三.二兎追う者は一兎をも得ず。
前回の続き。解決編。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。
・堺麻子*高校一年生。黒髪眼鏡の優等生。茶目っ気もある。
・井口菫咲*言動や格好から勘違いされやすいが、優しく友達想い。
・白石先生*春樹たちのクラスの副担任で、先生の中では若いほう。生徒指導担当。
廊下では花川くんが酷いことを平気で言うな、と堺さんに返している。
俺は先ほど目を通した花川くんの反省文を再び手に取る。……まさか。
……だとすれば。
……そういうことに、なるのか?
「花川くん。ちょっといい?」
俺はそれを持ったまま、廊下に出て彼に声をかけた。
おそらく、この一言で彼に伝わるはず。
「君のノートを見せてもらえるかい? なんでもいい」
花川くんの目がほんの少しだけ見開かれた気がした。堺さんが心配そうに花川くんを後ろから見つめている。
「……わかりました。お見せします」
彼は鞄から数学の大学ノートを取り出し、俺に差し出した。ノートを開き、原稿用紙と見比べる……。
「やっぱりか。この反省文は君が書いた物じゃないな?」
花川くんは無言で首を小さくひねった。肯定・否定がはっきりしない。
俺は言う。
「この反省文は生徒指導室に保存されていた、過去の誰かが書いたものだ。花川くんはそれをくすねて自分のものとした。放課後君が向かった先は生徒指導室だろう? これを取りに――盗りに行っていたんだ。他人の反省文の名前を消して、自分の名前を書き、教室で書くフリをして、適当なタイミングで提出する。それが花川くんの作戦だ」
こういうのも灯台下暗しと呼べるかもしれない。俺が校舎内を歩いていた間、ホームとも呼ぶべき生徒指導室に花川くんはいたのだ。
「その証拠に、君のノートの筆跡とこの反省文の筆跡は違う。男が書いただろうものを選んだのだろうが、照会すればさすがにわかるよ」
それに、名前欄と本文は線の太さが微妙に違う。鉛筆は書けば書くほど先が丸くなり線が太くなる。名前と文の線に違いがみられるのは、当然、違う鉛筆で書かれたからだ。
花川くんは口を開いた。
「白石先生、凄いですね。もしかして、さっきの僕と堺さんの会話で察したんですか」
頷く。
「そう。ピアスだ。僕は今の今まで、君がピアスを没収されていたことを知らなかった。生徒指導担当とはいえ、全てを把握しているわけじゃないし。僕にだって、授業の準備があるし。
君はピアスを故意に没収された。アクセサリは一回目は没収だけで、反省文のペナルティはない。ピアスが手元から無くなることを除けば、デメリットはないんだ。そのシステムを逆手にとって、生徒指導室に入りこむチャンスを作った。昨日、花川くんは見ていた。生徒から没収したアクセサリをセーシの隣の部屋の金庫にしまいに行く先生を。そしてその先生が扉の向こうに消えてから、君がセーシを出るまで帰ってこなかったこと――つまり隣の部屋に行ってしまえば少し時間がかかることも覚えているだろう。
ピアスを没収された時、もしくは放課後取りに行く時、セーシに他に先生がいなければ、生徒指導室はもぬけの殻になる。そこに保存されてある過去の反省文を、ロッカーから盗み出すことも可能だ。反省文を保管していることは僕が教えてしまっていたし。それなりに時間があるから、多少選りすぐることもできたろう」
喋りながら、生徒指導室のセキュリティを強化するべきだと感じた。
花川くんが口を開く。
「本人を守るために名前は言えませんが、ピアスは毎日そういう類を学校に持ってきている女子に借りました。耳たぶに穴をあけなくてもいいものを。ノンホールピアスってやつらしいですね。髪型を少し変えて、それが見えるようにして、昼休みに廊下を歩き回りわざと捕まりました」
すみません、と花川くんは頭を下げた。
「とんだ浅知恵でした。もう一度、反省文を書きに戻ります」
俺の横をすり抜けて教室に戻ろうとする彼の肩を掴む。
「いや、いいさ。幸いなことに、このことを知っているのは、僕と堺さんだけだからね」
「え。本当にいいんですか」
拍子抜けしたような顔を見せる花川くん。
「その代わり、次はないからね」
「……すみません。ありがとうございます」
思いついた台詞がある。
「今から言うことは、他の先生には秘密にしておいてくれよ」
俺は手招きをして、花川くんと堺さんを近くに寄せる。子どもが秘密話をするみたいに、こそこそと。
「こんなものより、君たちにとっては、遊ぶことの方が大事なんだ。――今のところは、ね」
花川くんは肩をすくめ、堺さんは苦笑いをしていた。
俺の高校時代は懸命に打ち込んだ学業と、生徒会の仕事に追われていたことと、今も引きづっている大きな後悔しかない。彼らにこうはなってほしくないのだ。文字通り、俺を反面教師として学校生活を送ってもらいたいものだ。
お、と花川くんが廊下の向こうを見て、呟く。堺さんと同時にそちらに視線を向けると、真鈴さんがこちらに向かって歩いてきていた。
ありがとうございました。




