伝説のおいちゃん 2
気持ち悪いおいちゃんパート2
戦闘描写がありますが…
たぶんおいちゃんの行動の方が気持ち悪くなるかと
おいちゃんの存在が残酷な描写かもしれない…
大国ガルヴァントには昔から一つの伝説がある。
それは、この地で危機に陥った時、伝説の「あの人」が現れるという伝説。
伝説の伝説ってなんだとなんだと思うかもしれないが、まぁ、「あの人」が現れるといういわば都市伝説のようなものだ。(やはり伝説の連発)
「あの人」
そう、彼はかつて魔王を倒し、世界を救ったとも、かつて人々を苦しめる魔獣に一人で打ち勝ったとも言われる幻の人。
その名も
伝説のおいちゃん
馬鹿にしてるのか!と殴り込みにあいそうな話ではあるが、本人が言うのだから間違いない。
そして今日も、彼は人々の危機に駆けつけるのだ。
━*━・━*━・━*━・━*━・
「おじさんいる~?」
門から屋敷までたどり着くのに歩きで15分はかかる庭を通り、どんと構える屋敷の大きな両開きのドアを開け、人気のない玄関から声をかけたのは、今を時めく新人兵士カイ・ラウンド。
この日は非番なのか、いつもの無粋な兵士の鎧姿ではなく、さらさらとした金の髪に、青い瞳、世の女性に王子様のようと言われる甘いフェイスに良く似合う普通のシャツとズボンだ。まぁ、ようするに、彼に兵士のかっこうは似合わないと女性達が憤っているだけの話なのだが。
そんな彼は颯爽と走って階段を上り、二回で一番大きな主人の部屋の扉をノックもせずに開いた。
「おじさん、今度演習があるんだけど」
広い部屋には天蓋付きのベッド、豪華だが品の良い家具が置かれている。物は多過ぎず少なすぎず、見る人が見れば部屋の主の趣味がいいとすぐにわかるだろう部屋。その先に、バルコニーに続く大きな窓があり、開いたその窓の先には、白い籐の長椅子が置かれ、前髪がかなり後退した丸顔の、腹がぼよんと出た背の低いちょっと残念な風貌の男が、トロピカルジュースを飲みつつくつろいでいた。
「相変わらず残念すぎるよおじさん」
彼の前に音もなく立つと、男はちらりと青年を見てずずずず~っと音を立ててジュースを飲み干す。
「なぁんの用かなあ? おいちゃんこの間チンピラ退治して疲れてるんだよ~」
とてもかつての勇者であり、自国の元軍事顧問とは思えない姿である。まぁ、この姿も魔法によるものでもあるのだが、真の姿はここ何十年と誰も見ていないので、真実の姿では?と最近親族間で噂されている。
「今度魔物退治の演習があるんだって。それも東の街道、迷いの森付近」
「ふぅ~ん。いってらっしゃい」
鼻をほじほじ興味なさそうに答える。
「じゃなくて、あそこ今ドラゴンが出るって話なんだけどっ」
おいちゃんはぐわっと体を起こし、珍しくシリアス顔になる。すると、なぜか眉が太くなって全体の線が濃くなるのだ。
組んだ両手にあごを乗せたおいちゃんは、目をギラリと光らせてカイを見た。
「カイ君」
「な、なに?」
妙な迫力に飲み込まれてたじろげば、妙な間が開く。
カイがごくりと唾を飲み込んだとき
「おいちゃん、男の集団は助けたくない」
カイはがっくりとうなだれた。
「だいたいさぁ~、カイ君おいちゃんの甥っ子じゃ~ん。ドラゴンの一匹や二匹や三匹倒しておいでよ~」
「できないから言ってるの!」
「うえぇ~?」
「と・に・か・く! 何かあったら来てくれよ!」
「うえぇ~?」
捨て台詞のように頼んだ後、そのまま嫌がるおじさんを放ってカイは部屋を出て行った。まぁ、このやり取りもいつものことなので、きっと大丈夫だと思われる。
(なんだかんだおいちゃんはピンチの時に来てくれるし、今回は新聞記者の女の子もいるし)
肝心なことを言い忘れたカイであった。
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魔物退治演習日
東の街道 迷いの森付近
泊まり込みで始まった演習二日目の早朝、狙ったようにドラゴンが現れた。
種類は火竜。竜の中でももっとも獰猛で凶暴な戦闘に特化した竜である。
気を付けなければならないのは竜特有の威嚇と、火竜特有の火のブレスである。火のブレスを受ければ、鉄の盾など一瞬で融かされるだろう。
「いいか、気配を悟られず静かに移動してこの場から離れるぞ」
兵士長の言葉に、兵士の皆が静かに頷く。
化け物めいた騎士達はともかく、新米だらけの兵士、それも大した装備もしていない者達では人数だけいてもやられるのがおちである。ここは慌てず騒がず、火竜にばれないようこの場を離れるのが最良だ。
だが、全員忘れていた。ここにはイレギュラーな人員がいたことを。
「きゃあああああ~!」
女性の悲鳴が上がり、兵士達がぎょっとして彼女を見る。
ミシャ・ウィルソー。今回兵士の演習を特集した記事を書くために同行した波打つ赤毛が印象的な新聞記者の少女だ。
ぎろりと火竜が兵士たちを睨む。
「総員、全力で退避ー!」
兵士長が叫ぶ中、ミシャは腰を抜かして動けない。
カイは新聞記者の動向を許した上の者達を恨んだ。
(だからただの足手まといになるって言ったんだ! 何が兵士がモテるようになるから、だよ!)
急いで駆け寄ってミシャの腕を引っ張り上げる。
「死にたくなかったら走って!」
「ひ、あ、はいっ」
もつれるような足取りのミシャを引きずるように引っ張って逃げるのは完全に不利である。案の定火竜の標的にされ、火のブレスが飛んできた。
「冗談だろ!」
慌ててミシャを抱き込んでそのままわきへ逃げる。
ごおっと足先を炎が通って行き、靴の先が溶けている姿にカイはぞっとした。
「自分で後ろに逃げて。君を引っ張りながらじゃ二人とも死ぬだけだから」
兵士達の応援は期待できない。何しろ皆草原側の土手の下に隠れてチラチラ覗くだけなのだ。
(薄情者め!)
剣を抜き放ち、おじさん仕込みの威圧を放ってみれば、そこまで強くない火竜らしく、にらみ合いが続くことになった。
「さすがは勇者の子孫―!」
(甥っ子だ阿呆!)
「そいつを倒したらドラゴンスレーヤーだぞ!」
(ならお前がやれよ!)
手にあるのは何の変哲もない鉄の剣。防具はもちろん兵士の標準装備の兵士の服に鉄の胸当てだけだ。残念ながら盾は持ってきていない。
対するドラゴンの装備は、鉄を跳ね返す鱗、鉄を溶かすブレスに鉄を切り裂く爪と牙。
(勝てるかー!)
過去におじさんに見せられたちゃぶ台返しが無性にしたくなったカイである。
睨みあうこと数十分、いや、数分だったかもしれないが、カイにはひどく長く感じたのだ。
先に動いたのはカイである。
剣に魔力を乗せ、勢いよく振り切る!
ザシュウウウッ
剣に乗せた魔力が、見事竜の脚をザクリと傷つけた。が、やはり魔剣や聖剣とは違う鉄の剣。魔力を乗せて斬るなどという力技を使えば、すぐに無理がたたって…
ぱっきぃぃぃぃん
粉々に砕け散ったうえに、頬に欠片が当たってカイはダメージを受けてしまった。
もちろん火竜は大激怒である。
(あぁ、これは終わったか…)
振り下ろされる爪の姿に諦めかけたその時
ビシッ
爪を受けとめたにしては微妙な音にカイは目の前の光景に目を剥いた。
「おじさん! それは!」
カイの目の前に現れたのはおいちゃん。
さすがは伝説のおいちゃんである。たとえ男だらけであろうと、救助対象が甥っ子であろうと、ここぞという時には現れてくれるのだ。
「バナナ?」
格好は麻のシャツに腹巻、ステテコ姿、あまりにラフな姿のおいちゃんが竜の爪を受け止めるのに使ったのは、凍ったバナナだった。
「ち~め~た~い~」
バナナをぎゅっと握ったので冷たかったらしい。
竜の爪を軽々とはじき、フーフーと手に息をかけている。
(どんだけ硬いバナナだよ…)
カイは思わず突っ込む。
「伝説のおいちゃんさん!」
背後から嬉々とした声がして、おいちゃんが振り返ると、そこには赤毛の少女ミシャが立っていた。
「ちみは、チンピラに襲われていたかわいこちゃ~ん」
いつのまにカイの前を離れたのか、おいちゃんが背後でミシャの手をぎゅっぎゅっと握っている。
「セクハラすんな!」
頭を叩けばおいちゃんは唇を尖らせ、腹巻の中をごそごそあさる。
「飴ちゃん食べるぅ~?」
黄色い歯を見せてにや~と笑う姿に、一瞬びくりとしたカイは、頭を振ってもう一度おいちゃんを叩く。
「身内に威圧かけんな!」
しかも気持ち悪い威圧である。正面から見たくない。
「じゃあバナナ~」
おいちゃんは凍ったバナナを剥いて食べると、にゅるりと歯の隙間から出して笑う。これにはさすがのミシャもびくっとした。
ちなみにこれは威圧ではない。
「ただの変態はやめろ!」
(しかもいつ解凍したんだそのバナナ!)
「!…知覚かび~ん」
冷たいバナナを歯の間から通したのはダメージに繋がったらしい。知覚過敏でおいちゃんは蹲った。
そうこうしているうちに火竜が勢いを取り戻し、三人に、というか主に最前列に取り残されたカイに襲いかかった。
「おいちゃん!」
攻撃を避け、ちらりとおいちゃんを見れば、知覚過敏で蹲る背を撫でてくれているミシャの手を再び取って口説いている。
「よければ今夜ふたりでランデブ~しなぁい?」
「え、あの」
「おいちゃん、あんまり無視すっとほんとの絵姿ばらまくぞ!」
おいちゃんの目がきらりと光り、カイの目の前をおいちゃんらしき影が通り過ぎた。
「おいちゃんき~っく!」
見た目は腰の引けた足が届くか届かなさそうな情けないキックだが、威力はすごかった。
ズガッドガッバキバキバキバキ
キック音はなぜか二撃。その後は火竜が吹っ飛んで森の木々をなぎ倒し、竜は気を失って止まった。
「カ~イ~くぅぅぅん」
振り返るおいちゃんの顔が怖い。
「わかった、今回はしない」
ちゃんと訂正すれば、再びミシャを口説き始めたので、ミシャに殴るようジェスチャーする。すると、ミシャは覚悟を決めたように頷き…
ドゴッ!
まさかのぐ~で殴った。
地面に跳ねるおいちゃんの体。
「きゃあ! ごめんなさい!」
おいちゃんはむくりと起き上がると、両方の鼻からだらだらと血を流しつつ、ぐっと親指を立ててウインク。
「ナ~イスパンチ~」
「拭けよ鼻、怖いから」
その後、わっと集まった兵士たちに、おいちゃんはなぜかべっと舌を出す。
「寄るな~むさい男ども~。うえっ、鼻血が口にっぺっぺっ。覚えてろ~!」
(なんでだよ…)
カイの突込みはおいちゃんの消えた後に心の中でつぶやかれた。
こうして、今日もおいちゃんの伝説は一つ増えたのである。
前回伝説なのに戦ったのがチンピラだったのでパート2を書いてみた
突っ込み要員いれてみましたが…気持ち悪さは緩和されなかった…