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ハルハニズム~この秋雨を忘れない~  作者: 幕滝
スペシャルアメージングバレンタインデー
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八.スペシャルアメージングバレンタインパフェ

前回の続き。解決編。


・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。

・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。

 云々バレンタインパフェをやっているお店は商店街の端っこの方にある喫茶店だった。軒前の黒板でできた看板に、本日限定バレンタインパフェと宣伝されていた。

 お客の入りは上々のようで、女子高生など女性の姿が多いから、パフェ目当てで来ている人も多いのだろう。既に背丈が三十センチもあるボリューミーなパフェを頬張っている女の子もいた。あれが例のパフェなのだとしたら、僕の胃の中におさまるか心配だ。

 席に着き、メニューを見ることなく、僕が二人で分けないかと提案する隙すら与えず、

「スペシャルアメージングバレンタインパフェふたつ、お願いします」

 と注文してしまった。

 真鈴ますずが自分のスマートフォンを取り出して、

「ごめん、ちょっとメールを返してもいいかな」

 と操作し始めたので、僕も自分のケータイを取り出した。と言っても、電話帳に登録されているのは家族を除けば十人も満たないので、おそらく誰からの連絡も入っていない……と思っていたが。

 未読メール一件。

 差出人、伊舘いだち緒紀那おきな。件名、『今日はありがとう』。伊舘さんとの別れ際、彼女が連絡先を交換したいと言うので素直に従ったのだ。

 本文を開く。

花川はなかわくん、今日はありがとうございました。これから花川くんと少しずつ仲良くなれたらいいなと思っています。またメールしてもいいですか。残りのガトーショコラも是非食べてください』

 どう返すのが正解なのだろう。目の前に真鈴がいるけれど、彼女に相談するのは変だし、家に帰ってからゆっくり考えよう。

 ケータイを閉じて真鈴を見ると、彼女はまだスマホを操作していた。

 いろいろと疲れた。ぼーっと真鈴のスマホ捌きを見つめながら、今日のことを振り返る。

 僕は今日、十年生きていて初めて、家族以外からバレンタインチョコを受け取った。

 ――それも、ふたつも。


 ひとつ目は真鈴あやめ。今朝、登校してきた時にロッカーで見つけたものがそれだ。青色の箱にリボンが巻かれており、放課後に待っていると記されたカードが添えられていた。

 ふたつ目は伊舘緒紀那。彼女ははじめはロッカーに置いておくつもりだったらしいが、先に真鈴のプレゼントを見つけてしまい、僕の机の物入れに隠し場所を変更した。

 ふたりのプレゼントは、僕のドジで、入れ替わってしまった。

 朝礼前の時間、ロッカーに入っていた箱を眺めていた僕は、突然声をかけてきた真鈴に驚いて、持っていた箱を机の物入れの中に放り込み、カードを制服のポケットの中にしまった。真鈴が去った後、僕がロッカーから取り出した箱だと思って机の物入れから出したものは、伊舘緒紀那が机の中に入れておいたガトーショコラだった。

 普通は、入れ替わっていたら気づくものだ。言い訳をさせて欲しい。ふたりのプレゼントはどちらも青い箱で、どちらも似たようなリボンがあしらわれていた。偶然そっくりだったのだ。それに加え、僕はこそこそと隠れるようにバレンタインチョコを扱っていたから、細かいところまでよく見ていなかった。青い箱をしまい、もう一回取り出した物も似たようなものだったら、まさか擦り替わっているだなんて、疑ったりはしないと思う。

 思い返してみれば、違和感はあったのだ。

 プレゼントが入れ替わった後、一限目のあとに見つけた、伊舘さんの詩。カードと文字の大きさが違ったから、詩の文字が小さかったのは遠慮がちに書いたからなのではないかと僕は思った。実際はあの文字の大きさが、伊舘さんの通常の文字なのだ。

 二限目のあと、さかいさんが、中身はガトーショコラなのにカードにはチョコだと書かれていることを指摘した。堺さんは贈り主が緊張していたからだと考えていたが、ふたつが入れ替わっていたのだから、話が食い違うのも当然の話である。

 そしてこの入れ替わりの勘違いが上手く行ってしまったのは、普段の僕は物入れに手を入れることがないせいだ。ロッカーからその日分の教科書類を取り出し、カバンを机の物入れ代わりに使っているから、机の中を探る機会がなく、もうひとつのチョコに気づかなかった。

 補足すると、その違和感の理由を改めて考え直し、ふたつの箱が入れ替わっていたことに気づいた僕は、きちんと真鈴にもらった方のバレンタインチョコも回収した。中身はトリュフチョコで、それならチョコと呼ぶのも頷ける。

 真鈴のトリュフチョコと、伊舘さんのガトーショコラ。ふたりの女子からバレンタインチョコをもらえるなんて、実は僕は結構幸せなのではないだろうか。

 そう、伊舘緒紀那といえば、彼女と南門で遭遇したのは、彼女が放課後、教室を出て行った僕の後を追ったかららしい。目的は僕に贈り主が自分だと打ち明けるためだ。僕を追おうと自分の靴を履き替えることもできないでいたけれど、あのまま僕が外に出て行っていたら彼女はどうしていたのだろう。

「ごめんよ、お待たせ」

 メールの返信を終えたようで、真鈴はスマホをポケットにしまった。ちょうどそのタイミングで、ウェイトレスが大きなパフェをふたつ、お盆に乗せて運んできた。

 僕の目の前に、ナントカバレンタインパフェが鎮座する。高さがあるだけではない。専用のパフェグラスを使用しているのだろう、グラスは中ほどから大きく膨らみ、金属バットくらいの太さがある。パフェグラスって、もっとシャープなイメージがあったのだけど。

「思っていたよりも、大きいな」

「そうだね……」

 真鈴も驚いているようだった。真鈴の顔より大きい。

 グラスの中層から下層は生クリームとフルーツ、コーンフレークにアイスクリームがたっぷりと占めている。パフェのてっぺんにはチョコソースとフルーツにまみれてわかりづらいが、プリンと、カットされたチョコケーキがまるまるひとつ、埋まっているのだ。こんな愚直な表現はあまり好まないけれど……、頭が悪いんじゃないか。

「ま、食べてみよっか。いただきます」

「……いただきます」

 持ち手がえらく長くなっている細長いスプーンを甘味の山に突き刺す。チョコケーキをすくって食べてみると、伊舘さんのガトーショコラほどではないけれど、確かに美味しかった。

 真鈴も美味しい美味しいと言ってスプーンを口に運んでいる。彼女はとても嬉しそうに頬張るので、見ていて嫌な気はしない。まあ、真鈴が幸せならそれでいいか。

「ハル、何か喋ってよ」

 食べるのと真鈴を観察するのに夢中になって黙っている僕に、真鈴が言った。

「何かと言われてもな」

「じゃあ、わたしが話題を振ろうか」

 スプーンを咥えながら、無言で頷いた。相槌なら任せてくれ。

 真鈴は二、三口、口を動かして考えるような間を置いた後、言った。

「わたしはハルのこと、下の名前で呼んでるじゃない?」

「そう、だな」

 呼ばれ始めたのはもう半年以上前のことだ。当初は違和感ばかりだったけれど、人間は慣れるもので、今は何とも思わなくなっていた。

「ハルはわたしのこと、下の名前で呼んではくれないの?」

 思わず、一瞬、スプーンを動かす手が止まってしまった。取り繕うように、僕は再びいそいそとチョコアイスを口に運び始める。

 真鈴の方をちらりと盗み見ると、彼女は何事もなかったように、プリンを頬張っていた。それならば僕も、平生を装って答える。

「……そういえば、考えたこともなかったな。苗字呼びに慣れすぎてしまっていて」

「わたしも最近まで、気づかなかったんだ」

「よく気づいたな」

「でしょう」

 ふふふ、と面白い冗談でも聞いたみたいに真鈴は笑った。

「それで、どうでしょう。そろそろ、わたしのことを下の名前で呼ぶという提案は」

「そうだな……」

 本心としては、彼女のことをあやめと呼ぶことはやぶさかではない。いつの間にか心音がテンポを速めて鳴っているのは、このきっかけを逃すわけにはいかないぞと体全体が鼓舞しているからのようでもある。だけど、心の奥深くで何かが、新しいステップにあがるのはやめておけと静止してくる。お前らしくないと、ささやいている気がする。おそらくこいつは羞恥心なのだろう。周りの目を気にする自分がいる。冷静になって考えてみれば僕たちを冷やかすような友人なんていないのに、それでも安易に女と必要以上に近づくなと羞恥心が引き留めるのだ。

 気づけば真鈴も僕も、手を止めていた。

 彼女はじっと僕を見据えて、答えを待っている。その真剣そうな瞳を見るに、本当は昨日今日で思いついた提案などではないのかもしれない。

 いつか真鈴が言っていた。きっかけがないと、なかなか新しいニックネームには切り替えられないと。これは僕にとって、降って湧いたような絶好のチャンスと呼べるかもしれない。

 たっぷりと時間をもらって、僕が出した答えは――、僕は、小さく頭を下げた。

「真鈴、ごめん。まだ、呼べそうにない」

 臆病という名の根っこが私を縛って近づけない――まさに今の僕を表しているようだった。

 真鈴は諦めたような笑みを浮かべた。

「そっか。仕方ないね」

「……でも、折角の提案だ。少ししたら、ちゃんと受け入れようと思う。少しの間だけ、待ってくれないか」

 ふうっと小さく嘆息して、真鈴はチョコソースの乗ったスプーンを咥えた。

「いいよ。待ちましょう」

 今度は僕が息を吐く番だった。なんだかパフェよりも、彼女との会話に今日は結構体力を持っていかれた気がする。

 でも、と真鈴は笑みを浮かべて言う。

「パフェは待ってくれないよ。早く食べないと、アイスクリームが溶けて、美味しくなくなっちゃう」

 実は既にかなり溶けていて、パフェグラスにクリームの大きな水たまりができてしまっているのだが。

 彼女はそれでも幸せそうにスプーンを口に運ぶ。そんな様子を眺めていたら、不意に目があってしまって、真鈴あやめはニコリと微笑んだ。

「わたしは、待ってるからね」

 ほっと安心させてくれるような、優しい言葉だった。

ありがとうございました。

花川くんたちの物語も二月を迎え、『ハルハニズム』は徐々に佳境に入っていく予定です。これからもどうぞよろしくお願いします。


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