06 今ブルッとした! やな予感!※伊織視点
本家サイトより大幅改稿しております?
でも基本的な流れは変わってません。
「は?」
それは突然の依頼だった。
『だから、俺のバックバンドのピアノ弾け』
「何で」
『突然、ピアノ担当の奴がこれないってことになってさぁ。こっち困ってんの。しかも、お前の曲ってさ、誰もが弾きこなせるものじゃないって、いーっっつも自分が言ってんじゃん?』
「まぁ、そうだけど」
『だから、こっちの状況分かるよな。作曲したIORさん?』
たっぷりキスを浴びせた後、美羽さんとのんびりテレビを見ていた時間。突然俺の携帯がけたたましく鳴り響き、話の内容に耳を疑った。
売れっ子アイドルLenが新曲宣伝のための歌番を収録しているときにことは起こった。突然Lenのバックバンドのピアノ担当が、トラブル発生で撮影が中断してしまったらしい。
電話の相手はもちろん、Len。
Lenはデビュー当時から顔も割れて仲がよく、俺IORがプロデュースを手がけている。更に俺がデビューした当初からライバルと世間では言われている。しかし、互いにライバル意識しているのは、世間では知られていない別の次元での話だ。
親友の頼みだけど、今回の件は俺の業界人生を左右する。
「分かるけど、俺テレビに出ないことが今売りだからさぁ」
『あぁ、その辺はこっちで適当に誤魔化せるから大丈夫だと思う。ピアノの奴はあんまり撮るなって言うし、いつもの奴が違ったらファンも驚くし』
「そだな。場所は?」
『Gスタ。裏に元っちゃん置いとくから、声掛けて入れるようにしとく』
「分かった」
電話が切れるとひざの間に座っていた美羽さんが、俺の顔をうかがって不思議そうな顔をしていた。
「お仕事?」
「うん。Lenのバックの奴が、トラブったから至急来てくれって」
「Lenってアイドルの? 伊織くん仲良いんだ」
何だか嬉しそうな顔をする美羽さんが疑問に思って、「何でそう嬉しそうなの?」と聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「嬉しいよ? だって伊織くんの友達でしょ。Lenって良い人なんだね」
ぶっちゃけ端から聞くととてもヤキモチを妬きそうな言葉。だけど、この女の真意はそこまで深くないことを俺は知っている。
そう、あくまでも言葉のまんま。『良い人なんだ。良かったね』っていう認識だけ。
「うん、良い奴だよ」
「そかー。伊織くんがお仕事なら、私何しようかなぁ…」
小さく座ってひざの上に顎を乗せながら言った美羽さんは、テレビを見ながら考え始めていた。
「何言ってんの? 美羽さんも一緒に行くんだよ」
「え? そんなこと電話で話してる風じゃなかったよ!」
「うん、俺って結構わがままだから」
音符が語尾につきそうな笑顔を向けると、美羽さんは少し唸りながら考えて「行く」と短く返事をした。
Gスタ。
このスタジオは芸能人になれば3日に1回は入るんじゃないかって位に、使用頻度がとても多いスタジオの1つだ。でも俺はテレビに出ることがないから、このスタジオには縁が少ないほう。
「あぁ、来た来た。芳我くん!」
「田原さん、こんちは」
「急に呼び出したりしてゴメンよ。でも来てくれたから一安心だよ」
「そうですか」
「…で、芳我くん。珍しい人連れてるね」
「あ、こちらは美羽さん。俺の恋人ね。美羽さんこっちはLenのマネージャーの田原さん。苗字の響きは高原さんに似てるから、結構良くしてもらってるんだ」
「はじめまして、田原です」
「初めまして。北条 美羽です」
美羽さんたちが挨拶しあっていると、後ろのドアからLenが現れた。
「おー、イオ。久しぶり。悪りぃな」
顔を見て片手を垂直に挙げて、挨拶を交わした。
*****
「田原さん、カメラ割とかどうなってます? 社長に話さずに来ちゃったんで」
「あぁ、それは大丈夫だよ。まず社長に話をして、それから芳我君に連絡をしたから。カメラ割も少しいじらせて貰ったし…」
田原さんの言葉に頷いて返事をすると、それから台本を見せてもらって流れをその場で把握する。ある程度カメラ割を頭に叩き込んだ後に、スタジオにあるピアノの前に座って一通り曲を流してみた。
すると、その流れる音の数々に耳を傾けていたスタッフ、リハ打ち合わせをしていた関係者が忙しない動きを止めた。
Lenの声はいつも本人が気を使っているだけあって、伸びがあってどの曲調にも合う声帯をしている。
――希少価値のある声。
しかし、当の本人も別に俺を呼ばなくても俺の曲を弾きこなすピアノの腕は持っているが、その本人は「お前のようには表現出来ないよ」と以前、笑いながら窘められた。
俺のピアノに合わさる、Lenの歌声。もし俺がテレビの向こう側にいられたら、何回もリピートするんだろうな。
ふと気持ち良くなった所で、美羽さんに視線を向けた。するとカメラがある場所からちょっと奥ばった場所で涙を浮かべる姿がはっきりと捉えられた。
――え…
一瞬頭が真っ白になり、手がおぼつかなくなる。今、サビに入る部分でミスタッチをしたのが無意識的に分かった。
リハが終わり、スタッフの人たちに何か声を掛けられたけど、さっきの美羽さんの涙を見て構ってられなかった。俺が彼女の元に駆け寄ると、涙でぬれた目元を拭っているのが分かる。
何で泣いてるの?
何がそんなに悲しいの?
急に駆り立たされる不安が俺を襲う。だから強引だったけれど彼女の腕をつかんで、すぐにスタジオを抜け出した。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
頭が真っ白で、平凡な質問しか思い浮かばない。自分がこんなにも好きな人に対して、ヘタレだって事に初めて気がついて凹む。
「ゴメンね、泣いちゃって」
まだ涙を浮かべる彼女も凹み気味で、でも「伊織くんのピアノで感動しちゃって」と笑って見せた。
「それは全然…いいよ。まさか、美羽さんが泣くとは思ってなくて…。ちょっと焦った」
美羽さんを両腕に抱いて引き寄せ、彼女の頭に頬をくっつけた。大事なものを失くさないように大事に。
失くす事なんてありえない。
絶対に嫌だった。
8日にお会いしましょう。




