二.一限目後・ガトーショコラ
前回の続き。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
考える時間は確かに腐るほどあるのだけど、カードは情報量が足りなさすぎるし、もうひとつの手がかりである青い箱を授業中に開封できるはずもなく(授業中でなくても教室では開封したいと思わない)、一限目は特に発見もなく終わってしまった。
休み時間は毎回十分しかない。僕はすぐにカバンを掴んで(勢いよく教科書類が詰まったカバンを持ち上げたので肩が脱臼しそうになったのは秘密だ)、男子トイレへ向かった。
トイレ内で食べ物を取り出すのは抵抗があるが、個室で開封した。リボンをほどき、箱をひざの上にのせる。箱の上部がフタみたいに開けるようになっていた。開くと、チョコケーキがおさまっていた。たぶん、ガトーショコラと呼ぶのだろう。おそらく手作りで、見た目はとてもおいしそうだった。お菓子以外のものは箱の中には入っていない。
ガトーショコラは食べやすいようにカットされており、試しに一切れ取り出して食べてみた。チョコレートの濃い香りが口内に広がる。
「ああ、美味い」
元々、調理に慣れている人が作ったのだろう。それに加えて誰かが僕のために作ってくれたのだと思うと、更においしく感じてしまう。この勢いでどんどん食べてしまいたかったが、放課後にチョコレートパフェを食べに行くのだから、できたら今夜か、明日にでも頂こう。
閉じようとして、見逃していたものに気づいた。白地のフタ裏には、数行分の文章が記されていた。カードのそれとは違い、遠慮がちな小さな文字だったので、気づかなかったのだ。詩のような文体で、贈り主が書いたもので間違いない。
曰く、
『貴方は緑生い茂る大樹。私はか細く小さな花。同じ花畑にいたのに、私の中の貴方だけが大きくなり続ける。同じ季節にいるのに、臆病という名の根っこが私を縛って近づけない』
芸術方面に疎い僕だからこの詩を評価することはできないけれど、バレンタイン菓子に添えた歌詞なのだから恋歌なのだとは思う……。
とりあえず、ありがとうと心の中でお礼を言っておいた。僕のために考えてくれたんだろうな。
お菓子をカバンにしまって、教室に戻ろう。残念ながら、贈り主についてわかったことはお菓子を作るのが得意だということと文学を好んでいることくらいだった。
教室ではいくつかの女子グループが、持参した手作りチョコレートの交換会をしていた。近年は本命チョコよりも、いわゆる友チョコの方が流行っているようだ。
席についても、ガトーショコラの甘さが口の中に余韻を残していた。お菓子を作れ、包装も丁寧で、文字も読みやすく綺麗だ。昔から文字はその人の性質を表すと聞く。ガトーショコラをあらかじめいくつかにカットしていたし、気の利く子なのだろう。贈り主はきっと良い子に違いない。
そんなことを考えていたら、二限目が始まるチャイムが鳴った。
続きます。




