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ハルハニズム~この秋雨を忘れない~  作者: 幕滝
スペシャルアメージングバレンタインデー
37/45

五.四限目後・吉槻

前回の続き。


・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。

・堺麻子*高校一年生。黒髪眼鏡の優等生。茶目っ気もある。

・吉槻*一年六組の転入生。明るく、さばさばした性格。折り紙が趣味。

 四限目が終わると、お昼休みに入る。

 一緒にご飯を食べる相手もいないので、さかいさんに話し相手になってもらいながら惣菜パンをかじっていたら、普段はあまり話さない相手が僕たちに近づいてきた。

「やっほー、花川はなかわくん、堺さん」

 秋にこの学校に転校してきた吉槻よしつきだ。持前の陽気さと素直さで、すっかりクラスに馴染めているようだった。

「よお、折り紙少女」

「なんなんやその呼び方」

 吉槻が笑う。方言が色濃く表れている彼女のツッコミをいただいた。こっちに住んでいたら次第に標準語に染まるものかと思っていたが、案外そんなことはなく、吉槻は相変わらずだ。

 堺さんは間が悪い事に咀嚼している途中だったらしく、ペコペコと会釈している。僕は吉槻の手元、中身が透けて見えるいくつかの小袋を見据えながら訊いた。

「どうしたんだ。何かくれるのか」

「おっと、さすが、よくわかってるやん。せやで。今日のうちはお菓子を配るサンタクロースや」

「サンタってことは見返りは要求しないんだな」

 僕が言うと、彼女はニコリと笑って、

「吉槻サンタは普通のサンタクロースと違ってホワイトデーにお返しを待ってるよ。それでも欲しい?」

「くれ。トリックオアトリート」

「仕方ないなあ。はい、中身は雛あられやで」

 今が何月なのかわからなくなってきました、と堺さんが呟くのが聞こえた。吉槻の持ってきた小袋を堺さんとひとつずつ受け取る。雛あられというのは冗談らしく、中身はお手製のチョコクッキーのようだ。

 よく周りを見渡してみれば、さすがバレンタインデー、女子の友チョコ交換会の規模が午前中よりも大きくなっていた。見慣れない奴もいる。他のクラスの女子だろう。真鈴ますずの姿が見えないから、たぶん、他のクラスにでも行ってるのか。

「これで花川くんは今年のバレンタインをチョコ無しで空しく過ごすってことはなくなったやん。うちに感謝しぃ」

「感謝感激雛あられだな」

「うーん、そこまでおもろくはないなあ」

 本当はチョコクッキーだしな。

「でも吉槻さん、花川さんは実は既にバレンタインチョコをいただいていたんですよ」

「え、ほんま?」

 吉槻がちょっかいをかける対象を見つけたような笑顔を僕に向けてくる。

「ちょっと、堺さん」

 吉槻にはチョコ無しで過ごすところだった寂しいやつと認識してもらうつもりだったのに。

「あれ、言ったら駄目でしたか」

「駄目ではないんだが……」

「誰? 誰にもらったん?」

 面白がって訊いてくる。うーん……。名無しからのプレゼントだと説明しないとこいつはしつこく聞いてきそうだ。

「吉槻は詩に関して、詳しい方か?」

 要領を得ないといった顔をしつつも、彼女は答えてくれた。

「昔、中学生くらいの頃は自分で詩、書いていたなあ。今からしたら黒歴史やけど」

 昔といっても、それくらいならまだ三年も経っていないんじゃないか。彼女に意見を訊いてみるのもいいかもしれない。

「あのな、今朝、下足室で靴を履き替えようとしたときのことなんだが――」

 そんなわけで一部始終を話すと、吉槻は「ふうん」と不思議そうな顔をした。

「詩に関して全くのお手上げなんだが、どうだ、同じ趣味を持っていた者同士、なにか思うことはないか」

 箱をわざわざ取り出さなくてもいいように、ケータイに詩の写真を撮って保存してあった。授業そっちのけで穴が空くほどみていた文章だ。見なくてもだいたい思い出せる。


『貴方は緑生い茂る大樹。私はか細く小さな花。同じ花畑にいたのに、私の中の貴方だけが大きくなり続ける。同じ季節にいるのに、臆病という名の根っこが私を縛って近づけない』


「ケチつけるつもりは毛頭ないんやけど、強いて言うなら」

 吉槻はケータイの画面を見つめながら考えを述べてくれた。

「自らを花に見立てて、更に同じ花畑にいたっていうんなら、貴方――つまりは花川くんのことも、花に例える方が自然だと思うねんけどな。花が成長しても樹にはならんよね。樹が花を咲かせることはあるけどさ」

「なるほどな……」

 一理ある。

「でも、詩の解釈なんていくらでもできるわけやしな。樹と花、種の異なる絶対に叶わない恋を言いたかったのかもしれへん」

「なるほどな……」

 同じ人間なのだから絶対に叶わないと断言するのは早計だと思うが。

「ただ、折角好きな人にプレゼントする詩なんやから、もっと前向きにしてもよかったと思うなあ。暗い詩が好きなんか、それともネガティブな様相にすることによって、自分の恋は叶わない位置にあるけれどそれでも諦めきれないっていう自分の思いの強さを強調したかったのかもしれへん」

「なるほどな……?」

 ……詩に対する知識や教養がなさすぎて似たような相槌しか返せない。

「ま、うちがわかるのはこれくらいかなあ」

 両手をあげて降参のジェスチャーをする。

「いや、ありがとう。参考になった」

 お礼を言うと、急に吉槻は真面目な顔をして、

「余計なお世話やろうけど、花川くんにとって真鈴さんはなにものにも代えがたいひとなのかもしれへんけど、君をこんなにもしっかり想ってるひとがいるってこと、覚えとった方がええで」

「……ああ、そうだな」

 加賀屋かがやといい、吉槻といい、僕を迷わせるようなことを言ってくる。

「ほな、頑張って。うちはまだお菓子を配り終えてないからちょっと行ってくるわ」

 手を振って、吉槻が離れていく。彼女は教室の端の方にいつも集まっている女子グループに混ざっていった。

 ふう。昼食を再開しようと、焼きそばパンを咥えたところで、堺さんが遠慮がちに僕の顔を見た。

「花川さん、元気出してください。どちらを選ぶことになっても、それは花川さんの決断なのですから。誰も責めませんよ」

「僕は元気だ。ありがとう」

 それならいいんですが、と堺さんもご飯を食べ始める。僕のせいで彼女の昼休みをたっぷり消費させてしまった。

 壁にかけられた時計に目をやる。ただいま一時十分。どんな結果にせよ、あと三時間後にはきっと決着がついているだろう。

 もう僕が相談できるような友人はいない。今まで得たピースで当たっていくしかないのだ。あと小一時間だけ、考えてみよう。

 昼食を終えた僕は、五限目の準備をするため、カバンに手を伸ばした。



 五限目終わりの休み時間に、僕は自分の教室を出て行った。八組の教室を覗き、加賀屋を呼ぶ。

「すまん。手伝ってほしいことがあるんだ」

 そう頼み込むと彼は、薄い笑みを浮かべた。

「力になれることがあったら言ってくれよとは言ったが、こんなにも早くとはな。かまわんぞ」

「ありがとう。この中から、ある条件でピックアップしてほしいんだけど」

 僕はケータイの画面を加賀屋に向けた。彼が目を細める。

続きます。

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