03一歩
――12月12日。
12月考査という地獄が始まる1週間前を切った佑奈と翔は、久しぶり放課後に駅前のショッピングセンターで遊んでいた。
手をつないで、はしゃぎ合って、プリクラを撮りたいと訴える翔に嫌だと返す。
「あ、もう20時だ」
「えーやだ」
「しょうがないだろ。俺、門限あるし」
「うん……」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
頬を膨らませた佑奈は、クイッと翔の袖を引いた。
「ん? どうした?」
「最後に、行かなきゃいけないところがあるの」
「どこ?」
「本屋」
先ほどよりきつく腕にしがみつきながら、本屋へと向かう。
そんなに大きいとは言えない本屋に足を踏み入れると、独特の紙の匂いに包まれた。
佑奈は迷うことなく、マンガの新作コーナーへと向かう。
「どうした?」
「いや、ちょっとね」
佑奈は新作コーナーに置かれたマンガを一冊ずつ確認し、お目当てのものを見つけると、しばらくそれをじっと見つめた。
去年と変わらない題名に、綺麗な絵調の表紙。
今年の新作の表紙は桜が描かれていた。
「あれ、何のマンガ?」
「サッカーの話」
「サッカー?」
「うん」
なんでまた、と不思議そうな顔をする翔を横目に、佑奈はそのマンガの発売日を確認する。
一番上にあった本の上に、『12月12日発売』と書いてあった。
「よし、じゃ買ってくる」
「お、おう」
さっそく佑奈はその本を手にレジへとむかう。
翔はその場で首をかしげ、佑奈の背中を見送った。
佑奈は、店員さんと一言二言、言葉を交わすと本の代わりにカードを一枚もらって帰ってきた。
「なに、そのカード」
「プレゼント包装にしてもらってるから、それまち」
「――……そっか。なるほどね」
なるほどね、は佑奈には聞こえないように小さく呟いた。
興味があるなんて聞いたことのない、サッカーの本。
プレゼント包装。
佑奈の少し浮かない顔。
それらから全てを理解した翔は、そっとほほ笑んだ。
きっと、一人で買いにくる勇気がなかったんだろう。
「そのカード、ただの番号札のくせに可愛いな」
「え。え、あ、うん。このくま、わざわざ描いたのかなぁ」
翔の意外な言葉に戸惑ったように返す佑奈。
何か言われると思っていたんだろうな、と内心で苦笑しながら翔は話を続けた。
「手作りってところがすごいな」
「うん。頑張ってるよね」
「――プレゼント包装一番でお待ちのお客さまー!」
「あ、いってくる」
「おう」
佑奈が自分の手元にあるカードナンバーを確認してからレジへと向かう。
しばらしくて帰ってきた佑奈の手には、紙袋が握られていた。
「おまたせ」
「うん。じゃ、かえろっか」
「はーい」
再び翔の腕をつかみ、エレベーターで一階まで下る。
人の間をぬって外に出ると、12月らしい寒い風がふきぬけた。
「わ、さむいねぇ」
「もう12月だからな」
出入り口のすぐそばにある駐輪場に留めていた翔のチャリを取り、いつもの分かれ道まで歩く。
「チャリだから、温かくしてかえってね」
「おう。駅まで送れなくてごめんな」
「大丈夫! 気をつけてね」
「佑奈もな。帰ったらいつも通りメールするころ」
「あいあいさー!」
ちゅっと小さく唇を合わせ、翔に手を振る。
どんどん見えなくなっていく翔の背を見送り、佑奈は駅へと向かう。
左手に持っていた紙袋を両手で持ち直し、そっとだれにもなくほほ笑む。
「三年間で最後だしね。もう、来年はないんだから」
紙袋にそっと語りかけるように、佑奈はつぶやいた。
翌日、12月13日もいつもと変わらず朝がやってくる。
佑奈は少し早く登校した。
といっても、いつも遅刻ギリギリな佑奈にとっての『少し早く』は、普通の生徒にとっては当り前の時間なのだが。
「お、偶然だな佑奈。今日は早いんだな」
「翔! おはよ、ちょっとね。翔もはやいじゃん」
「課題をロッカーに忘れたからちょっと早くきてダチに見せてもらおうと思ってな」
「最低だぁ」
くすくすと笑いながら、くっつこうとするとこれ以上来るなと腕をのばされる。
その腕にぎゅっと抱きつこうとすると、凄まじい勢いで避けられた。
「ひっどーい!」
「当り前じゃ」
「ツンデレやろう。葵衣か!」
「はいはい」
げた箱から一歩校舎に入っただけで、少し温かく感じるのは、それだけ風が冷たいということなのだろう。
二階までの道のりはすぐだ。
「んじゃあな」
「うん、またあとで!」
「おう。……ちゃんと渡せよ」
ぽん、と頭に手を置く翔の言葉に思わず驚いた顔で見つめてしまう。
翔はなにも知らないような顔で、にっこりと笑った。
「ほら、もう行けよ」
「う、うん。――ありがとう」
「おう」
翔はやっぱりずっと笑顔だった。
佑奈は少し目を潤ませ、でもぎゅっと我慢をして、笑顔で手を振って三階へと足を進めた。
ママさんに誕生日にもらった手さげカバンから、紙袋をとりだす。
それをじっと見つめながら、階段を上りきり、右へと進む。
3組、とかかれた教室に入ろうとした瞬間、鳴き声が佑奈の耳を刺激する。
「――……」
佑奈はダッとその場からはりしだすと、角から姿を現した〝猫〟に半分体当たりするように、紙袋を突き出した。
「はい! おめでと!」
「お、おう、いきなりかよ」
「えへ」
「中身は?」
「見たらわかるよ」
「まじか。まぁ大体予想できるけどな。ありがとな」
「どーいたしまして!」
去年は直接渡す勇気がなくて、泣いてしまいそうで、そっとげた箱に入れたんだ。
そばにいた頃、〝猫〟がほしいといっていた一冊の本を。
あの時げた箱に入れた本の時間もだって、佑奈たちの時間もだって、今年は新刊を直接渡せたのは。
「やっぱり、翔のおかげかなって、思うよ」
教室に入り席に着いた佑奈は、ふぅと息をはきだす。
「おはよ、佑奈。今日は珍しく早いね」
「あ、美加子、おはよ。早いって言っても、もう25分だけどね!」
「いつも佑奈が遅すぎるんだよ?」
「はーいすいまっせーん!」
ペロッと舌を出してそう言うと、頭を叩かれる。
やがて担任が現れ、朝のホームルームがはじまる。
――あれ、そう言えば〝猫〟と話したのに、苦しくないし、苦しくない。
その事に気がついたのは、昼休みに葵と今日の事を報告した時のことだった。
「葵衣に言われてみれば……そうかも。苦しく、ない」
「……そっか、よかったじゃん」
「……うん。よかった……の、かな。なんでなんだろう……」
「別に急いで分かろうとしなくていいでしょ」
「――さすがに葵衣」
少し苦笑してから、ごはんを口に運ぶ。
お米の味がした。
「ま、それもそうか。急がなくても、いっか」
「そうだよ」
うん、と、返してから、佑奈と葵衣はお昼時間を過ごした。
「佑奈! ごめん、おまたせ」
「いいよ、掃除だったの?」
「うん」
今日も翔とともに通学路をたどる。
他愛もない話で騒いで、今日新しく得たおもしろい情報や話で盛り上がる。
「それでその子が――…」
佑奈の声が止まる。
不審に思った翔は佑奈の顔をのぞき、その視線の先をたどる。
翔自身、直接見たことがないため顔は知らないが、佑奈の動きが止まったという事は。
今、少し先のコンビニの前で、女の子と二人で話している彼が、きっとそうなんだろうと思った。
「翔?」
不意に佑奈が翔の名を呼ぶ。
翔は出来るだけ元気な声で、うん? と返した。
「ビックリしないでね」
「お、おう。どうした?」
「苦しくないよ」
佑奈が翔に向けたのは笑顔だった。
正直想像していなかった佑奈の反応に、翔は戸惑ったように何も返せない。
「ありがとね、翔。なにも聞かず、背中を押してくれて」
だから、なんか大丈夫になっちゃった、と続ける佑奈。
翔はまばだきも忘れるほどに驚いたあと、言葉の意味を理解し、泣きそうなでも満面の笑みで、よかったなと言った。
佑奈はぎゅっと翔の手をつかみ、再び歩きだしだ。
突き刺さるような冷たい風が、少しだけ温かく感じだ。




