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ハルハニズム~この秋雨を忘れない~  作者: 幕滝
スペシャルアメージングバレンタインデー
35/45

三.二限目後・堺麻子

前回の続き。


・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。

・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。

・堺麻子*高校一年生。黒髪眼鏡の優等生。茶目っ気もある。

 二限目に考えていて思ったことは、おそらく現時点の情報量では贈り主に至ることはできなさそうだということだ。しからば僕は足で情報を稼ぐことにした。僕に素晴らしいガトーショコラを贈りそうな知り合いを当たるのだ。

 僕と雑談ができる程度の仲の女子の数は……、いち、に、さん……。多くて三人くらいか。どのひとも僕にチョコレートを贈ってくれるイメージは浮かばないのだが、ただのクラスメートよりは可能性は高い。

 ……近場から攻めていこう。

 僕が話すことができる女子ひとり目、隣の席のさかい麻子まこである。成績では学年で上位争いをしているほどの優等生で、相談を受ければ真摯に話を聞いてくれる。男子にも女子にもおしなべて人気のある人だ。

 二限目の授業が終わり、僕は早速身体を横に向けて、堺さん、と呼びかけた。

「どうかしましたか、花川はなかわさん」

 最近新調したらしい、彼女の眼鏡の黒縁が電灯を反射してキラリと光る。

「相談があるんだけど」

「……ちょっと待ってください」

 僕が言うと、堺さんは首だけでなく椅子ごと動かして、聞く姿勢をとった。

「そんなに真剣になって聞く話でもないんだ。軽く聞いてくれ」

「そうですか。なんでしょう」

 話しかけたはいいが、話の段取りは決めていなかった。なんと言って話そうか。

「――今日二月十四日といえば、何の日だろう」

 堺さんは小首を傾げて答えてくれた。

「……バレンタインですかね?」

 肯く。

「そう。バレンタインだ。堺さんはバレンタインデーをどう思っている?」

「どう思っている……ですか。そうですね」

 僕の質問の意図がわからないでいるだろうが、堺さんは答えを探り始めてくれた。

「企業のマーケティング戦略……ですかね」

「…………」

 案外、即物的なことを言うんだなあ。堺さんは右手の人差し指を立ててみせた。この人が何かを主張するときの癖である。

「バレンタインデーそのものは世界中にありますが、女性が男性にチョコレートをプレゼントする形式は日本独自のものだった気がします。製菓会社が販売促進のために、チョコレートと恋人の日であるバレンタインを繋げて提案したのが起源だったんですよ。バレンタインのお返しをするホワイトデーは欧米にはありませんし」

 堺さんは一時期外国にいたせいか、海外事情に詳しい。ホワイトデーが存在しないというのも、自ら見聞きした経験なのだろう。

「つまり、堺さんは企業の策略に乗せられた日本のバレンタインデーはあまり好きではないんだな」

「そうは言ってませんよ。チョコレートは大好きですし。友チョコだったりでいただけるのであればちゃんとお返しはします」

 むしろ、と彼女は言う。

「企業のキャンペーンとはいえ、ここまで根深く一種の文化として定着しているのですから、バレンタインはクリスマスに並ぶ程のイベントだと言っても過言ではないと思いますけどね。みんなが楽しんでいるのであれば私もそれを楽しむ。郷に入っては郷に従えです」

「なるほど……」

 すっかり話の主導権を握られ、何の話をしているのか忘れていた。そうだ、僕は彼女がチョコレートを贈るような人物なのかを探るために話しかけたのだ。

「もらえたら返すって堺さんは言ってたよな。それなら、逆はどうなんだ。堺さんから誰かにプレゼントしたりはしないのか」

「しません……ね。食べるのは得意なんですが、作るのはあまり得意じゃなくて」

「大食いするわけじゃないし、食べることに得意も不得意もないと思うが」

 どうやら堺さんはもらう専門らしい。堺さんにチョコレートを貰えたのならクラスメートに自慢できるなと思っていたけれど、その思惑は叶わないようだ。

 ところで、と堺さん。

「花川さん。もしかしてチョコレート、誰かからもらいました?」

「…………」

 ――どうしてわかったのだろう!

「あら。もしかして図星だったんですか。社交辞令のようなものだったんですが」

「ず、図星だなんて……。僕がチョコレートをもらうような男に見えるか?」

「見えるか見えないかは置いておくとして、否定しないんですね」

 置いておかれた。そこは肯定してほしかったな。社交辞令として。

「どなたからです? やっぱり真鈴ますずさんですか」

「やっぱりってなんだよ」

 ふふふ、と堺さんは目を細めた。

 そういえば、何度か堺さんの字を見たことがあるが、彼女の字は角のまるっこい字ではなく、ペン習字経験者のような堂々としたそれだった。字体で考えるのであれば、贈り主は彼女ではない。だから僕が今置かれている状況を話しても別に構わないんじゃないかと思えてきた。

「堺さん、聞いてほしい話があるんだけど」

「なんでしょう」

 そんなわけで一部始終を話すと、堺さんは「そういうことだったんですか」と神妙に頷いた。

「朝礼前は身体を丸めて硬直していましたし、一限後はカバンを抱えて一目散に教室を出て行くから、体調が悪いんじゃないかと心配していたんですが」

 傍からみれば僕の行動はそう見えていたらしい……、とりあえず心配してくれていたらしい堺さんに感謝だ。

「どちらも傷つけたくないなんて、花川さんは優しいですね。ですが贈り主の正体がわからないことにはそっち方面へのアプローチはしようがありませんよね。真鈴さんに頼んでパフェを食べに行くのは別の日にしてもらってはどうですか」

「それがな、ホニャララバレンタインパフェは本日、二月十四日限定のメニューらしいんだ。だから日にちをずらすことはできない」

「ははあ。そうですか……。申し訳ありませんが、私には力になれそうにありませんね。私にわかることと言えば、贈り主の方がとても緊張していたことくらい……」

「緊張?」

「ええ、なぜなら――」

 彼女の言葉を遮るように、三限目が始まるチャイムが教室に鳴り渡る。

「なぜなら、なんなんだ」

 堺さんは困り笑いをした。

「揚げ足取りみたいなことを言おうとしていたんです、気にしないでください」

「なんだ、気になるじゃないか」

「……カードには、『追伸・中身のチョコを食べてください』のような主旨のメッセージが書かれていたんですよね。でも中身はガトーショコラだったんでしょう。ガトーショコラは確かにチョコレートを使っていますが、ガトーショコラをチョコケーキとはいっても、チョコとは呼ばないんじゃないでしょうか」

「だから、緊張して書き間違えたと」

 堺さんは肯いた。言われてみれば、不自然な気もする。緊張……していたのか。

「うーん、すみません。やっぱり私では力になれそうもありません。いつも花川さんにはお世話になってるのに、恩を返せず申し訳ないです」

「別に気に病むことはないから。口にしたことで頭の中を整理できたし。ありがとう」

 申し訳ないです、ともう一度詫びをいれる堺さん。

続きます。

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