01早咲きの桜
約二カ月ぶりとなる制服を身につけ、佑奈は学校の最寄り駅のホームで翔をまっていた。
「おはよ、おまたせ」
「あ、おはよう」
一分遅れて、翔が姿を現す。
翔の制服姿を見るのも、久しぶりだ。
「なんだかんだで、画面越しにしか顔見てなかったね、この二カ月」
「だな。まぁ明日が終われば、二ヶ月なんがじゃすまねぇけど」
周りに佑奈と同じくらいの学生は焚くイン見当たるが、制服を着た学生はいない。
あたりまえだろう。こんな休日にわざわざ制服を着て遊びにはいかない。
「今日で制服デートも最後だね」
「おう」
やってきた電車に乗り込む。
2月最後の日を迎えた今日は寒さの中に少しだけ春の顔が見える朝だった。
「そうそう明日が卒業式かぁ。翔、ぐじゅぐじゅ泣かないでよ?」
「……ぜってぇ、泣かねぇ」
「見栄張るなって」
「……三年間、あっという間だった?」
「うん、めっちゃはやい! 入学したとこだと思ってたのになぁ」
しみじみと制服を撫でる佑奈。
三年間ともに歩んだ制服は、涙も笑いもすべてしみこませていた。
翔はそっと、佑奈の頭を撫でる。
「よかったな」
「うん!」
元気良く返す佑奈にばれないよう、翔はそっと顔を曇らせる。
渦巻く不安は決して口にしてはいけないことを知っている翔は、黙って佑奈の頭を撫で続けた。
「ついたぁ!」
電車に揺られること、2時間。
佑奈は目的地の駅に着くなり、大きく伸びをした。
「うん、京都の匂い!」
「どんな匂いだよ、ほら、いくぞ」
「あ、まってまって!」
駅のホームを囲むように植えられた桜の木が、つぼみを膨らませている。
京都特有の和風なホームをくぐり、外へ出る。
「んじゃ、まずはどこだ?」
「えっとね、ここが嵐山でしょ、だからぁ、渡月橋!」
地図とカメラを両手に佑奈はスキップで先を急ぐ。
翔はやれやれ、とそのあとを追った。
「うっひょー! 橋だ!」
「橋だな」
「あ、翔、人力車あるよ! のろ!」
「そんなお金があると思うな!」
「えー!」
未練たらたらの目で、人力車を見おくり、それでもすぐに、その先にある商店街に目を輝かせた。
「翔! 八橋だ!」
「おっ。いちごの八橋がある。試食、試食」
「もう、またイチゴ!」
「佑奈! これ、うまい!」
「あーん」
開けた口に、小さく切られた八橋が放り込まれる。
なるほど、これはおいしい。
「え、どうしよう。お土産、これにしよかな」
「反対はしないが、もっと他の見てからのほうが後悔しないとおもうぞ」
「あ、それもそっか」
右にも左にも、おいしそうな香りが漂っている。
佑奈はその香りにつられるたび、ふらふらと立ちよっていき、翔はそのあとをはぐれないようについていく。
「あ、これもおいしいよ、翔!」
「俺、抹茶嫌い」
「えー。じゃあ、これ!」
「おぉ、チョコは王道だな」
「これもおいしー!」
そんなに大きくもない店の中を、小さな子供のようにかけまわる佑奈。
翔はふぅっと息をつくと、口をぱんぱんにした佑奈の手からカメラを取ると、素早く持ってきていた首かけのストラップをつけ、佑奈の首にかける。
「お?」
そして、空いた手に指をからませた。
「あちこち、いきすぎ」
「えへ、ごめんちゃーい」
「お土産は最後だろ。もう次、行くぞ」
「はぁい。次はね、野宮神社!」
「はいはい、案内してくれ」
商店街を通りすぎ、ある一角をまがって坂を上ると、竹林がみえてきた。
「すげぇ……、竹ばっか」
真っ直ぐ空に向かって高く伸びる竹を見上げ、翔が呟いた。
「めっちゃきれいだね! あのねぇ、この先の野宮神社は恋愛の神様があいるんだよ!」
やがて竹林を抜け、小さな神社が見えてきた。
恋の神様に手を合わせおわった佑奈は、つぎはこっち、あっち、と翔を連れまわす。
翔はそのたびに文句をたれながらも、一緒に笑ってた。
北野天満宮。
金閣寺。
そこで写真をたくさんとっては、また笑う。
足も痛くて、しんどいけれど楽しかった。
刻一刻と近づいてくる一日の終わりに気付かないふりをしたまま、
翔は不安を隠し、
佑奈は決意を隠し、
二人は最後の制服デートを終えた。
「楽しかったねぇ!」
「だな」
「もう18時かぁ。そろそろ電車乗らないと……」
「――だ、な。帰るか」
「舞って、最後に寄りたいところがあるの」
ぎゅっと翔の手を握り、地図にのっていない小さな公園へつれていく。
そこには、早咲きの桜が、満開のときを迎えていることを、佑奈は行きの電車がホームに入ったときに見つけていた。
「へぇ、綺麗だな」
「でしょ! お土産も食べたくなってくるよ」
「やめとけ、後悔するぞ」
二人はさびれたブランコに腰をかけ、ゆらゆらと揺れた。
「……」
「……」
無言の二人の間を、ふぅっと風が吹き抜けた。
「翔?」
「どうした?」
「明日、だね」
「――あぁ」
高校三年間の締めくくり。
お別れの日。
〝猫〟との〝約束〟の日。
佑奈はそっと目を閉じた。
自由登校に入って、翔に会わなくなって、〝猫〟を見なって。
明日が終われば、それが日常になる。
そのことを考えない日は無かった。
そのことばかり、考えていた。
〝猫〟とはもう会えなくなるだろう。
でも、もし。もし、帰ってきたら。
自分はどんな答えを出すのだろう。〝猫〟を選ぶのか。
帰ってこないから、翔のそばにいる、なんて答えは卑怯だとおもった。
「佑奈?」
「うん?」
「佑奈が道を選べよ。俺は、佑奈と過ごせたこの7カ月がすごく幸せだった。だから、遠慮なんてせずにさ」
そう言ってやっぱり笑う翔。
〝猫〟とは違う笑い方。
〝猫〟と違う香り。
そのすべてが佑奈の心をくすぐった。
「翔は強いなって、私もそうなりたいとおもってた。私がつらいとき笑わせてくれた。自分が辛くても笑える人」
いつもそばにいてくれた。
翔だってつらいこと、あるはずなのに、笑ってた。
「〝猫〟は大切な人だよ。忘れられない。私がはじめて愛した人。今も大好きな人。だけどね」
佑奈雅大きく体をゆらして、ブランコがゆれる。
応援するように、背中を押してくれる風が吹いた。
「そこに、もう未来がないんだ。私の中で、もうそれは過去に。大好きなことも、過去なんだ」
そう、思えるようになったのは。
「いつもそばで笑ってくれる人のそばにいたい。その人の、光になりたい。翔と、一緒に、未来が見たい」
翔の強さにひかれ、翔の光がまぶしくて。
それも全部、愛おしかった。
佑奈はブランコから降りると、顔を手で覆ってしまった翔ごと抱きしめる。
小さく震える翔が、また、愛おしくて、佑奈はぎゅっと腕に力を込めた。
「――あのね、翔」
「ゆう、な。佑奈……!」
「え、うん? なに?」
「愛してる。……愛してる、佑奈。あいして、る」
その言葉に、佑奈はゆっくりとまばたきをしてから笑う。
「私も、愛してる」
幸せな響きだった。
先を越されて言われてしまったのは、予想外だったけれど、それはそれで嬉しい。
翔も、同じ想いだったのだと、少し安心した。
「……佑奈」
「うん?」
腕の中で、翔がコートのポケットを探る。
いったん、腕を離してそれを見ていると、目をつぶれと言われてしまった。
「え、なんで?」
「いいから、早く」
せかされ、佑奈は仕方なく、目をドジル。
翔が動く気配。
そして佑奈の右手をとると、そっとその薬指に何かをつけた。
「ベタな渡し方で、ごめんな。こったこと、考えてなかった」
佑奈はそっと目を開ける。
「ゆび、わ……?」
「佑奈に似合うなと思って、かったけど、本当は渡すつもりなんてなかったんだ。今日で、終わると思ってたから。だけどやっぱり、捨てきれなくて」
シルバーに輝くリングの真ん中には、桜の花が咲いていた。
佑奈は指輪を、たっぷり一分みつめたあと、泣くのを我慢したように唇をかんで、翔を見つめる。
「ひっでぇ顔」
「う、うるさい!」
「……おいで」
少し服の袖をぬらしながら、両手を広げて佑奈を迎える翔。
佑奈はその胸にとびこんだ。
「あり、がとう……! ありがとう、翔、愛してる……!」
「俺の方こそ、ありがとうな。愛してるよ」
翔の唇に、佑奈は自分のそれを重ねる。
涙でしょっぱいけれど、幸せな味がした。
風が吹く。暖かい。
早咲きの桜がゆれた。花が舞った。
春はもうすぐそこまで来ていた。




