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ハルハニズム~この秋雨を忘れない~  作者: 幕滝
お菓子はいいから、悪戯させろ!
4/45

二.消失トリックアンドトリート

前回の続き。問題編。

・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。

・堺麻子*高校一年生。黒髪眼鏡の優等生だが、茶目っ気もある。

 将棋部は化学講義室を活動場所にしている。大きさは普通教室と変わらないくらいだが、机の形や設備が実験に向いたものとなっている。講義室のあちこちに控えめに飾られた装飾品から、ハロウィンパーティーの会場はここだとわかった。

 部屋にいたのは全部で五人。僕が聞いていたのはすべて男で、四人だけだったが、今回は女子がひとりいた。彼女も部員なのだろう。男四人の中には、もちろん僕たちがここにくる原因となった浦風うらかぜ部長も含んでいる。

 僕を認めるなり苦虫を噛み潰したような顔を浦風部長がしたこととは関係なく、僕は今不機嫌だった。

「それじゃ、花川はなかわくん。こっちとこっちなら、どっちがいい?」

 にこやかにしながら、馬面をした将棋部員の男が僕に問う。両手にそれぞれ衣装を掴んでいる。魔法使いを連想するようなローブと、全身すっぽり入るタイプの白いお化けの着ぐるみ。男自身は破れたマントを羽織っている。中にブレザーが覗けるから、制服の上に羽織っただけの簡単なものだろう。さっき自己紹介をされたが名前は忘れた。

 馬面の彼の隣には将棋部の紅一点(と思われる)、頬に少しそばかすがあるロングヘアの女子生徒が立っており、僕と衣装を不思議そうに見比べている。彼女は肩の肌が見える黒を基調としたドレスを着ている。肘までの長い手袋と杖っぽい道具から一目瞭然だが、魔女の変装なのだろう。馬面の男と同じように、この紅一点の名前も覚えていない。

「あたし的にはお化けかなあ」

 僕と衣装を見比べながら紅一点が言う。

「そ? おれはローブの方が似合うと思うけど」

 馬面が答えた。

「いーや、絶対、お化けの方が可愛いに決まってるって! 花川くんもそう思っているよ! ね?」

 いーや、僕はそのどちらも着たくはない。そして願うことならば帰宅したい。

 そんな僕の気持ちなどつゆ知らず、紅一点は馬面に提案する。

「じゃ、ジャンケンで決めましょ! それなら文句ないでしょ!」

「ああ、わかったそうしようじゃないか!」

 ちょっと待て。文句大アリだ。


「うわあ、可愛いじゃないですか、花川さん!」

 化学講義室の隅を暗幕で仕切っただけの簡易更衣室から出てくると、すぐ外で待機していたさかいさんにそう言われた。

「こんなお化けならいくらでも夜に出てきてもいいくらいです」

 そう、よくわからない彼女の褒め言葉通り、僕は結局、お化けのコスプレをすることになってしまった。といってもこれはコスプレというより着ぐるみと呼ぶのが相応しく、僕の肌が見えているのは足と腕と顔のみだ。背中にチャックがついていて、そこに身体を入れるようになっていた。貴重品であるケータイをポケットにいれておくことはできなかったから、手に持っていることにした。なんて不便だろう。

「あ、制服類は暗幕の向こうに置いといてくれますか」

 僕が制服類を抱えているのを見て、近くにいた眼鏡のぽっちゃりめの青年にそう言われた。お腹の張った真っ黒のスーツを着て、口の端から赤い液体らしきものが垂れた跡がある。このぽっちゃりは吸血鬼のコスプレに違いない。一年生のどこかの教室で見たことがあるから、おそらく同級生だろうが、やけに距離を感じる話し方だ。

「私が着替えてくるついでに置いてきますよ」

 堺さんが手を差し出した。

 そういえばこの人も丁寧語だったな……、今はもう慣れてしまったが。

 礼を言って着替えを渡す。もう片方の手に布の塊を持っているが、彼女は一体何に変身してくるのだろうか。

 少し離れた机を見ると、浦風部長と、まだ僕と一言も会話していない部員が、パンパンに膨らんだ業務用スーパーのビニル袋から、市販のお菓子をいくつも取り出しているところだった。このあと、お菓子を広げるのだろう。ちなみに、浦風部長は骸骨の変装で、フード付きの黒いコートを羽織っている。顔の骨は仮面で表しているが、仮面は今は横にずらしていた。

 ふと、浦風部長と一緒にお菓子を取り出している青年と目があった。彼はこちらに向かってぶんぶんと手を大きく振る。視線から考えてもぽっちゃり吸血鬼に合図を送っているわけではなく、間違いなく僕へのサインだ。どういう考えだろうか。

 すると彼は作業を中断して、こちらに歩いてきた。

「おー。花川ー、けっこー似合ってるじゃん?」

 少し早口で聞き取りづらかったが、間違いなく僕の名前を呼んでいる。彼にはまだ自己紹介はしていないはずなのだけれど。

 僕の返答も待たずに彼はやはり早口でまくしたてる。

「いやー。それにしてもお前、堺さんを連れてくるなんてやるなー! すげーわ! ちょーすげー!」

 僕の隣に並び、ぺちぺちと肩を叩いてくる。なんだ妙に馴れ馴れしいなこいつ。

「同じ六組として誇らしいわー! マジでー!」

 えっ?

 ……もしかしてクラスメートか?

 僕は僕より少し背の低いこの男をよく見る。癖のかかった髪。ひょうきんな言動。……駄目だ、全く思い出せないぞ。

 一年六組ができてから七か月。今更名前を聞くのもおかしいし失礼なので、こちらも向こうを知っているていで会話する。

「いや、僕が堺さんに誘われた方なんだよ。ところで、えー……っと、き、君は、それは何の変装なんだ?」

 この高校の制服、黒のブレザーとズボンを身に着けたままの彼に問う。彼は笑顔で答える。

「俺? 狼男! 満月の夜に本性を現すのさー!」

 ははあ。つまり、今は普通の人間だと。随分と楽なコスプレもあったものだ。

「で、花川、お前、堺さんとどんな仲なんだ? ん?」

 話を戻して、似非狼男が僕との距離を詰めてくる。面白がっている。

「おいー、どうなんだどうなんだ」

 しつこいな。堪えきれなくなった僕は言い返す。

「ただの友達だ。なんだ、あんた、堺さんのこと、好きなのか?」

 少しきつい口調で言ったつもりだが、目の前の似非狼男は変わらないへらへらした顔をして言う。

「そんなわけないだろー。俺は別に好きな娘いるからなー」

 別に聞いとらんわ。……と思ったけれど、こいつは話の転換に使える。僕は話題をあくまで自然にすり替える。

「なんだ、彼女か?」

「いーや。でももしかするともうすぐ彼女になるかもしれない」

「へえ? 誰」

 誰かは本当は興味がなかったし、素直に答えるとも思っていなかったから、この似非狼男が向こうで浦風部長とお菓子の開封をしている紅一点の娘を、目で示した時は不意を突かれたような感じがして驚いた。

「言うなよ」

 少しだけ顔から笑みを消して、小声で彼がそう口止めした。

「ふうん。もうすぐ彼女になるかもしれない、とは?」

 彼は内緒話をするように、口に片手を添えた。

「ラブレターさ。もう仕込んであるんだ」

 なんとまあ。

「まあ、堺さんも可愛いし、花川も頑張れよ」

「なにをだ」

 僕の質問には答えず、似非狼男は踵を返してお菓子の開封をするグループへ戻っていった。

「サカイって聞こえましたけど、私の話をしていたんですか?」

 藪から棒に声がした。後ろを振り向くと、堺さんが立っていた。着替えを終えたようで、彼女も魔女の格好をしているのだが、肌の露出は対照的に少ない。黒く大きいローブを身にまとい、頭にはリボンをぐるぐる巻きにした山高帽を乗せている。手には彼女と同じくらいの長さの庭箒。ネクタイとカッターシャツがローブの間から見えるから、制服の上に羽織っただけなのだろう。

「絶対、私の話をしてましたよね」

 逆さに持った箒の柄で床をコツコツ叩きながら堺さんが言う。

「してないって」

 本当はしていたけど、さっきの話の内容は彼女には聞かせられない。

「お!」

 僕の後ろから、驚きと喜びが混じったような声が聞こえてきた。どうやら馬面のものらしく、彼の視線は、堺さんに向けられていた。

「似合ってるね! さすがおれが選んだだけのことはある!」

 馬面がよく見ようとこちらに寄ってくると、彼に続いて浦風部長と紅一点と似非狼男も近づいてきた。そういえば僕に注意をしてきたぽっちゃり吸血鬼がいないのだけど、どこに行ったのだろう。

「おお、確かに似合ってるし、可愛いな」

 舐めまわすように浦風部長が堺さんを見る。

「何かポーズやってみてよ」

 とリクエストされ、堺さんはどうすればいいのか困った顔をしている。手に持った箒で殴ってやればいいんじゃないか。

 紅一点は僕の顔と四肢だけが飛び出たお化けの着ぐるみを観察するよう見てから、最後に僕と目を合わせた。

「百点だね。似合ってるよ」

 そりゃどうも。嬉しくはないが。

「そういや、あの吸血鬼さんはどこに行ったんですか」

 堺さんが回りを見回しながら言う。

「ああ、トイレだってさ」

 浦風部長が答えた。その彼に僕は言う。

「ところで、僕、いまだによく理解していないんですけど、ハロウィンパーティーってなにするものなんですか」

 浦風部長は考えるように唸って上を向いた。

「そう言われても、困るなあ。仮装してお菓子食べることしか考えていないけど」

 やはり帰ろうか僕。何が楽しいのかわからない。

「……おい。あれ、誰だ」

 馬面が化学講義室の反対側を指差して言う。全員がそちらを向くと、そこには胴体の生えたカボチャがいた。浦風部長が呟く。

「あんな仮装、用意した覚えないぞ」

 化けカボチャはお菓子が広げてある机のすぐそばに立っていた。一瞬、僕たちと目があったかと思うと、表情のわからない化けカボチャはすぐさまマントを翻し、僕たちから遠い方のドアへと走っていく。それを追うように、馬面の声が続く。

「お、おい! あいつ、お菓子をふところにいれていたぞ!」

「なんだと」

 一番最初に動き出したのは浦風部長だった。彼は僕たちに近い側のドアから廊下へと出ていく。馬面、紅一点、似非狼男が部長に続く。堺さんも彼らにならおうとしたが、動き出さない僕に気づいて慌てた声で言う。

「花川さん! 早く追いかけないと逃げちゃいますよ!」

 僕はあくまで落ち着き払った様子を見せつけながら、少しだけ両手をあげた。

「僕のこの姿で、走れると思うか」

 堺さんは一瞬だけポカーンと小さく口を開けたが、

「すみません、そうでしたねっ」

 と言うと、パタパタと足音を立てながら、僕を置いて化学講義室を飛び出していった。箒くらい置いていけばいいのに。

 さて、ひとり、講義室に残された間の抜けたお化けは、どうすればいいのだろうか。


 二分程度で、ドアに、お手洗いに行っていたらしいぽっちゃり吸血鬼が現れた。

 彼は場の異変に気づいたのだろう、僕に状況を訊ねてきた。

「化けカボチャがお菓子の一部を盗んでいったのさ」

 それだけで一部始終を察したのか、彼は僕に近寄り、ケータイを持っている方の手首を掴む。

「ついてきてくれませんか。探しましょう」

 言葉と同時に、腕を引っ張られる。加賀屋なんかはぽっちゃり吸血鬼みたいに真っ直ぐなタイプだが、ここまで強引ではない。

 彼が目をじっと合わせてくる。

 ……仕方ない。

「わかったよ」

 掴んでいる腕を振り払い、僕は素直に彼と一緒に廊下に出た。

「二手に別れよう」

「二手に別れましょう」

 僕と吸血鬼、ほぼふたりが同時に口にした。意見が同じなら話は早い。ぽっちゃり吸血鬼が言う。

「おれはこっちから。お前はそっちから。頼みましたよ」

 僕はどっち方向でも構わない。互いに頷き合うと、ぽっちゃり吸血鬼は背を向けて走っていった。体型からは想像できないような、軽い走り方だった。

 彼が二手に分かれようと提案したのは効率を求めてのことだろうが、僕の意図は違った。あのぽっちゃりの姿が見えなくなり次第、講義室に引き返す。この格好で学校内を歩くだなんて、死んでも嫌だ。

「まあ、お化けだから死んでるんだけどな」

 ぽっちゃり吸血鬼が階段へと繋がる角を曲がったのを確認し、引き返そうとしたところで、手に持ったケータイの着信音が鳴った。

 ディスプレイには堺麻子の文字。ケータイを開いて、耳に当てる。

「どうしたんだ」

『今、四階にいるんですが、そこの窓から、二階の窓にジャックオーランタンがいるのが見えました!』

 この高校の校舎は一棟しかないが、L字をしている。だから四階の窓から斜め下の他の階の様子もわかるのである。

 堺さんの声が息を継ぐ間もなく流れてくる。

『花川さんが、二階の化学講義室から動いていなければ、すぐ近くにいると思います。不意をつけば、その姿でも捕まえることもできるでしょう。頼みま――』

「わかった」

 僕はそこで通話を切った。化学講義室に向きかけたつま先を反対方向へ戻す。

 堺さんに頼まれては仕方ない。

 幸か不幸か、ぽっちゃり吸血鬼は違う方向へと行ってしまった。今、堺さんが化けカボチャを見つけたのであれば、すぐ先の廊下の角を曲がれば、化けカボチャを見つけることができるはずだ。

 ドタドタと出来る限り速く足を動かす。動きづらく、スピードも出ない。いつもより廊下が長く感じる。息も上がる。

 そして、やっとのことで角を曲がると――、十数メートル先に、ジャックオーランタンがいた。ただ、胴体はなく――マントとカボチャの被り物だけが、近くの教室の壁に沿うように残されていただけだった。中身はどこに行ったのか?

 今曲がった角を過ぎれば、他の階へと続く階段は一ヶ所しかない。僕はスピードを緩めることなく、中身のないカボチャの横を通り過ぎ、階段の前へ来る。一階へと降りる階段か、三階へと上がる階段か……。化けカボチャの中身がここを通りかかってから僕が辿り着くまで、数秒差しかないはず。今ならまだ間に合う。犯人は――どちらに消えた?

 迷っていると、下へと続く階段から、馬面の顔が現れた。

「花川……だっけか。カボチャ、いたか?」

 どうやら彼は見ていないらしい。

 と、なると――上だ。

「花川さん、捕まえましたっ?」

 僕が一段踏み出した三階へと続く階段、その先に、堺さんが飛び出してきた。急いできたのだろう、肩で息をしている。

「いいや」

 答えると、僕は回れ右をし、廊下の前後を奥まで見渡せる位置まで戻る。当然だが化けカボチャはまだそのままだった。

 犯人は上の階にも下の階にも行っていない。そうなると、残る可能性は、窓から飛び降りたか、近くの空き教室に飛び込んだかの二択になる。前者はありえないから、後者だ。僕が通り過ぎた一瞬を見計らって教室から出て行くほどの間はなかったはず。

 僕は階段からリズムよく降りてくる堺さんに言う。

「堺さん、ちょっとこの位置で廊下に誰か現れないか見張っていてくれないか」

 要領を得ない、というような顔をしながらも、堺さんは僕の言う通りにしてくれた。

 馬面にも頼み、僕とふたり、隠れることのできる教室を順番に確かめてみた。

 ――しかし、期待は裏切られることになる。

「おかしいな……」

 どの部屋にも、トイレにも、人間の姿を見つけることはできなかった。そもそもほとんどの教室に鍵がかかっていた。

 まるでお化けのように、ジャックオーランタンの中身は消えてしまった。

 盗まれたというお菓子と、一緒に。

 全く、とんだトリックオアトリートだな。


 まあ、結局、ジャックオーランタンを捕まえることはできなかったが、差し支えない量のお菓子はあったし、それからは何事もなくハロウィンパーティーを終えられたのだった。

続きます。

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