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ふゆのさくら  作者: 舞桜
プロローグ
2/24

夢~あの背は~


はっと目を覚ました佑奈は真っ白な世界にいた。

いや、よくみるとその白は限りなく降り積もる雪。しんしんと、音もなく降り続ける雪の真ん中に、佑奈は立っていた。

 そんな佑奈の目の前には、大きな一本の木。

 蕾をほんのすこし膨らませているその木は、桜の木だと、佑奈は知っていた。

 ここには何度も来たことがある。

初めてみる世界だったけれど、そう思った。

「さむいなぁ」

そう呟いて、そっと目を閉じる。

浮かんできたのは、佑奈が通う高校の校門。あぁと佑奈はため息をついてから、そっ

と校門の横にある人影に目を凝らす。

そこには予想通り〝猫〟がいた。

毛皮と同じ茶色のマフラーに首を巻いて、寒そうに体をちぢこませる〝猫〟。

そんなに寒いなら、私が暖めてあげるのに。

声にならない声で、丸くなる背中にそう呼び掛ける。

「おまたせ!」

そんな〝猫〟に駆け寄る人影が一つ。

この高校の制服を身にまとった女の子だ。

〝猫〟は嬉しそうに顔をほころばせ、立ち上がるとその女の子と手を繋いで、歩いていってしまった。

佑奈は一歩も動かず、目もそらさず、その背中を見つめ続けた。

少し前まであの背の隣は、佑奈の場所だった。

これからも自分だけのものだと思っていた。

たとえ、離れても。

「私は待つよ」

 何度その言葉を口にしただろうか。

「でもね、家出猫が帰ってくるまで、寂しいから」

 ちょっと散歩してくると〝家〟を出ていったきり、帰り道がわからなくなって、気付いたら他の飼い主にちやほやされたバカな〝猫〟。

「ちょっとくらい、拗ねたっていいでしょう?」

 頬を流れる雫は、気づかないふり。

 きりきりと音をたてて痛む心も、気づかないふり。

 不安もなにもかも、気づかないふりをして佑奈は、遠ざかる背中にそっと笑いかけて、目を閉じる。

 そして再びゆっくりと目を開けた佑奈はそっと呟いた。

――あぁ幸せな夢だ。

あの家であの部屋で〝猫〟に初めてを捧げた。

「俺が幸せにしてやるよ」

「うん!」

疑いなんてなかった。

そばにいるのが当たり前だと思ってた。


あの階段で一生の印をもらったと思っていた。

「ずっと愛してる。お前だけな。いつかその指輪、左手にはめてくれな」

「もちろん。でもね、私の方が愛してるよーだ」

「はぁ? 俺のほうが愛してるわ!」

言い争いながらも笑い合って手を繋いでた。


あの場所であの公園で〝猫〟を手放した。

「ごめんな。こんな俺、嫌ってくれていいから」

「嫌わないよ。だからきっと……帰ってきてね」

「絶対帰ってくる。愛してる佑奈」

「私も愛してる。いってらっしゃい」

「あぁ……行ってきます」

お互い泣きながら抱きしめあった。佑奈は声をあげて〝猫〟の胸で泣いた。

〝猫〟は佑奈の頭を撫でながら、ぎゅっと佑奈を抱きしめて、声を殺して泣いていた。


冗談を言いあって笑いあって、永遠の愛を誓って、約束を交わした。

はずだった。

佑奈はそっと目を開ける。

降り続ける雪だけが見えた。

誰かこの雪を止めてほしい。

誰かこの桜を咲かせてほしい。

「ごめんね、私それでもまだ」

そのさきに続く言葉は佑奈自身も聞こえないほど小さな声だった。


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