6.[11月8日]間/七.[12月10日]隙
前回の続き。
[注意]この章では作者の偏見や思い込みが含まれた描写が多数あります。気分を悪くされる方がいるかもしれません。それを承知の上で、お読みください。
十一月に坂月高校に転校してきた関西弁の少女・吉槻。花川春樹は彼女と遭遇した不愉快な悪戯の犯人を追う。
一方、水城悠貴は真鈴が複数の女子生徒から攻撃されている事実を知る。問題解決に向け、彼は行動する。
・花川春樹*面倒臭がりで推理小説が好き。
・水城悠貴*長身で余裕があるように見えるが気弱な一面も。
・井口菫咲*言動や格好から勘違いされやすいが、優しく友達想い。
SIDE 水城
再び井口にであったのは、契約成立から丁度一週間経った頃のことだった。学校から家へ向かう道すがら、歩道の先に、スカートを短くして髪を染めた、いかにも不良と呼べそうな身なりの少女がひとりで歩いていたのを見つけた。
声をかけてみると案の定、井口菫咲だった。よぉ、とおよそ女の子らしくない挨拶を返してきた。彼女の隣に並ぶ。
「ちょうどお前に話そうと思っていたことがあったんだ」
と井口は話を切り出してきた。
「今日、キリタニたちが下足室で一年六組のひとつのロッカーを囲んで盛り上がってるのをみた。雰囲気から、また誰かを標的にした悪戯だと思うんだが」
水城はあれから注意して真鈴のことを観察するようにしているが、さすがに彼女が携帯していないものにまで気を配ることは難しい。
「それで、止めたの?」
井口は白々しく視線を逸らして、肩をすくめた。
「いいや。あの子を狙ったものだと確信は持てなかったからな。まあいちおう、帰ったらお前に報告するつもりだったけれど」
井口は頭の後ろで指を組む。
「まあ、今度見つけたら誰がターゲットであろうと、止めてやるよ」
こういうときの彼女は頼りになる。帰宅したら真鈴さんに連絡をとってみよう、と水城は思った。
「井口さんって家、こっち方向なんだね」
言うと、井口はいつもの、つまらなそうな顔を見せる。
「一週間前だって、帰り道にお前と会っただろ? もう忘れたのか」
乱暴に言葉が返ってきた。そういえばそうだった。これからはもう少し考えてから言葉を口にしようと水城は心に決めた。
数分程、無言が続き、やがて井口が独り言とも質問ともとれるような声量でぼやいた。
「考えてみれば、いじめってどうやったら終わるんだろうな」
井口らしくもない台詞に、少し驚く。だがしかし、その問いは水城がこの一週間、ずっと頭を悩ませていたものと同じだ。
水城はあごを上げて、天を仰ぐ。今日も空は青い。
「まずひとつめに、加害者が飽きたら、だね」
続けていれば、どんな遊びにも飽きは必ず来る。ただし、加害者が飽きるのを待っていたのでは、真鈴の心の傷は更に深くなる。
「ふたつめに、加害者と被害者が関わりを持てないほど離れることかな」
「卒業とかか?」
それまで待っていられるか、と井口が吐き捨てる。それから、何かひらめいたような顔を見せたかと思うと、指を三本立てる。
「みっつめに、あたしのような凄く強い人間が抑止力となる。……なんだよその苦笑いは」
「いや、別に」
実際、加害者に睨みの効く、井口が直接的に脅すのが最も効果的なのかもしれない。ただ心配なのは、慎重にしなければ、かえっていじめが過激になってしまう可能性があることだ。
「まあ、頼りにしてるよ。井口さんのたくましさには」
井口は怠そうに口を尖らせた。
「あたしだっていやしくも女の子だからな? だいたい、お前に男としてのプライドはないの?」
井口の鋭い目つきにもかなり慣れてきた。余裕を含んだ口調で、水城は答える。
「あの時、君に頭を下げた時点で、プライドなんてないさ」
それはそうか、と井口は彼女らしく快活に笑う。
SIDE 花川
「起きなよ。花川くん。生きてるかい?」
この度の居眠りは、男の手によって妨げられることになった。
例によって、僕は椅子に腰かけたまま、机に伏せるようにして眠っていた。自らの腕枕から顔をあげて、声の主を探す。視界のぼやけが薄れていき、彼にピントが合う。
「水城? どうしたんだ」
長身の水城悠貴が、どこかすかした表情をして立っていた。彼が一体僕に何の用なのだろう。
「君を起こしてあげたんだ。感謝しなさい」
「それはどうも」
そこでやっと、周りが静かすぎることに気付いた。教室を見渡すと煙になって消えたように誰もいない。まさか、もう終礼も過ぎてしまったのか?
「放課後か、今」
「まだ寝ぼけているのかい?」
言いながら、水城は教室前方の壁にかかった時計を指差した。まだ放課には随分早い時間である。
「花川くんが覚えているかははなはだ疑問だけれど、次の授業は理科なんだ。もう予鈴も鳴っている」
「はあ。それで?」
「移動教室だ」
そこまで言われて、初めて水城が言わんとしていたことを理解した。僕がこのままさながら眠り姫のように眠り続けていたら、図らずも授業をサボタージュすることになっていた。道理で教室に誰もいないわけだ。理科は他の教室で行うのである。
ただ、永遠の眠りから覚ましてくれる相手が水城悠貴というのは愉快ではない。
だが実際、僕は彼に助けてもらったのだし、初めて、水城にお礼を言った。
「ありがとう。欠席になってしまうところだった」
僕が水城のことを快く思っていないからか、お礼の言葉を伝えるのも、気持ち悪いほどではないにしろ、胸のあたりがむずがゆくなってしまう。これがいわゆる「生理的に無理」というやつなのだろう。
水城と時間差で行くのも変なので、その「生理的に無理」なやつと、一緒に理科室まで向かう。
廊下に出てから、立ち止まった。水城が訝しむような顔で僕を見る。
「どうしたの」
僕はそれには答えず、教室に戻り、鍵を取ってきた。それで南京錠を閉め、教室の戸締りをする。
「さあ、行こうか」
僕についてきた水城が、皮肉っぽい笑みを浮かべている。
「今日は花川くんが日直ではなかったよね」
「そうだな。でも戸締りは必要だから」
水城が肩をすくめる。
「まあ、そうだね。殊勝な心掛けだよ」
僕がそれ以上返さなかったので、無言のまま、進む。廊下では他のクラスの生徒をちらほらと目にした。理科室は意外と遠い。フロアも違う。
ふと、真鈴のことが頭に浮かんだ。
「水城。お前は真鈴と中学が同じなんだよな」
「そうだけど」
「あいつって、どんなやつだった?」
水城が口を閉じた。質問の真意を探ろうとしているみたいだ。
「残念ながら、僕は中学の頃は真鈴さんと全然仲良くしていないからね……。何とも言えない。だから、彼女に関しては花川くん、君の方が詳しいんじゃないの」
水城の言葉には、どこかつっけんどんな響きがあった。それから彼はその違和感を残したまま、続けざまに疑問を呈した。
「どうしてそんなことを訊くの」
「……」
すぐに言葉は口をついてこない。何故かと訊かれたら、もちろん、昨日の一件があるからだ。僕の知らない真鈴。それを知りたかったから。でも、それを正直に話してしまうのは気が引けてしまう。花川春樹は内側を簡単にさらけ出せるような人間ではない。それは僕がよくわかっている。
僕が答えに窮しているのをどう受け取ったのか、彼は小さく口元をゆがませた。
「間違っていたら申し訳ないんだけど。花川くんは、先日の真鈴さんの机の上に花瓶が置かれていたことについて、犯人を暴いてやろうとしているんじゃないの」
「……」
そこまで積極的に行動しようとは思っていなかったが。
角を曲がる。廊下の先、壁から突き出た看板、そこに理科室の名前が見えた。
水城が前を見据えながら、口を開く。
「もし犯人を見つけるといっても、相手が複数だったらどうするんだい。一年六組に水面下で、よからぬことが起きているかもしれないだろう? もしかするとこれからも続くかもしれないし、今まで君が知らないだけで、続いてきたことなのかもしれない。……そうだろう?」
そこまで言われて何も察せないほど間が抜けてはいない。水城が言いたいのは「いじめ」が起きている可能性もなきにしもあらずだということだ。
まさか真鈴あやめに限ってそんなこと……、とは言えない。何の根拠もない。
「水城の言い分は間違っていない。ありがとう」
理科室の扉の前までたどり着いたとき、始業のチャイムが鳴った。
続きます。




