が口にしたのはお礼の言葉だった。かぶりを振る。
「かまわないよ。水城くんがユイに誕生日プレゼントをしたいと言ったのって初めてだと思うし。そういう他人を思う気持ちは大事にしないとね」
ユイとは、水城くんが贈り物を送りたい相手の名前だ。
まず始めに、腹ごしらえ。ショッピングモール内の飲食店で済ますことになった。
「お昼から油のこってりしたものは食べたくないなあ」
わたしのその発言で、たくさんある中華専門店が候補から消え、ぐんと絞られ、結局オムライス専門のお店に決まった。テーブルに着くと、先に決めてよと彼が言うので、お言葉に甘えてメニューに手を伸ばした。
さすが専門店、オムライスだけでも種類がとても多くて目移りしてしまう。有名な店だとは知っていたけれど、初めて来た。
メニュー表をじっくり見ているわたしに、水城くんがニヤリとして言った。
「さしずめどれにしようか迷って決められないってところかな?」
見抜かれていた。水城くんが声に出して笑う。
「図星なんだ」
チロリと舌を出して応える。
「やるじゃん。探偵みたいだね」
言うと、彼はきょとんとした顔をした。どうやら探偵という単語が普段聞き慣れないかららしい。
「浮気調査とかの、探偵?」
苦笑する。
「んー、微妙に違うかな。推理小説に出てくる、他人の考えていることを見透かすような力を持つ人たちのこと」
なるほどね、と水城くん。
「まあ、水城くんはそんなのにならなくていいよ。探偵みたいな変な奴は、周りにひとりで充分」
「へえ、いるんだ。そんな変な奴」
「ハル……、花川くんさ」
あだ名では通じないと思い、言いなおした。
水城くんが納得したような顔をした。
「ああ、彼か。真鈴さんと仲、良さそうにしているもんね。そうかそうか、あまり真鈴さん以外と喋っているところを見ないけれど、そういう『変な』人なんだ」
「そう! でも、それが凄いところでもあるんだよね!」
まあまあまあ。思わず勢いづきかけたわたしを水城くんが制す。
「まず、オムライス、頼もうよ」
思ったことを口にした。
「――水城くんはいつも冷静だねえ」
スプーンとお皿がぶつかってカチャリと音を立てた。
「ごちそうさま」
完食。先ほどまで卵料理が乗っかっていた楕円形のお皿には、ケチャップの赤と卵の黄色を混ぜた絵の具のような物がこびりついているだけになっていた。
「お腹いっぱいになったかい」
水城くんの問いにわたしは頷く。
「わたしが食べるのが遅いせいで、待たせたね」
水城くんはといえば、いつの間にか食べ終え、わたしがオムライスを食べ切るまで時々水を口に含みながら雑談に付き合ってくれた。
「いよいよ、行きますか。今回の目的を果たしに」
水城くんが伝票を手に取る。
「付き合ってくれたお礼に、僕が払わせてもらうから」
それは素直に頷きにくい。水城くんが払ってくれるのだとわかっていれば、もっと安めのものを頼んでいたのに。
水城くんが代金を支払い、お店を出る。彼が自分の財布におつりを入れようとしているところで、指の間からレシートを抜き取った。
「別にいいよ。また別の形でお礼してくれたら、それで」
「いいっていいって。気を遣ってくれなくても」
「水城くんこそ気を遣ってくれなくていいって」
「でも」
水城くんと押し問答しながら、ハルだったらきっと誰かの分を払おうという考えも出ないだろうから、その意味では楽だろうなと思った。
「わかったよ」
結局水城くんが折れた。わたしが千円札を彼に差し出す。ふてくされたような顔を作りながら、彼が自分の財布を開こうとする。
「……あ、小銭ないから、お釣り出せない。――ごめん、やっぱりまた今度もらうよ」
「嘘! そうやって話を有耶無耶にするつもりなんでしょう!」
果たして彼の財布を見ると、本当に小銭がほとんどなかった。百円玉や五百円玉は一枚もなく、一円玉と十円玉がわずかにある程度だった。それもさっき受け取った釣り銭なのだろう。
お釣りが出ないようにして払おうと、自分の財布を開く。残念ながら、小銭だけではどう考えても、オムライス代には届かない。
「じゃあ、どこかでお金を崩してくるから、待っておいて」
水城くんが首を横に振る。
「別に僕は奢るって言っているんじゃないんだよ? 真鈴さんは重く受け取りすぎ。また受け取るって言っているのだし。
……さ、その千円札はしまって。また今度受け取るからさ。僕は忘れっぽいから、今、千円札だけ受け取ってもお釣りを返せる自信がないし」
わたしは目を細めて不満を訴えることにより、ささやかな抵抗をしたつもりだった。すると藪から棒に、水城くんが破顔した。
「なに」
「いや、真鈴さんの顔がおかしくて」
「まあ失礼っ」
そういうわたしも、知らぬ間に顔がほころんでいた。昼食代は今度返すことにしよう。
「話が逸れたけど、プレゼント探しに行こうよ。僕は人にあまり贈り物をしないから、どんなものが良いかわからないんだけど、真鈴さん的にはどういったものが喜ばれると思う?」
軽く腕組をする。今まで、友人たちにもらったりあげたりしてきた物を頭の中で羅列する。
「……無難って言ったら、やっぱり食べ物――、特にお菓子だね。嫌いな人なんて少数だろうし」
なるほどね、と水城くん。あまり意外そうな顔ではなかったから、たぶん、この答えを予想していたのだろう。間髪入れずに彼が言う。
「でも、ユイさんはあまり甘いものは好きじゃなかった気がするし。僕としては、形として残るものがいい。可愛いものが好きだった覚えがあるから、小物とかアクセサリーとか。どうかな?」
すらすらと淀みなく出る言葉。もしかすると、水城くんは初めからそれらをあげるつもりでいたのかもしれない。わたしが小物以外のどのような答えを用意していても、結局はこの結果に落ち着くように話を誘導していたのだろう。周りに流される、周りに合わせるタイプだと思っていたけれど、勝手な思いこみだったかもしれない。
「その人の好みにあう物を見つけることは難しい」とか、「使ってくれるとは限らない」など、いくらでもデメリットをあげることができるけど、水城くんにそのような意志があるのなら、無下に却下するわけにもいくまい。
「良いと思うよ。それなら、雑貨屋でも行く?」
提案する。水城くんは考え事をするように黙り込んだ。数秒の間を置き、
「雑貨屋なら、いいところを知ってるよ。ちょっと待ってね」
と言って、ポケットからケータイを取り出した。どうやらその「いいところ」を調べるつもりらしい。
「雑貨屋なら、すぐそこにあるけれどね」
わたしは向こうにあるお店を指さした。初めて見たお店だから断言はできないけれど、黄色い照明、通路に転がり落ちるのではないかと思うほど積まれた大小様々なグッズなど、入り口から既に滲み出ている雰囲気からそう判断した。天井から横に長い看板がつるされており、ポップ体かつカラフルに『destinee』と書かれていた。店名らしい。英字の下に読み仮名が書かれているようだけど、ここからでは小さくて見えない。
水城くんはそちらをちらりと見はしたけど、すぐにケータイに目を戻した。
「まあまあ、ちょっと待ってよ。もう少しで調べられるから」
……わたしの意見は遠回しに却下されたようだ。口にはしないけれど、すぐそこのエスカレーターの近くにフロアマップらしきものが設置されているから、わざわざネットで調べる必要はないんじゃないかしら。
唐突に、水城くんはケータイをチノパンのポケットにしまう。
「わかった。三階のエスカレーター付近だ。『デスティネ』という雑貨屋」
あれ?
「それって」
先ほどと同じように、同じ方向を指差す。『destinee』の看板が再び目に入る。
「――あのお店じゃないの」
認めた水城くんが小さく舌を出す。可愛くない。
デスティネは見たところ一般的に見られるそれらと同じように若者向けの雑貨店だった。
ところ狭しに並べられ積まれた雑貨の数々。「これも貴重なスペースのひとつだ」とでも言うように、天井から針金でピンク色をした大きなクジラのオブジェクトがつるしてある。ひとつだけある入り口はかろうじて二人が並んで通れるほどの隙間しかなく、店内の通路は一人分が精一杯で、前から来た誰かとすれ違うことも難しそうだ。入り口から、店の奥にレジがこちらを向く形に配置されているのに気付いた。
「もう少し大きな敷地を借りたらいいのに」
通路にはみ出ている抱き枕のように大きなお菓子の袋を避けながら、前を行く水城くんが不機嫌そうにそう呟いた。
「たぶん、それに比例してグッズの量も増えるんだと思うよ」
「間違いないね」
商品は多いが、お客さんの数はそれほど多いようには思えなかった。見たところ、四、五人程度。私服だから確信は持てないけれど、どれも中学・高校生くらいか。
「水城くん的には、このお店のどこがおすすめなのさ」
首を左右に振ってあちらこちらの商品を軽く物色しながら、彼が答える。
「なんと言っても商品の多さだね」
品ぞろえは豊富ではあるが、少しユニークで癖の強いものが多い傾向がある。ジョークグッズ、パーティーグッズ諸々……。海外から仕入れたのか、英字のみのパッケージのものもちらほら見かける。
面白くはあるが……、女の子に渡すプレゼントに向いているかと訊かれたら、素直に頷くことはできない。
ふと、目の高さにオレンジ色の画用紙が張られているのに気づいた。黒色のインクで、手書きで書かれている。曰く、『万引きは犯罪です――万引きは発見次第、警察に通報します』。その文の下に、別の筆跡で文字が書き加えられている。『商品を、購入もしくはご覧になる以外の目的で手に取ることは禁止します』。奥歯に物が挟まったような言い回しだが、これも万引きを防ぐための一文なのだろう。これだけ死角の多い内装なら、万引きもしやすいだろうと思った。みたところ、店内のあちらこちらに同じ警告文が貼られてあった。
レジ付近にも商品があふれており、店員が少し息苦しそうに見えた。あれではレジの真正面の周囲と、そこから見えるようになっている入り口の様子しかわからない。レジに座っているのは五〇歳前後に見えるおばさんで、若者向けの商品が多いこの店と少し不釣り合いに感じた。青いエプロンを身に着けているが、おそらくここの制服なのだろう。中年の店員は私たちに気づくと一瞥をやっただけですぐに別のところへ視線を移した。
丁度通路の反対方向からわたしたちと同じ年代の女の子が向かってきた。といっても、左右は商品の壁が塞がっている。水城くんが壁に張り付くようにして身体のむきを変えて、彼女に道を譲る。わたしもそれにならう。一方通行の看板を設置してはどうだろうかと心の中で呟く。少女がうつむきがちにわたしたちの前を抜けようとした時、彼女が抱いていた鞄が棚からはみ出していたお菓子の小袋にぶつかり、床に落ちた。音が経たなかったからか、彼女はそれに気づいた様子もなく、そのまま歩いていってしまった。
わたしがかがんでそれを拾うと、水城くんが耳打ちする。
「あの子、気付いていたかもしれないね。それが落ちたこと。僕からは彼女がちらりと床のそれに視線を向けたように見えた」
あらためて女の子を見る。地毛なのだろう、黒色の長い髪と、ひだのあるロングスカートの後ろ姿。少女が角を折れ、見えなくなってしまったため観察できたのはそれくらいだった。
「まあ、そういう人も世の中にはいるさ」
店内を隅から隅へしらみ潰しに歩く。ちょうどお店の一番端、レジの真反対の通路を歩いているときに、小さく声を上げてしまった。水城くんが訝しそうにわたしを振り向いた。
わたしの目が、雑貨の中の一点で釘付けになった。意思とは関係なく、まるで反射反応のように、視線がそこに吸い込まれていくようだった。
声を出した次の瞬間、わたしは飛びつくようにしてそれを手に取った。
「わあ! まさかこんなところで出会えるなんて!」
わたしは、それをきょとんとしている水城くんに向けた。わたしの手に握られているのは、掌と同じくらいの大きさの、デフォルメされた熊のマスコットだ。布でできていて、中に綿が詰まっている。
「どう? この熊のキャラクターの表情! 愛らしいでしょう? 愛くるしいでしょう? これ、以前、別のお店で見かけて一目惚れして、そのときは持ち合わせがなくて泣く泣く買えなかったものなんだ! まさかこんなところで出会えるとは!」
デスティネの店名通り、まさに運命の出会いである。喋りながら、わたしは綿が詰まったその熊の頭を軽く撫でる。
水城くんがわたしとは対照的に、冷静に言及する。
「ぬいぐるみにしては小さいけど、キーホルダーにしては大きすぎるね」
買うの? と水城くんが問う。
もちろんと言いかけて、言葉に詰まった。財布の中の残金が、頭をよぎる。七百円程度のキーホルダー。けれど、夜にハルとご飯を食べに行くための予算、交通費を鑑みると、お小遣いをこれに割く余裕は残念ながらなかった。さきほど水城くんに渡せなかった昼食代もあるし。
小さくかぶりを振る。
「やめとこうかな。バイトもしていないし、お小遣いも頻繁にもらえるわけでもないし。また今度ここに来たときにでも買うことにするよ」
そうなんだ、と水城くんは小声で反応しづらそうに答えた。わたしは慌てて話を変える。
「それで? 水城くんはユイにあげるもの、何か目星つけているの?」
「まだ、なんにも」
彼が答えたその時だった。わたしはさっと斜め後ろの通路に顔を向ける。視線の先には、在庫整理をしている青いエプロンをつけた若い女性店員が膝をついているだけだった。
「どうしたんだい」
わたしは水城くんの方を向きながら返事する。
「いや、何も……」
言葉を濁らせる。本当のところは胸に秘めておく。誰かの視線を感じた。気配のような第六感を察知する器官はわたしにはないと思うけれど、でも何かを感じたのもまた事実だった。
ふと顔を上に向けると、角のところに万引き予防の丸い鏡が設置されていた。わたしや水城くん、店内の商品が縦に歪んで映る。もしかすると視線の正体はこの鏡だったのかもしれない。
ときたま立ち止まって物珍しそうな商品を手に取ってひとことふたこと喋り、一通り全ての通路をしらみつぶしに歩き終わる。
「どう、プレゼントできそうなもの、あった?」
わたしが訊くと、店員を憚ってか、彼は口には出さず苦笑いのような表情を浮かべた。どうやら収穫はなかったようだ。
これからどうしようかとわたしが話を振ったとき、視界の隅でレジのおばさん店員が動くのが見えた。
水城くんが首を傾げた次の瞬間には怒号が響いた。
「あんたっ! 万引きしたでしょうっ!」
思わず振り返って、入り口のあたりを見る。声の主は先ほどの店員で、その人の腕は女の子の細い腕を掴んでいた。先ほどすれ違った朱色のロングスカートの少女だった。
鷲掴みしてきた手をふりほどき、少女は顔をあげ、自分より年も背も上の人をきっとにらみつける。
「私は何も盗ってない」
小さな口から発せられたその言葉をかろうじて耳が捉えた。小さな声だが強気が感じられる。
「嘘よね。熊のキャラクターのマスコットです。これくらいの」
店員が手で円を作った。少し間を置き、少女が答える。
「知らない。そんなの」
「なら、その鞄の中身、見せなさい」
店員が少女の鞄をつかまんとばかりに手を伸ばす。少女はとっさに身体を捻って抱え込むようにして鞄をその手から守る。触らないで、と抵抗の意志を示す。これ以上強硬手段を店員が用いれば少女は叫び声のひとつくらいあげそうだ。店員は同じ手で攻めるべきではないと判断したのだろう。腕を組み、一歩後ずさり距離をとる。
「私はあなたがここの商品をその鞄の中に入れるのを見ました。私の言うことが間違っていると言うのなら、あなたはその鞄の中身を見せることができるはずでしょう」
少女は店員から顔を背け、首を振る。
「知らない。それにあんたはずっとレジに座っていたはず」
「――ということは、その熊のマスコットがレジから見えない位置に置かれていたと知っていたんですね?」
「…………」
少女は墓穴に掘ってしまった。
「どちらにせよ、鞄の中を見せなかったらさらに疑われるんですよ? わかっていますか」
「わからない。知らない」
「警察を呼ばれるのが怖いんですか。それなら安心してください。あなたが今、正直に言えば警察にも学校にも告げ口はしないと約束します」
「盗ってないから!」
店員が何も言っても、少女は鞄を抱え下を向き、「知らない。盗ってない」の一点張りだった。なおも無意味な押し問答が続けられ、何度目かの「知らない」で、店員は大きなため息をついた。
「わかりました。じゃあ、周りの目もありますから、ひとまずお店の事務所まで行きましょう。ここでずっとこのままなら、私も逃がすつもりはありません」
店員がお店の奥を手で示す。少女は動かない。
「……」
「さあ。ここで粘っても終わりませんよ」
「…………」
店員が黙ってから十数秒。やっと、少女はこちら――お店の方へゆっくりと歩き出した。店員の方には視線を向けずに。
わたしたちの目の前、レジの脇にある関係者以外立ち入り禁止の注意書きが張ってあるドアを店員が押して開き、少女とそこに入っていく。
ドアが閉まり、ふたりがドアの向こうに消える。それから数秒経って、水城くんが呟いた。
「これが万引き現場か……。初めて見た。お店のあちこちにあった『万引きは犯罪です』の注意文も役に立たなかったわけだね」
ね、と水城くんがわたしに話しかけてくる。
「…………」
なんだろう。……違和感。ほんの少しの違和感と予感。なぜか、花川春樹の顔が脳裏に浮かぶ。この小さな違和感を彼に解明してほしい。腑に落ちない点がある。どうしてそうなったのか? これは……、
「――ちょっと、意味わかんないや」
はい? 水城くんのその言葉で、わたしは我に返る。笑顔を作って見せた。
「ごめん、そのつもりはなかったけど、口をついて出ていたみたい」
店員がいなくなったレジを見ながら、言葉を交わす。レジの近くですら、あふれるばかりにグッズが積み重ねられているというのに、店員がいなくなっただけで、とても物足りない気がした。
「真鈴さんは何を考えたの? 意味が分からない事って?」
一瞬だけ、話そうか戸惑った。ハルのために残しておこうかと思ったから。けれど、ここでそれが解かれたら、所詮その程度だったとも言える。それならば、話してしまっても構わないだろう。
「熊のマスコットってわたしが欲しかったのと同じものだと思うんだ。店員が言っていた大きさも同じくらいだったし。でも、あれはレジのちょうど反対側に置かれていたよね」
「そうだね。それで?」
水城くんが合いの手を入れる。
「女の子が言っていたように、おばさん店員はわたしたちがここにいる間、さっきみたいにずっとレジに座っていたと思うんだけど……、それならどうして彼女が万引きをしたとわかったんだろう?」
わたしはさっきまで中年の店員が座っていたレジを指差す。
「あの位置からは、お店の反対側はおろか、目前の通路の左右の様子もわからないはず」
なるほど、と水城くんが言う。
「店内に何個か防犯ミラーを見かけたけれど、それすら見ることはできないね」
「だよね」
どうでもいいけど、レジを開けっ放しでいいのだろうか。別の万引き犯が逃げていったら今度こそ止められないと思うのだけど。
考え込むように拳を口元にやっていた水城くんが藪から棒に手をたたいた。
「わかった、簡単なことじゃないか」
おっと?
視線で先を促す。
「あとひとりくらい、ここに店員がいたはずだ。たぶん、学生の女の人。その子がその中年の店員に告げ口をした。そっちは店内をまわっていたみたいだから、万引き現場を目撃する可能性もあるし、告げ口も可能だ」
どうだろう、とでも言いたげに、自慢げな顔をわたしに見せる。なるほど、実際のところ、それが一番ありうる答えなのかもしれない。
「悠貴くん、物申したいことがふたつあるわ」
その少し低めの女性の声は、水城くんの後ろ、わたしの死角になっているところから聞こえた。
水城くんが声のする方を向くのも待たず、その声は続ける。
「ひとつは私は万引き現場を目撃してはいない。店長が独断で動いたんだ。もし私が目撃していたら、現行で捕まえるから」
女の声の正体。水城くんが立ち位置を変え、わたしにも彼女の姿が見えた。デスティネの制服である青いエプロンをつけ、長い艶のある黒髪を利便性のために後ろで束ねた女性。切れ長の目から、彼女から知的さを感じる。
「ふたつは学生という単語は、大学生を指すんだ。私はまだ高校生だぞ? 知り合いなのに、知らない人のふりとは悲しい」
ムラサキさん、とデスティネの女性店員を水城くんはそう呼んだ。知り合いらしい。
水城くんが苦笑のような笑みを浮かべ、ムラサキさんを手で示す。
「村崎さん。僕と中学・高校と塾が同じで、年齢はひとつ上」
会釈する。
「真鈴です。水城くんのクラスメートです」
「よろしくな。……それで、デートの邪魔はできないから、ずっと黙っておくつもりだったんだが、どうしても言いたいことができてしまったから口を挟んでしまったんだ。ごめんよ真鈴さん」
「は、はあ……。わたしがさっき感じた視線は、村崎さんのものだったんですね」
「ああ、確かに君たちを見ていた。最近、店長から商品を手に取っているお客さんを注意して見るよう言われていたから。悪かった、ばれないようにしていたつもりだったんだが。
それから、君たちの会話の補助をさせてもらうなら、わたしは捕まった少女が来店してから、店長――君たちがおばさん店員と呼んでいたひとだ――と一度も喋っていない。それと、店長は基本的にあの位置から動くことはない。今日もそうだっただろう」
水城くんが言う。
「じ、じゃあ、防犯カメラのビデオがレジの手元においてあるんじゃないんですか」
村崎さんはゆるゆると首を横に振った。
「それなら、あの入り口! 少女は入り口を出てから捕まった。あの入り口に防犯センサーが隠れているのでは? 未購入の商品を持って、そこを通るとレジのあたりに信号がいくようになっていたとか?」
「ないない。考えてもみてくれ。商品の山に隠れるようにしてセンサーが仕組まれているのなら、ずっと鳴りっぱなしになるだろうが。それに、店長は少女が店を出る直前には動き出していたと思うんだが」
可能性が消えていく。わたしは内面では答えにたどり着いて欲しくないと思っていた。久しぶりに出逢えた謎を、ハルのところにまで持ち帰りたいから。
だけど、少しでもハルのヒントになればと、わたしは村崎さんに質問する。
「村崎さんは理由を知らないんですよね。ということはこのようなことは初めてだったということですか?」
村崎さんの双眸がわたしを見据える。
「私は所詮、アルバイトだから、毎日ここにいるわけではないが、私の知る限りは、ない」
まあ、なんにしても。村崎さんは言う。
「店長が出てくれば、聞いてあげるさ。おとなしく待っておくのが一番賢い」
村崎さんは指サックをつけた人差し指を水城くんに向けながらそう言う。どうしようか? と視線で水城くんがわたしに疑問を投げかける。迷わず言った。
「ありがとうございます。でも、いいです。謎は謎のままで。その方が面白いですからね」
嘘だった。いったいいつから、ハルの優先順位がわたしのなかで上にあがっていたのだろう。
「今のままなら、デスティネの店長さんには透視能力があるということじゃないですか。それは夢があることだとは思いませんか?」
村崎さんに頭を下げ、店を出た。水城くんとしばらく歩く。水城くんがお手洗いにいってもいいかいと言うので、わたしは近くの呉服店を指差してそこで待ってると告げた。
五時半手前。
わたしたちは立ちっぱなしだった足を休めるため、これまたショッピングモール内にある広場のベンチに、どちらからともなく腰掛けた。とどのつまり、贈り物を購入できていない。目星をつけることすら。水城くん曰く、
「大切なひとにする贈り物はなかなか決めきれないものだと思うんだよ。絶対に失敗したくないものだからね」
だそうだ。それを聞いて言い訳だとか優柔不断だとか思って水城くんの印象が悪くなったりはしていない。むしろ納得できる理屈だった。
「それでも、わざわざ真鈴さんを誘ったのに、成果がなくて申し訳ない」
「別にいいよ。それくらい」
笑みがこぼれる。わたしは視界に、ソフトクリームのオブジェクトを設置しているお店があるのを見つけた。そちらを指差す。
「わたし、バニラアイスが食べたいな。食べられたら、貸し借りは無しにしてあげる」
水城くんが頷くと、わたしたちはベンチから立ち上がり、ソフトクリーム屋の前まで来る。女性店員にオーダーを言う。
「はい、バニラですね! どうもありがとうございます!」
水城くんがソフトクリームと引き替えにお金を渡した。彼がソフトクリームを持った片手をわたしに差し出してくる。
「ごちそうになります。いただきます!」
お礼を述べて水城くんから受け取り、ベンチにまでまた一緒に戻ってくる。口元に持ってきたソフトクリームのてっぺんまで舌を伸ばす。甘さと冷たさが口中に広がっていく。思わず顔がほころんでしまう。
「あ、わたしばかり食べてごめんね。水城くんも、いる?」
「いいよ。僕は大丈夫」
「そう。外の気温は冬のそれだけど、屋内は厚着と暖房のせいで暑いからね。ちょうど良いよ」
「それはよかった」
「冬のアイスもありだよね」
「そうだね」
こころなしか、水城くんの声のトーンが落ちている。口数も少ない。
「どうしたの。今日、何も買えなかったこと、わたしは気にしていないよ? こうやって、おやつもいただきましたし」
どうやら本当にそれで落ち込んでいたらしい。水城くんは苦笑いした。
「そうだといいんだけど。やっぱり何も意味がなかったというのが、真鈴さんに対して面目が立たないから」
「何も意味がないって言われるのは辛いなあ。結果、ウインドウショッピングみたいになってしまったけど、楽しかったよ。ユイの誕生日はまだ先なんだし、焦る必要はないよ」
水城くんが小さく笑った。
「それにわたし、単純だから、本当に嫌だったら顔に出るし」
わたしが顔を近づけたのがいけなかったらしい。水城くんがまた吹き出してしまった。
「真鈴さんは良い人だな、全く」
「水城くんほどではないよ」
そうかな。
ふと、ユイのことで思い出したことがあった。
「そういえば最近、ユイの様子がおかしい気がするんだ。なんだか、隠し事が多いというか、やけにこそこそしているというか……」
「気のせいなんじゃない?」
「まあ、そうかもしれないけれど」
ところで真鈴さん。水城くんがかばんを開きながら言う。
「……あっ」
そのとき呟いたのはわたしだった。ケータイを取り出す。今の時間を確かめたかった。五時半。ハルとの約束の時間まで三十分程しかない。ソフトクリームを持ったまま、立ち上がる。
「ごめん! 花川くんとの約束があるからもう行かないと!」
水城くんがわたしを見上げて笑顔をつくる。
「いいよ、いってらっしゃい」
「ごめんね。――遮ってしまったけれど、なんだったの?」
水城くんが小さくかぶりを振る。
「別に明日でもいいから。急いでいるんでしょ? さあ、早く。僕は水田に用があるから元々駅で別れるつもりだったし。ひとりのほうが早いと思うよ」
「そう? 置いていく形になってごめんね、じゃあまた明日、学校で!」
言いながら、わたしは足を踏み出していた。今からなら、六時直前に坂月駅に着く電車に間に合うはずだ。
もう一度振り向いて、水城くんを見る。彼はまだこちらを見ていた。
「今日は本当に楽しかったよ、ありがとう!」
それだけを言って、わたしは出口に向かう。
間に合うかな、間に合え。
そう思う傍ら、花川春樹にさっき出会った謎を話せることを楽しみに思っていた。
わたしの片手にあるソフトクリームは、駅まで形を保っていられるだろうか?
続きます。