07 エマージェンシー! 誰か匿って!※伊織視点
本家サイトから・・・ごほっごほっ! 1話抜かしたのは気のせいではありません。
Lenの新曲発表の歌番組が放送された。しかし、そこには誰もが予想できぬ問題が発生した。
「あれ? これって、本番撮影の時と違う…」
その変化に気がついたのは、美羽さんだった。
「……」
美羽さん家でテレビを見ながら、二人で晩御飯を食べていた時、俺は血の気も引くような光景に襲われた。
「これ、リハの時のだ…」
決定的な言葉を言ったのもやっぱり美羽さん。その言葉に俺は黙って、彼女を見つめた。
どうして、本番撮影ではなくリハ撮影をここで使用しているのか、その意図が今の段階では判断を付けかねていた。
「どうして、」
美羽さんが言葉を続けようとしたその時、テレビの横に置いていた自分の携帯がけたたましいバイブで震えながら着信を知らせた。
嫌な予感―――
着信している携帯を二人で見つめている間に、ピアノとLenの歌声が流れていく。
何も反応出来ずにいると、携帯はピタッと動きを止めてまた再度震え始めた。着信音が俺を急かしているのに、その電話には絶対に出たくなかった。
原因を目の当たりにした今、目の前にいる愛しい人と共に過ごす時間が、これまでのように行かなくなることを予感させていたから。
鳴り止まぬ着信に俺は恐る恐る電話を手に取る。
「もしもし」
運命を決める神がいるのなら、どうかお願いです。俺からこの人を奪わないでくれ。
*****
『イオ! やられた!』
電話の向こうから聞こえるLenの焦った声が、俺を現実へ戻させる。
「どうして、本番撮影と違う画像なんだよ」
思わず低い声になって問いただすと、Lenも悪態づいた言葉を発した。
『知るかっ! 今事務所で大慌てだよ! ご丁寧に編集までしやがって…』
「お前、知ってたんじゃないのか?」
『知らなかったから、大慌てで電話かけてんだろ! ぇ…何…』
Lenの声が急に遠くなり、耳を澄ましていると事務所の電話がひっきりなしで掛かってきている。奴も事務所の誰かに何かを言われているようで、くぐもった声が聞こえた。
『イオ。事態は最悪だ…』
硬くなった奴の声が怒りに震えているような感じがする。原因はすぐに判った。
『あん時、ディレクターが裏で指示して、俺とイオがリハしたときの画像を撮らせてたらしい。んで、ご丁寧に編集して、断りも無く使いやがった。……この画像、売られるぞ』
「それは、俺がIORと分かってって事?」
『そこは今調べてる最中。ただ、関係者の中にお前知ってる“エライ”人が居たらしくて、ぽろっと零したみたいだ』
「今、社長は?」
『…放送中止と画像流出禁止を訴えに行ってる』
お前がテレビに出ない事は出来なくなってきたな。Lenが最後に言うと、俺はそこで電話を切った。
美羽さんの顔を見て泣きたくなった。
――離れたくない
ただ音楽を作る事が仕事なのに。ただ作った音楽が人よりも売れているだけなのに。ただテレビが嫌いだから出ないだけなのに。
「もう、逢えなくなるの?」
美羽さんの傷ついた顔が心を締め付ける。でもそんなこと許したくない。
「それは俺が絶対に許さないから」
あなただけが俺に癒しをくれる人。
あなたを俺が守りたい。
抱きしめる腕がつい強くなった。
*****
「どうして本番撮りに行われた映像ではなく、リハのそれもLenとピアノの彼しか映っていない映像にすり替えたのでしょうか?」
IORそして、Lenが所属する芸能事務所の社長、永井健吾はテレビ局ディレクターに問いかけた。
「『自分の決めたバンドしか手元に置かないというLenが、今日突然指名されてやってきた彼とセッションをしてあんな歌声を披露するとは…』」
「それが何か問題でも? Lenの指名ならば当然の事では?」
「いえいえ、これは私が言った言葉ではないのですよ。プロデューサーがですね、そう話していたのを“偶然”聞いてしまって。確かに、Lenが直接指名してきたヤツでしたら、当然かもしれない。しかし、」
「……」
「『LenはIORの音であったら、アイドルではなく一流の歌手になれる逸材だ』とも…こぼしてましてね」
そしてディレクターは、組んだ手を膝の上に乗せて言葉を続けた。
「そこで思ったんですよ。…もし彼がテレビ嫌いの、不動の首位を守るIORであったら、あの時の歌声は十分に納得できる。さらに、Lenはこの業界で有名なほどIORと仲が良いことも知られている。…Len自身がピンチに陥ったとき、真っ先に相談するのはIORだと、私は信じているのですがね? それに、あなたが仰ったバンドメンバーのピアノマンを買収したと言う証拠もありますまい?」
ディレクターが永井の顔を覗きながら、一つ一つ永井の反応を確認していることは、当然ながら分かっていた。しかし、永井にとってはIORという歌手は現時点でどこにも知られてはいけない存在だ。
――守れないのか?
「…では、当初予定もしてなかった画が突如流されて、Lenのバックバンドへの違約金、さらに、予定にもない曲を了承を得ず放送してしまったあなた方は、こちらに対してどれだけの損害を支払っていただけるのでしょうか?」
――金の話。
それは永井が最もしたくは無かった話だった。
「肖像権の侵害、名誉毀損、営業妨害……これらの損害をテレビ局は支払ってくださるのですか?」
「うっ…」
「国民に不安を煽るような行為はやめて下さい。あなたは情報発信者なのだから」
「…」
ディレクターとの話し合いが終わると、永井はすぐに携帯を取り出して、アドレス帳か
ら一件の電話番号を探した。
「もしもし、高原か?」
*****
高原さんからの連絡を受け、茫然となった。ずっと傍らに寄り添う彼女の温もりが今の俺の支えだった。
「ねぇ、美羽さん」
「ん?」
「俺、また、いつでも来ていい?」
「何言ってるの? そんなの当たり前じゃない」
「…」
「歌いたくなければ、いつでもここへ来てよ。代わりに下手だけど私が伊織くんに歌ってあげる。辛くなったら、頭を撫でてあげる。すご~く眠たかったら、膝枕をしてあげる」
彼女が温かく俺を包んで伝えると、自然と言葉が零れ落ちた。
「会える日は、会えなかった分ずっと一緒に居ようよ」
堂々と手を繋いで歩くために。
「私はそれだけで十分だから」
何か問題がありましたら、ご一報ください。
では、水曜日にお会いしましょう。