二.三回目だね。
前回の続き。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。
ドアの前に立ち、真鈴が呟く。
「ここか。三回目だね、ここを訪ねるのは」
僕は無言で頷いた。真鈴の後ろに立っているから、彼女からは見えないが。
頭上、壁から突き出たプレートに書かれた文字は『生徒会室』。一・二回目は文化祭の時だった。早いようで、もう四ヶ月も前のことになる。
ここに来た理由は単純明快、『生徒会室の幽霊』を知った翌日、それを真鈴に話すと、彼女は「生徒会室のことなら生徒会に訊こう」と、言うが早いか僕の手を掴んでここまで連れてきたのだ。
ちなみに生徒会室の隣の部屋は生徒指導室で、つい数日前僕はここにお世話になったばかりだった。それもあり、そう何度も来てみたい場所ではない。
「ごめんくださーい」
と真鈴は木製のドアにノックと声をぶつける。昔の彼女であれば断りもなしに入室していたから、彼女なりに成長しているのだろうとどうでもいいことを考えていた。
はーい、と女性の声が返ってきた。しばらくして、するするとドアが開く。現れたのは生徒会の女子生徒。スリッパの色から三年だとわかる。地毛なのかわからない茶髪には見覚えがある。生徒会役員選挙で名前は見た……、確か……、萱野だ。見たところ、部屋の中には彼女以外、誰もいないようだった。
僕たちを認めた萱野は訝しげに首を傾げた。その反応から向こうも僕たちを覚えているらしい。
「えーっと。なに?」
「今忙しいですか? 聞きたいことがあるんですけど」
「別に構わないけれど。会議までにはまだ時間あるし」
真鈴の肩越しにふたりの会話を見守る。
「……生徒会室の幽霊って怪談知ってます?」
僕は萱野が小さく目を見開いたのを見逃さなかった。
「それはきっと、最近の生徒会室で起きるアレのことかな?」
それなりに知れ渡ってるんだね。萱野が言う。
「アレ、とはなんですか。教えてくれますか」
「いいよ、別に隠すことじゃないし」
むしろ萱野の声のトーンの上がり方からして、人に話せることを嬉しがっているくらいに見える。
「ま、入ってよ。立ってるのもなんだし。散らかっているけどね」
萱野が中に招き入れてくれた。彼女の言葉は謙遜などではなく、生徒会室は昨日探しものをした空き教室と同じように散らかっていた。ホコリが少ないだけマシではあるが。
中央の長テーブルを囲むように置かれている椅子に真鈴と並んで腰かけた。物珍しそうに真鈴はあちらこちらに視線を移している。そういう僕もキョロキョロ周りを見渡していたが。おや、あんなところには文化祭で使われていた看板があるじゃないか。
僕らの向かいに座る萱野。
「わたしは萱野って言います。改めて、よろしくね。わたしの記憶が正しければふたりは文化祭の時の聡い二人組だよね」
なんのことかと思ったが、そういえばあの時、僕の推理を彼女に説明したのだ。
「えへへ、聡いだなんてそんなことないですよ」
後頭部をかく仕草をする真鈴。お前は確かにそんなことはない。
「あらためまして、わたしは真鈴あやめといいます。こっちは付き添いの花川春樹」
自己紹介を終えて、萱野に話をしてもらうように促す。彼女は頷いた。
「今となっては、始まりはいつからだったかわからない。でも私たちが異変に気付いたのは、二か月くらい前からなの。それも人為的な仕業だと確信が持てたのは一週間前の定例会の次の日」
「人為的? ひとのやったことだと思っているんですね?」
思わず口を挟んでしまった。幽霊ではないのか?
「ええ。でも、人間がやったとは思えない側面もあるのよねえ。だから生徒会室の幽霊と呼んでいるのだけど」
「おかしな点があると」
「うん。さっき言った通り、生徒会室に、誰かが侵入した形跡があることに気づいたの。室内の物が明らかに移動していたから。それで気になって、わたしたち生徒会は御田先生に尋ねた。知ってるか知らないけど、御田先生は生徒会の世話を焼いてくれている先生。基本的に生徒会室に入るのは御田先生しかいないわ。
でも、御田先生は生徒会室には入っていないそう。顧問の御田先生が嘘をつく理由もないし、たぶん本当のこと言ってるんだと思う。もちろん、生徒会室が無人の時は施錠するし、鍵は職員室で管理されている。生徒会以外の生徒はその鍵は借りられないし」
この学校のあのシステムなら、いくらでも掠め取れそうだけど。
「それで、生徒会室に誰かが入って、何か盗っていったりしたんですか?」
僕が一番訊きたいことを真鈴が代弁してくれた。萱野はかぶりを振る。
「ううん。それがまた不思議なところ。物が動かされこそすれ、何かが盗られたわけじゃない。だから幽霊の仕業なんじゃないのかなって誰かが言いだしたのよね」
「なるほどな……」
僕は腕を組む。こうしてると落ち着ける。口を開く。
「いつからだったかわからない、と始めに言ってましたよね。ということはつまり、それが何度か続いたということですね?」
相手は肯いた。
「そう。目的もわからない誰かは、毎週のように生徒会室に入っているようだった。毎週のように――ではないね。毎週、決まって定例会の次の日に生徒会室に入っているようなの」
「この後に定例会だってさっき言ってましたよね。今日は水曜日だからつまり、毎週木曜日ですか」
「そうなるわね。まったく誰が何のためにそんなことをしているのやら。わたしの話は以上だけど」
毎週決まった日に生徒会室に忍び込む誰か。奇妙なのはそれに加え、物を動かしこそすれ、何も盗らない点……。まとめるとこういうことか。
「いくつか質問いいですか」
「どうぞ」
「動かされていたものってどんなのですか」
「いろいろよ。見境なく。部屋中あちらこちら。そこの本棚の前にあるペンキの山や、あそこの置物、あの看板も。挙げだすときりがない。足の踏み場所を確保しているようにも見えるし、散らかしているようにも見えるわね」
ふうん……。あと訊いておきたいのは――、
「この部屋に価値のあるものってどれくらいあります?」
萱野は顎に人差し指をあてて考えるそぶりを見せた。
「んんー。ないんじゃない? しいていうなら過去数十年分の生徒会の資料っていう歴史価値のあるものくらい」
つまりほとんどないってことだな。真鈴を見る。
「僕はもう訊くことはないけど、真鈴は何かある?」
「そうだねえ……」
そして何か思いついたらしい。
「最後の質問なんですけど」
真鈴はそう前置きをした。
「幽霊が現れるとしたら今日なんですよね。夜までこの部屋に隠れてもいいですか」
萱野が目を丸くする。顔には、『なにを抜けたことを』を書かれているようだった。当たり前だ。
「それは……、うーん。さすがに無理。……そうよね? 三坪クン」
萱野が誰もいないところに問いかける――否、真鈴とともにそちらを見ると、確かに男子生徒らしい背中が戸棚の前で座り込んでいた。三坪くんと呼ばれた彼が振り向く。シャープな顔、フレームの細い眼鏡からは、知的で、堅そうな印象を伺えた。ザ・生徒会といった人である。手に分厚いファイルを持っているから、今までそれを読みふけっていたらしい。
「御田先生は生徒会会議が済んだらそそくさと帰宅するそうですから部屋に潜むのは簡単でしょうけど、それを許可してしまって何か起きたらこちらの責任問題ですからね。生徒会室を、誰かもわからない人たちだけにするわけにはいきませんし」
失礼な奴――。少し、カチンときたが、黙っていることにした。真鈴の握りこぶしに力が込められているのが見て取れた。お怒りなのが一目瞭然だ。
「……でも。そうだ」
静かに、三坪は言う。
「こちらは責任を一切取りませんが、完全下校後、校舎に侵入するというのはどうでしょう? 先生が少なくなってきた頃を狙えばやりやすいかもしれません」
「三坪くん、そんなことできるの? 先生に見つからなくても、鍵とか、障害があると思うけれど。警備員とかもいるんじゃない」
萱野が問うと、眼鏡の生徒会役員の頬が緩んだ気がした。
「この昔の生徒会ファイルに書いてあったのですが」
彼は手元の分厚いそれを持ち上げた。
「この高校は職員室付近と、各入り口と一階の窓にしかセンサーはつけていないそうなんです。機械任せで警備員もいないそうですし。これには、外の非常階段から四階まであがれば安全に侵入できるとあります。つまり、今のうちに四階の非常階段に繋がる扉にばれない程度に、紙くずか何かを挟んでおいて外から入れるようにしておき、夜にそこから侵入すればいいのです」
口が動いている間、視線はずっと萱野に向けられていた。僕たちが嫌いなのか、初対面の人が苦手なのか。それとも、僕たちのことなど気にしていないのか。
と思ったら、僕を見た。
「もしここに書かれていることがガセで、君たちに処罰が下っても、責任はとりませんが」
責任責任うるさいな。
僕はずっと黙っている真鈴に水を向けてみる。
「真鈴、やるのか? 不確かで賭けみたいな侵入方法だけど」
真鈴の方を見る。口角が微かに上がっていて、この後の彼女の答えが予測できた。挑発めいた口調で言われれば、負けず嫌いの真鈴は簡単に乗ってしまうのだ。
「答えはね、イエスだよ」
続きます。




