0.ある日の
春樹が耳にした坂月高校版「紫の鏡」の怪談話。鏡の中に潜む幽霊が、生徒会室で出るという……。
気持ちが途切れてしまったからか、二限目が過ぎたあたりから頭が重くなり熱も出てきたようで、俺は早退することになった。残念ながら、タバコは効果がなかったか、逆効果だったようだ。いつもより不味かったし。
ひとりで南門から学校を出る。普段この時間に学校の外に出ることはないから、新鮮な気持ちではある。
これだけで、学校を離れていってしまうのが名残惜しい。もし放課後まで頑張っていたら、鳴神先輩とすれ違うことくらいはできたかもしれないのに。昨夜、俺なんかが鳴神先輩をちょっとでも独り占めしたからバチでも当たったのか。
「……こほっ。こほっ」
咳払い。
それにしても、まるで呼吸をするように自然と鳴神先輩のことを考えている自分に、今更ながら驚いてしまう。あの人の、腰まである艶やかな黒髪の後姿を見かけただけで、その日は夜まで晴れやかな気分でいれてしまうのだ。
次の角を曲がれば通っている坂月高校は見えなくなる。
ふと、なんとなく、俺は学校を振り返った。道路のまっすぐ百メートルほど先に、立ち塞ぐようにして校舎が鎮座している。窓が横に四列で等間隔に規則正しく並んだ無表情の壁。南門がある側は、敷地に入ってすぐに校舎があるから、迫ってくるような感じがする。
俺のほぼ正面に位置する、遠くの窓のうち、ひとつをなんとなく見る――次の瞬間、目を見開いた。そこから、人間大の大きなナニカが、地面へ落ちていったから。
ナニカを覆っているような黒い糸の束が尾を引くようにして、ナニカは下に下にと引き寄せられていく。
地面に落ちるのに要した時間は一秒もなかったろう。衝撃音はこの距離ではしなかった。学校の塀に阻まれ、今はその姿を見ることはできない。でも、その人間大のナニカが本物の人間で、長い黒髪の女子生徒だということは、頭が勝手に判断した。
そしてその頭が判断する前に、俺の足は来た道を戻って走り出していた。コートで身体が動きづらかろうが、風邪を引いていようが、関係ない。
気づいた。
あの窓のあった部屋は、生徒会室だ。
そして今、落ちたのは――――。
続きます。




