03happyHalloween
土曜で学校もなく、珍しくバイトのシフトも入らなかった佑奈は、キッチンで一人、何かを作っていた。
「ふんふっふふーん」
音程のない花唄を適当に加奈で、上機嫌だ。
しだいに甘い香りが、佑奈を包む。
「よっし、できた!」
仕上げに、ミントの葉を乗せ終わった佑奈は、小さな子供のように大きく手を上げ
「しっしょく、試食!」
上から、横から、下から眺め、一番で気が悪いものを選んで、スプーンとともにリビングへと向かう。
ある度に生クリームが揺れ、その上に乗っているミントの葉の香りが漂った。
「おいっしそ! 我ながら上手に作ったね、このチョコプリン」
キャラメルの代わりにいたチョコを溶かしたものを、その上には、普通のプリンのレシピにチョコをまぜたもの。
上層に添えた生クリームとミントをすくい、一口食べてから、うんうんと頷き、次にプリンをすくってそおっと口へ運んだ。
「うっま!」
ほっぺが落ちそうなのか、両手で頬を押さえる佑奈。
自分で作ったものにそこまで酔いしれるものか。
「ふむふむ。では、さっそくメールだ!」
そばに置いてあったケータイを手に取ると、慣れた手つきで文字をうっていく。
宛先の欄には『翔ママ』とあった。
「一か月ぐらいおそいですが、ハッピーハロウィン! と、いうことでチョコプリンを作ったので明日持っていってもいいですか? っと」
メールを送信し終わると、再びプリンを口に運んで満足そうに首を縦に振る。
――ポロンッ
「返信はや! えっと……」
『ウェルカム! 翔は部活で帰り遅くていないけど、ついでに晩御飯も食べていき。ちなみに明日のご飯は鉄板焼き』
思わず、お肉好きな佑奈の口からよだれが垂れる。
『いいんですか!?』
『もちろん!』
『わーい! じゃあ17時までバイトなんでそれから向かわせていただきます!』
『はいよ!』
それだけのメールのやりとりを終えると、次は翔にこのことを知らせようと、新規メールを開く。
「実は明日……あ、内緒にしとこうかなぁ」
メールを打ちかけて、しばらく悩む。
三秒程固まってから、佑奈は取り消しボタンを押した。
「驚かせちゃお!」
幸い、明日の翔の帰りが、いつもより遅いのは知っている。
佑奈は驚いた翔の顔を想像してにやにやとしながら、残りのプリンを食べ始めた。
翌日、いつもより早く過ぎたように感じられたバイトが終わると同時に、佑奈はすばやく着替えると、勝手に店の冷蔵庫に入れていたプリンを取りだし、カバンにつめる。
「では、お疲れさまでした!」
「あれ、佑奈ちゃん、今日は上がるの早いねぇ。もう着替えたんだ?」
「今日はちょっと用事があるので! いってきます!」
「はいはい。次もよろしくね」
「はーい!」
大きく手を振ってから、できるだけ大きくふくらんだカバンを揺らさないように急ぐ。
慣れたように足で従業員出入り口を開けると、細い道を通って大通りにでる。
かばんを両手に抱えで、急ぎ足で信号を渡り、行き慣れた道を進む。
やがて見えてきた住宅街を、左に三回曲がってすぐのところに『椎名』という表札がある。
――ピーンポーン
「はーい」
中から声が聞こえてきたかと思うと、すぐに玄関からママさんが姿を現した。
「どうぞー、入って」
「はい! おじゃまします」
小さな階段を上り、玄関へ足を踏み入れる。
くつを脱いで、すぐ左にあるドアを開くと、お肉の焼けたいにおいが佑奈の鼻をくすぐった。
「わぁ、おいしそう!」
「でしょ!」
佑奈の目が一瞬にしてきらきらとかがやく。
「あ、プリンもらおっか。冷蔵庫入れとくよ」
「そうでした!」
佑奈はあわててカバンからそっとプリンをとりだし、ママさんに手渡す。
と、リビングのドアが開いて、翔の妹、あいが顔をのぞかせた。
「――母さん? なんのさわぎ?」
「彩、いいところに! 佑奈が来てるよ」
「あ、佑奈さん! こんばんは。ってあれ? 兄さん、まだなんじゃ……」
「えへへ、こんばんは」
「お母さんがおいでって言ったの」
「まじでか」
「お父さんは夜勤でいないけど、ゆっくりしていって、佑奈」
「ありがとうございます!」
「んじゃ、あい、ご飯入れて」
「はぁい」
佑奈も彩の後を追って、箸やごはんを運んでいく。
炊きたてのお米の香りと、こぼしたお肉の香りが、自然に佑奈の頬を緩ます。
「はーい、じゃ、食べよっか」
「いただきます!」
手を合わせてきちんと頭を下げてから、佑奈は真っ白なご飯を口に運ぶ。
「おいし!」
「よっしゃよっしゃ。たぁんとお食べ。あ、彩はおかわり禁止」
「なんでよ!」
「佑奈の横に座るとよく分かるわ。お前の顔のでかさ」
「うるさいなぁ!」
たのしい話題に囲まれながら、佑奈はお腹を満たしていく。
嫌いなピーマンも、今日だけはおいしく感じられた。
「そう言えば、兄さんは佑奈さんが来てること知らないの?」
「母さんは何も言ってないよ」
「私も秘密にしてまーす」
「じゃ、めっちゃびっくりするでしょうね」
「ね、楽しみ!」
隣の彩とにやぁと笑い合う。
帰ってきた時の翔の反応が楽しみで仕方がない。
佑奈と彩は、どうやって翔をおどろかすが作戦とたてながら、はしを進めた。
「――…あ!」
おいしかった鉄板焼きも食べ終え、片つけもひと段落し、ソファに体を預けてテレビを見ているときだった。
彩がふと声をあげた。
「どうしたの?」
「たぶん兄さん、帰ってきましたよ」
そういうと、彩は玄関へと向かう。
それとほぼ同時に、聞きなれた声の「ただいま」がきこえてきた。
「おかえりなさい、兄さん」
「お、どうした彩。めずらしい」
「べっつに? カッパきてるっとことは、外は雨降ってるの?」
「うん、結構降ってる」
そんな会話に合わせて、佑奈は少しずつリビングから玄関へと繋がるドアに近づき、顔をのぞかせた。
翔はちょうど、河童のズボンを脱ぐのに下を向いている。
「――おかえりなさい」
「おう、だから、さっきただいまって……。は?」
顔を上げた翔と目があう。
まぬけた声とともに、翔はそのままぴったりと固まった。
「えへへ、おかえりなさい?€」
「――……いやいやいや、は? なんで? ここ、俺の家であってるよな?」
困惑で目を白黒とさせる翔の様子に、にんまりと笑った彩とハイタッチを交わす。
「作戦成功ですね、佑奈さん!」
「ねー!」
「え、まって、俺まだ理解できない」
かっぱを脱ぎつつ目をぱちくりさせながらも、口元は微妙ににやけている。
くすくす、と笑いながら、リビングへ戻る。
雨で濡れたカッパをハンガーにかけ終わった翔も後をついてくる。
「ちょ、おかん。どゆこと?」
「いや、なんか佑奈がプリン作ってきてくれてさ。ついでに食べて行きってなったってこと」
「まじでか」
彩と同じ反応を返した翔は、食卓へと腰かける。
まだ少しだけ熱を持っていた鉄板に手をかざす。
「ね、ね、びっくりした?」
「びっくりした。だいぶな」
「本当はね『おかえりなさい、あなた』って言おうと思ったんだけどね?」
「どうせヘタレて言えなかったんだろ」
「ばれた?」
「そんなことだろうと思った」
「兄さん、固まってたね」
「誰でもびびるから、あんなことされたら」
翔のために残されたお肉を、不器用ながらも佑奈は焼いていく。
「――ちょ、佑奈! もっとちゃんと焼いて!? まだこれ生だから!」
「え、まじで。まぁいけるんじゃない?」
「いけるわけあるか!」
「えー」
5枚に3枚は鉄板に返され、その度口をとがらせながら焼き直していく。
「めんどくさーくなってきたよ!」
「あと2枚だから頑張ってください」
佑奈は野菜やキノコも一緒に鉄板の上に置いて、ぼぉっとテレビをみながら、ひっくり返しては翔の皿に置いていく。
「はい、これで終わりね」
「ありがと」
鉄板の上にあったものをすべて翔の皿にうつし、翔が食べ終わるの待つ。
「佑奈、そろそろプリン出しとこっか!」
「あ、はい!」
トングを置き、台所にいたママさんの元へ急ぐ。
ママさんから冷蔵庫から取り出したプリンを受け取り、食卓へ運ぶ。
「どーぞ、作ってきたよ!」
「おっすげぇ! さすが佑奈!」
「凄いですね佑奈さん。お店に売ってるやつみたい!」
「佑奈は普通の料理の腕は皆無のくせに、お菓子作りだけは上手いからな」
「え、なに翔。いらないって?」
「すいません。いります」
佑奈は一つ一つ丁寧にテーブルに置いていく。
「あ、お母さんはこの一番でかいのがいい」
「いや、おかん。そこは俺じゃないの?」
「あ?」
「さーせん。どうぞ」
パパさんの分を一つ冷蔵庫に残し、佑奈は翔の隣に座る。
鉄板焼きの匂いと、甘い香りは正直合わないが、しかたない。
ママさんは、一番量が多いプリンを選び、翔と彩はにらみ合いながら残ったプリンを手に取り、佑奈は余った一つを自分のところに寄せる。
「んじゃ、いただきます、佑奈」
「あ、はい! おめしあれ?」
「それは日本語間違っている」
「うるさい、翔!」
「俺もいただきまぁす」
「いただきます、佑奈さん」
「どうぞ!」
翔と彩は、同じタイミングでプリンをすくうと口に含む。
「ん!? うま!」
「わぁ、お店の味がするよ!」
「これやばいな、佑奈」
「あ、おかんが食いついた」
「えへへ。ありがとうございます」
みんなの反応に胸をなでおろした佑奈もプリンを口に運ぶ。
昨日の作りたてに比べたら味は落ちるが、それでもおいしかった。
「またつくって、佑奈」
「あ、はい。こんなんでよければ!」
「めっちゃおいしいわ。これ、上に乗ってるのはなに?」
「生クリームですよー」
「一番下は?」
「とかしたチョコです!」
「ほぉ」
「おかんがそんなに食いつくなんて珍しいな」
「いつも文句ばっかり言ってるのにね」
「おいしいからねぇ。彩も今度、教えてもらえ。母さんにもっとおいしいものを食わせろ」
「あ、それいいかもしれない! 佑奈さん、教えて!」
「いいよ、今度一緒に何かつくろっか」
「はい!」
やったと、はしゃぐ彩。
翔はもくもくとプリンを食べていた。
「ね、翔? おいしい?」
「あぁ、うまい」
「本当?」
佑奈は翔の顔をのぞきこむ。
実はあまり感想を口にしてくれない翔の反応が心配だったなんて言葉にはできないけど。
「うん、本当。おいしいぜ」
「よかったぁ」
「……お礼は後で部屋でゆっくりな」
「なっ!?」
そっと耳打ちする翔の言葉に、顔を真っ赤に染める佑奈。
すぐ隣では、にやにやとした翔の顔があった。
「どうしたの、兄さん」
「いや、なんでもないよ。な、佑奈?」
「……没収」
「あー! ごめんって! ごめんって!」
ママさんは何かに気付いているのか知らんぷり、彩は首を傾げ、佑奈と翔は戯れる。
楽しい時間は、ゆっくりと、でも確実に進んでいった。




