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ふゆのさくら  作者: 舞桜
第三章
15/24

04記念日

――十月。

暑苦しい夏が終わり、一息の秋が始まる。

「――ふぅ」

 何もしていないのに、溜息が止まらない。

 授業中も休み時間も、お昼も、佑奈はどこか元気がなかった。

「佑奈、弁当、残ってるよ」

「あ、うん。食べる食べる」

 気がつけば、ぼぉっと空を見上げてしまい、その度に葵衣に肩を叩かれる。

「……」

「……」

 葵衣はどうしたの、とは聞いてこなかった。

 いつものように、そばに居てくれた。

 佑奈はこれ以上心配させないように、残りの弁当を口に頬張る。

 味は全然しなかった。

 そんな佑奈をちらちらと伺いながらも、箸を進める葵衣。

 ふと、二人そろって黒板に書かれた日付とみる。

 十月五日と、書いてあった。




 キーンコーンカーンコーン。

 今日最後となる授業の終わりを告げるチャイムが突然のように、佑奈の耳を刺激した。

 結局、今日は一度も翔に会いに行っていない。

 ふうと大きく溜息をついてから、帰る準備を整える。

 しばらくしてやってきた担任によるホームルームが終わり、廊下に出ると、葵衣がかけよってきた。

「佑奈、今から暇?」

「え、う、うん。今日はバイトないからひまだよ」

「じゃあデートいこ」

 え、と返す吸う名の手をとり、渡り廊下を伝って外へと急ぐ。

「い、いきなりそうしたの?」

「別に。暇だから、久しぶりに遊ぼうって思っただけ」

「そ、そう?」

 いつもより早歩きな葵衣の後を、とまどいながらも、急いでついていく。

 校門を出て右へ。

 普段通りの道をたどっていく。

「葵衣、どこいくの?」

「行けば分かる」

「まさかの内緒! やだ私、どこに連れていかれるのかしら」

「きもい」

「さーせん」

 スタスタと歩き続け、いつもなら15分かかる駅に10分で着いてしまった。

 葵衣はそのまま、駅から逸れ、目の前にあるショッピングセンターへと足を進めた。

「佑奈、ゲーセンって何階だっけ?」

「えっと、五階!」

「よし、いこ」

「え、あ、はぁ」

 エスカレーターを階段のように登り、あっというまに五階へ。

 ガラス張りの壁から下を見ると、車や人はだいぶ小さく見えた。

「ほら、佑奈、あそぶよ」

「え、う、うん」

 まだ動揺がとれず返事が曖昧になってしまう佑奈の手をとり、プリクラ、カーゲーム、音楽ゲームと連れまわす葵衣。

 ――ま、まぁ久しぶりだし、楽しむか。

 そう開き直った佑奈はぎゅっと葵衣の手をにぎる。

 それに気付いた葵衣はふっと誰にも見えない小さな安堵の笑みを漏らすと、その手を握り返した。




「楽しかったねぇ、葵衣!」

 外はどっぷりと暗くそまし、佑奈たちは三階まで下りて、ベンチに腰をかけていた。

「葵衣?」

「うん?」

「すき」

「しってる」

 このやり取りをここのベンチに座ってから、もう何回くり返しただろうか。

「――……んだ」

「え? なんて?」

「今日、なんだ」

 二年前の今日。寒さのなか、肩を寄せ合いながら「付き合おうか」って言ってくれた〝猫〟の言葉が今もまだ耳に残っている。

 一年前の今日。同じような寒さの中、だきあって「いってらっしゃい」と告げた自分の声が頭の中でぐるぐると回る。

 寂しいなんて、言わない。会いたいて思わない。

「でも、虚しい。ぽっかりと穴が開いたみたいに」

 最近は前に戻ったみたいに〝猫〟を見るのがつらい。〝猫〟があの人と歩いている姿を素通りできない。

 十一に入ってから、ずっとそんな日が続いていた。

「翔には言えない。そんな事、言えない。〝猫〟がいなくて、空しいなんて、言えないよ……!」

 あの子は優しいから、きっと何もなかったみたいにそっかって言って、笑ってくれるだろうけど。

 だからこそ、言えない。

「頼れない、とかじゃないよ、けど、きっとあの子は私の見えないところで悲しんでる。これ以上、そんな思いしてほしくない」

「うん……」

「なんでこんな寂しいの。何でこんなに苦しくなるんだろう。何も無いのに泣きたくなる。こんなの毎年続くのかな。卒業して、もう会わなくなったら消えるのかな」

 〝猫〟の隣にいた時から付けているマフラーに顔をうずめ、〝猫〟と一緒に勝った手袋のなかでぎゅっとこぶしを震わせる。

 葵衣は、その手に自分の手を重ねた。

「しょうがないよ。あんだけ泣いていたんだから」

 葵衣は目を閉じる。

 あの頃の佑奈は、もうずっと泣いていた。

 〝猫〟の姿をみるたび、嬉しそうな、悲しそうな顔をして、その先にいる人影を見ては、誰にもばれないようにマフラーに顔をうずめてた。

「椎名くんに言えないなら、わたし頼っていいよ。素敵な言葉なんて、かけれないけどね」

 今も同じようにマフラーに顔をうずめる佑奈の頭をなでる。いつものことだ。

「誰かにどうこうされて解決留守問題じゃないだろうし、話を聞くぐらいしかできないけど、わたしはそばにいるからさ」

「うっ……う、ん……!」

「卒業したらどうなるかなんて分からないし、佑奈次第でしょ。悩んでもどうしようもない問題。綺麗な想い出になったら、それはそれでいいんじゃないとわたしは思うよ」

 佑奈の涙は止まらない。

 それでも、悲しいだけの涙じゃないことは分かった。

 葵衣にこうして助けられたのは、もう何回目だろう。

 ――本当に、葵に出会えてよかった。

 そばにいるよ、という言葉が、佑奈を救ってくれた。

 佑奈は、ゆっくりとマフラーから顔を離す。

 もう、涙は流れていなかった。

「……ありがとう、葵衣……だいすき」

「うん。佑奈ちゃん、それなりにすき」

「それなり!? そこはデレてくれないの!?」

 ツンの態度に戻ってしまった葵に、だらぁんともたれかかると、肩で押し返される。

 そんないつも通りのやり取りが嬉しくて、佑奈は涙でぬれた顔で笑った。

 葵衣も、笑った。

「葵衣ちゃん、すき」

「きらい」

「すき」

「きらい」

「葵衣ちゃんの嫌いはー?」

「きらい」

「すきー!」

「あたま、大丈夫?」

 今日の分の笑顔を取り戻すくらい、二人は笑った。

 手をつないで、くっつきあいながら、笑っていた。




「お疲れ様でした!」

 休日の昼をバイトにささげ終わった佑奈は、帽子をかぶっていたせいでくしゃくしゃになってしまった髪を気にしながら、事務所をあとにする。

 時刻は十五時を指していた。

「よっし!」

 追ってきたキャップを少し深くかぶり、ショッピングセンターをまわる。

 ――あと一カ月もしたら、クリスマスだしね。ちょっとリサーチしとかないと!

 普段はあまり入らないメンズものの服を物色しようと店内を歩く。

「あれ?」

 ふと、視線の先に見慣れた後ろ姿が見え、足を止める。

 少し赤みがかった髪に、佑奈より、頭一つ分小さい背。

 その背にそろりそろりと近づき、佑奈はぎゅっとしがみついた。

「きゃ!」

「やっほー美加子」

「ゆ、佑奈? もう、びっくりするから、やめてよ」

「えへへ。なにしてるの?」

 佑奈はいったん手を離す。

 振り返った美加子が手に持っていたのは、メンズものの手袋やマフラーだった。

「もうすぐお兄の誕生日だからさ。プレゼント、買おうと思って」

「そうなんだ! 私も翔に渡すクリスマスプレゼントを……」

 階に来たんだ、と続くはずだった言葉は空気に乗ることはなく、佑奈の中で消えた。

 声だ。あの、鳴き声だ。

 振り向くな。振り返っちゃだめだ。

 その意思に反して、体は、首は、うしろをふりかえってしまう。

「―――っ」

「わっ」

 反射的に美加子小野手をとり、店の奥まで、出来る限り早歩きで進んでいく。

「あ、なに、佑奈、どうし……」

 美加子は何かに気付いたのか、口をとじる。

 右に左に美店内を進み、ようやく試着室の前で佑奈の足が止まった。

「佑奈……」

「あ、あは。だめだね、やっぱり」

 あの二人をみるだけで、こんな風になるんじゃ。

 息が上がる。目も回ってきた。

「こんなんじゃ、駄目なのに……。私は翔が……」

「――うん」

「でも〝猫〟が、忘れられない……! 知らんぷりなんてできないよ! 私は」

 こんな思い、持ってていいのかな。

 それを言葉するのが怖くて、佑奈は唇をかんだ。

「ご、ごめんね、美加子。勢い余って連れてきちゃって。私、あっち見るからさ……」

「佑奈」

「な、なに?」

「こっちむいて?」

「や、やだ」

「いいから!」

「おりゅ!?」

 佑奈の頬をはさんでむりやり、こちらを向かせる美加子。

 首が少々、いやだいぶ、変な方向に曲がり、佑奈は別の意味で少し目を潤ませる。

「なんでそんな頼ってくれないの? 佑奈の味方は、何も葵衣ちゃんだけじゃないんだよ」

「そ、そうだけど……」

「その佑奈の苦しみは、それだけ、あの人を大切に想ってた証拠じゃん。何も、間違ってないよ」

「……ま、まちがってない……?」

「うん、まちがってない! あの人を大切に想っていた、大切に想ってるあかしだよ」

「で、でも、私は翔が……」

「それはそれ! これはこれ!」

 美加子のあまりの勢いに、はぁと気の抜けた返事しか返せない。

「間違った感情なんかじゃないよ。だから、いつもみたいに自信もって歩きなよ」

「う、うん……?」

「それに、そうやって悩めるくらい、その……翔くん? が、好きなんでしょ」

「――え?」

 それは意外な言葉だった。

 美加子は佑奈の頬をつかんだまま、両の手に力を込める。

「あでででででで!」

「ばか佑奈。まず、翔って人のことを報告しなかったことにも怒ってるけど! そうやって翔くんを気づ付けたくないって思うくらい、大切に想ってるんでしょ? 今の佑奈の気持ちを翔くんに伝えない事が、正しいかどうかなんて、ひとそれぞれだろうけど」

「う、うにゅ」

「それでいいじゃん。佑奈は間違ったことしてないし、佑奈にとってどれだけ翔君が大切か実感しました。はい、終わり! ね?」

 やっと美加子の手が話される。

 佑奈は少し痛みが残った頬をさすりながら、目をぱちくりとさせる。

 ――翔を傷つけたくない。

 葵衣にも言った言葉だ。

「そ……っか。そうか……」

 だから、こんなにも泣きたくなったのか。

 〝猫〟と同じくらい、翔を大切に想っているのか。

 佑奈はなんだかそのことが凄くうれしく感じられた。

「そっかぁ」

「そうだよ。ね、ほら。プレゼント、みるんでしょ」

 とりあえず出よっか、と美加子に手をひかれ、レディースコーナーを通って外にでる。

 今だって苦しい。

 〝猫〟の姿を見るのも。そんな自分がいるのも。

 この想いは、誰かれ構わず知られたらいけない気がしていた。

 だって、翔がいるのにって。

「ふふ」

「なぁに、佑奈?」

「間違ってないって、言ってくれて、ありがとうね。美加子」

「どういたしまして」

 だけど、そんな佑奈も認めてくれる人がいてくれた。


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