二.愚見を申しますと。
前回の続き。意見編。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
・井口菫咲*荒い言動や校則違反ぎりぎりの格好から勘違いされやすいが、優しく友達想い。
「――僕にはメールの送り主は世間一般に言うストーカーには見えないな」
「見えない? 冗談だろ。この行動が普通だっていうのか」
まさか。
二、三度咳をしてから、僕は言った。
「普通だなんて言ってない。確かに、一見これはストーカー行為にも見える。だけど、メールの送り主の目的は別にあるんじゃないかと思った」
「別の、目的か」
井口が繰り返した。
「そうだ。視点を変えてみるんだ。井口はきっと、女の子を尾け監視している発言から、犯人――便宜上そう呼ばせてもらうが――そいつが彼女に興味があるのだと思い、ある種の好意からの行為――ストーカーだと判断した」
「その通りだ」
僕は仰向けになって、天井を仰いだ。この体勢の方が楽だ。
「だけどこう考えてみてはどうだろう。好意ではなく、敵意。生活を監視し、まるでお前は自分の手中にあるぞというメッセージだというのは。犯人の目的は脅迫ではないかと思う」
「きょうはく?」
「二通目を思い出してくれ。好意からくるストーカーにしては粘着質すぎるとは思わないか。平日五日間、朝から晩までつきっきり。ストーカーは基本的にひとりの仕業だ。好きという感情が動力源からな。自分を相手に認めてもらいたいと思っているのなら、複数でストーカーするようなことにはならない。
だが、恨み嫉み由来のストーキング行為は違う。彼女を嫌いな複数人が手を組んで交代でひとりを見張るのであれば、五日間連続の監視も、現実感が増すとは思わないか?」
二通目を読んで、まず僕が抱いた感想が、「暇だな」だった。続いてどうすれば楽にストーカー行為を成し遂げられるか、だった。それが複数犯の可能性に繋がった。
「言いたいことはわかる。……しかしだ、花川」
井口が反論する。
「脅迫なら、犯人は安全と引き換えに何かしらの要求を示してくると思うんだけどな。今の時点ではまだ『嫌がらせ』だ」
「そうだな。僕もそう思う。そこがわからないんだ。でも次のメッセージを伝えるため、必ず次のメールが来る。その時まで確かなことは言えないが、相手はまだ何かしらの秘策を持っていると思う……。犯人は現時点では『お前を尾けているぞ』といったメッセージしか伝えていない。その程度では、脅迫するにはいささか弱すぎる。
でも、ただの嫌がらせではないことはわかる。粘着質な監視行為や三通目の『写真はこれだけじゃない』からな」
少し、のどが渇いてきた。電話が終わったら水を飲みに行こう。咳払いをして、僕は続ける。
「もしかするとその写真の中には、あんたの後輩の弱みの瞬間を撮ったものがあるのかもしれない。犯人はそれを使って、彼女を脅迫し、リターンとして何かを得ようとしている。メールの間隔が狭すぎるわけではなく、空きすぎるわけでもないのは、もしかすると、その弱みが最も効果を発揮するベストなタイミングをうかがっているのかもしれないな」
「なるほど……」
ただ脅すのであれば監視行為などせずに初めから例の写真を提示すればよいのだ。それなのに犯人は徐々に手札を小出しするようにメールを送り続けている。そのことからも何かしらの機会を窺っていることは察せる。
「犯人があんたの後輩を脅迫するつもりであれば直接手を出すことはないかもしれない。でも、彼女が恨みを買っている複数の人間だ。多勢に無勢。一斉に襲われるとひとたまりもないだろう。あまり遅く帰るのはやめといたほうがいいと伝えておいてくれ」
僕が話せるのは以上だ。そういった意味を込めた伝言を井口に託した。
「わかった。あいつ、女子中学生をストーカーする変態男なら正体を現したときにぶっ飛ばしてやるって息巻いていたんだ。その考えはあらためておけと伝えるよ」
変な間があったのでこのまま電話を切るのではないかと思ったその時。
「……ありがとうな。花川。相談してよかった」
まさか井口にこんな風に礼を言われるとは思わなかったから驚いた。僕は咳払いで返事にかえる。
「なあ、もしかしてと思ったんだけど」
井口が、彼女らしくない、恐る恐るといった調子で前置きをする。
「お前、風邪ひいてるのか」
「…………」
僕は身震いをした。それは当てられたことからくる驚きが原因なのではなく、体調不良のためだ。
夜は寒く、昼間は暑い。この頃の寒暖差の激しさからか、二日程前から体調を崩してしまっていた。何もすることができない非生産的な生活を送っているけれど、アラームをかけず床に就くことができるのは、幸せなことだ。たぶん。
「咳も多いし、心なしか声もかすれているように感じたんだよ。どうなんだ」
「……はは、ばれたか」
僕が言うや否か、井口が電話越しに吠えた――その声量はそう形容するのに相応しかった。
「馬鹿野郎っ! 体調が悪いんならすぐにそう言え! 言っただろ、明日以降でもいいって」
思わずケータイのスピーカーから少し耳を遠ざけた。
「今朝は三十八度あったけど、さっき測った時は微熱だった。僕がいけると判断したから電話を続けたまでだ。気にするなよ」
「気にする。病人を無理させたなんてあやめに知れたら、あたしがあいつに怒られる。それにお前に借りを作ってやったなんて思われたくない」
はは、と僕は小さく笑った。彼女らしい冗談だ。井口菫咲は見た目に反して、実は優しいのだ。それは知っていた。だから僕は気休めになればと彼女にフォローを入れた。
「このところ、何もしていなかったからちょっと退屈だった。良い刺激になったよ」
「うるせえよ……」
むにゃむにゃと何かを言う彼女を無視して僕は締めの挨拶をする。
「じゃあな、僕は寝る。もし犯人から何か接触があった時は教えてくれ。力になる」
「……お前、良い奴かよ。わかったよ。頼らせてもらう。じゃあな」
「おう」
通話終了のボタンを押す直前、ぼそっと彼女の声が聞こえた。それがあまりに優しい口調で彼女らしくないように思えたので、本当は空耳だったのかもしれない。
その言葉はまだ耳に残っていた。
「……お大事に。おやすみ」
お読みいただきありがとうございました。
本当はこのお話は『春樹が実は風邪を引いており、頭が働かなかったせいで何も力を貸せなかった』という結末にする予定でした(もちろんあとで挽回の機会は与えるつもりでしたが)。しかしそうならなかったのは、それでは全くオチがつかないのと、解決編を用意しないのは作者と探偵役の怠慢なのではないかと思ったことと、書いているうちに予想していたよりも春樹が喋りだしたためです。
さて、予定ではあと二章ほどで完結なのですがうまくいくことを願っています。どうか最後までよろしくお願いします。




