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ハルハニズム~この秋雨を忘れない~  作者: 幕滝
お菓子はいいから、悪戯させろ!
3/45

一.急なお誘い

春樹は、クラスメートの堺麻子に誘われ、将棋部のハロウィンパーティーに参加することになる。そこで彼らが遭遇したのは、お菓子を盗んで消えたジャックオーランタンのトリックだった――。


・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。

・加賀屋蓮*高校一年生。春樹の中学からの友人で体が大きい。

・堺麻子*高校一年生。黒髪眼鏡の優等生だが、茶目っ気もある。

 僕、花川はなかわ春樹はるきには妹がおり、名前を椿つばきという。生意気だが、僕より頭の良い中学三年生である。

 そして僕には、あるひとりの友人がいる。名前を加賀屋かがやれんという。ガタイが良く、スポーツマンみたいな身体をしている。人思いで、ド直球な性格は褒めるべき長所だが、同時にそれが欠点でもある。

 僕が男であるように、加賀屋蓮もまごうことなく男であり、そうであれば女性を好きになってもなんらおかしなことではない。だから現在、惰性的に続いている彼の恋に口を挟もうとは思っていないし、反対に、アドバイスや助言をするつもりもない。僕は、遠目に彼を見守っていくだけだ。

 だから、僕がここで彼の頼みを素直に聞こうとしないのは、別に理にかなっていなくはないだろう。

 ……まあ、本音を明かすと、今回ばかり(と言っても今回しか彼の恋路は知らないのだけど)は、彼の恋が実ってほしいとは個人的に思っていなかった。むしろ、悪く思っている。

 長ったらしく遠回りするかのような言い方をしてきたが、はっきりと言おう。

 彼の想い人とはつまり、花川椿――僕の妹なのである。


 加賀屋蓮はとても大きな図体をしている。

 彼を物理的に大きく見せているのは脂肪ではなく筋肉で、おかげで走りもとても速い。中学時代に陸上部で中々の好成績を収めていたと耳にしたことがあるくらいだ。

 そんな僕と体格差のかなりある加賀屋だから、彼が小さく縮こまっていても、正対する僕と視線の高さがやっと揃うほどである。

 顎を引き上目づかいをしているつもりでいる加賀屋は、ぼそぼそと繰り返す。

「何と引き換えならいいんだ」

「はあ……」

 僕はため息をつく。

 この台詞を何度聞いたことか。

「だから、交換とかそういうものじゃないだろう」

 このやり取りをかれこれ数十分は繰り返している。

 十月最後の日の放課後、僕のクラスの教室。一日分の授業を終え、下校するため教室を出ると、そこで加賀屋が待ち伏せていた。彼曰く『お願い』があるらしく、友のよしみで話を聞いてやることにしたのだ。

「簡単なことだろう? 春樹が少しケータイを操作すればいい話だ」

「そういう問題じゃない。気が進まないんだよ」

「わかってるって」

 加賀屋は言う。

「友人が自分の妹と仲良くなりたいと聞いて、気を良くするやつなんてまずいない。春樹は今までずっとそう思っていたんだろう?

 だが、少しだけ考えてなおしてほしいんだ。ただ連絡先を交換したいと言っているだけじゃないか」

 加賀屋蓮の頼み事とはつまり、椿の電番を渡してほしいということ。椿は多分、それを断ろうとはしないし、加賀屋に惹かれることもないと断言できるが、万が一があってはならないのだ。僕の友人が妹と付き合うだなんて気持ちが悪い。そこらへんは上手く言い表せない、兄としての複雑な心境がある。

 とにかく、このままでは埒があかない。話し合いは、どちらかが譲歩しないことには終着しないのだ。

「逆に訊こう。どうしたら諦めてくれる?」

 加賀屋は即答した。

「完全に脈がないと俺が判断したら諦める。そのためにまず会わせてくれ」

 会わせてしまうと十中八九、椿の連絡先を入手することになってしまう。同じことだ。

 少し考えてから、言った。

「僕が椿にお前をどう思っているかについて聞こう。それから僕がこれからを判断する。加賀屋に電番を教えていいか訊くのかもそれからだ」

 加賀屋は考えるように少しだけ黙ってから、ゆっくり頷いた。どうやら、譲歩してくれたのは彼の方だったようだ。

「……わかった。春樹を任せよう」

 それから念を押すように言う。

「本当に、椿さんにしっかり言ってくれよ」

 加賀屋は「時間を割いてくれてありがとな」と言い、カバンを背負って教室を出て行った。加賀屋なら、僕の言うことを信じてくれるだろうとは思っていたが……、本当に椿に伝えるかどうかは、考えておこう。なんなら、このまま有耶無耶になるかもしれないな。

 僕も荷物をまとめて教室のドアへ歩み寄る。


 教室のドアを開けた途端、目の前に眼鏡をかけた女子高生が現れた。彼女は一瞬驚いたような顔をし、そして、微笑んだ。

「あら花川さん。奇遇ですね」

 同じクラスのさかい麻子まこだ。誰とでも仲が良く、僕とよく会話してくれる数少ない女子のひとりである。

「奇遇って。僕と堺さんのクラスはここなわけだし、別におかしなことではないだろ」

「いいえ。花川さんが放課後も教室に残っているのは滅多にありませんから」

 いつもまるで誰かと競うように早く帰るじゃないですか、と堺さんは冗談交じりに笑った。

「堺さんは教室に何の用なんだ」

 僕が訊くと、堺さんは首を伸ばすようにして、僕の肩越しに教室を見回す。花川さんしかいないんですね、と呟くと、真っ直ぐに僕を見据えた。

「花川さん、今、時間ありますか」

「ん……」

 彼女から視線を外して、考える。堺麻子は他の同級生ほどじゃないが、まれに僕に面倒な仕事を押し付けてくる。断られれば素直に引き下がるだろうし、こうやってまずは前置きしてくるから良い子ではあるのだけど、今日はすでに加賀屋と楽しくもない話し合いをしてきたばかりだし、丁重にお断りしようか。

「暇そうですね。じゃあついてきてください」

 返事も待たずに堺さんは踵を返す。僕は慌てて彼女の背中に声をかける。

「ちょっと、堺さん。まだ時間があるだなんて言ってないじゃないか」

 堺さんはこちらを振り向いたが、止まっている間も惜しいと思っているのか、ゆっくりと後ろ歩きをしながら言う。顔の高さまであげた右手の人差し指を天井に向けて。

「暇がなければすぐに断るでしょう? それなのにいつまでも思議しているところから察するに『時間はあるけど、コイツに付き合うのは面倒だから断ろうか』と考えているのが見え見えです。間違ってますか」

 あなたはサトリか。

「……いや、用事があるのは確かだけど、今までの付き合いから無理をしてでも堺さんについていきたいんだが、元々あった用事の方をどうやって処理しようかと考えていたんだ」

「花川さん」

 堺さんはふっと微笑んだ。

「嘘がお得意だようで」

「…………」

 図星だから何も言えない。

「……まあ、ついてこなければ」

「ついてこなければ?」

 堺さんが立ち止まる。彼女がたまに見せる子供みたいな笑みを浮かべて。

「Trick or Treat――ついてこなければ、悪戯しちゃいますよ?」

 今日の昼休みに、クラスの一部の女子男子がお菓子を広げてワイワイやっていたのを思い出す。もちろん僕は遠目に見ていただけで、どうしてそんなことをしていたのかわからなかったが。

 堺さんの一言で、ああそうか今日は十月三十一日――ハロウィンなんだな、と思い至った。


 いつでも帰れるように荷物を背負い、堺さんの半歩後ろをついていく。堺さんは手ぶらだし教室にも鞄らしきものはなかったから、きっとこれから向かう場所に置いてきたのだろう。

 そもそも僕はどこに連れて行かれるのか。

 改めてそれを訊ねようとしたとき、視界に変なものが入り込んできた。

「なんだあれ……」

 二十メートルくらい先の角に、変な奴がいた。多分、人間だ。中身が見えないほどの大きな白い布を頭からすっぽりとかぶっている。布越しに、人の輪郭が見て取れる。男か女かはわからないし、どんな表情をしているのかもわからないが。人間の顔に位置する部分に、マジックかなにかで、怒っているような目と口が描かれていた。お化けの衣装だろう。

 そのまま白いお化けは何事もなく僕たちとすれ違い、悠々と僕たちが来た方向へと歩いていった。コスプレをしているからといって、いつでもそのキャラに成りきっているわけではない。当然だ。

「随分凝ってますね」

 コスプレイヤーの背中を見送りながら、堺さんがそう口にした。

「そうか?」

 あんなの、使い古しのシーツに少し手を加えれば作ることができると思うんだけど。

「ま、私たちの他にも、ハロウィンパーティーをしたがる人がいるということでしょう」

 その一言で勘づいた。

「そうか、堺さんは僕に怪しいパーティーに参加させようとしているのか。なんだ、また真鈴ますずの陰謀か?」

 同級生の名前を出すと、堺さんは少しだけ口角を上げた。

「花川さんは鋭いですね、相変わらず。でも、今回ばかりは真鈴さんは無関係。――覚えていますか、七月頃に、将棋部の方と仲良くなったじゃないですか」

 確かにそういう奴らと知り合ったが仲良くなってはいない。むしろ軽く敵対していたような気がする。

「今日は私も普通に帰ろうとしていたのですけど、廊下で偶然、骸骨の仮面をつけている浦風うらかぜ部長に出くわしまして。最初は顔がわからなかったので誰かわからなかったんですけどね。声をかけられてびっくりしました。話を聞くとどうやら将棋部でハロウィンパーティーなるものをするらしいのです。

 それで、私も、成り行きで彼らのパーティーに参加することになったわけです。ですけど私、将棋部の人全員と話したことがあるわけではありませんから、知り合いを誰か連れてきてもいいってことになりまして」

 それで教室にただひとり残っていた僕に白羽の矢が立ったということか。とりあえず状況は掴めたが、ひとつ気になることができた。

「堺さん、ハロウィンパーティーと言うからには僕たちも何かしらの仮装が必要なんじゃないのか」

「私もそれが気になって浦風部長に訊いてみたんですけど、何もいらないって言われました。余っているのがいくつかあるそうで」

 ……さようで。

 二階にまで降りてきた。化学講義室はもうすぐだ。

続きます。

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